諸行無常なる日々。或いは鬼渡神と神々の源流。

呪われた家系を生きる私の人生観や日常。それに立ち向かう為の神道的な考え。そして因縁の鬼渡神、神々の源流について考えます。

カルト教団の定義。

2023年12月01日 17時47分09秒 | 人を不幸にする禍のスピリチュアル。
「カルト教団=悪質・如何わしい・金儲け・騙す」と言う認識を持つ人は多いと思います。私もそう思っています。有名どころとされるカルト教団は大抵、その性質を持っています。

でも、本来の「カルト教団」の意味は違います。

当然、カルトは英語ですが、カルトとは教祖が生きている、或いは教祖から直々に教えを請いた者達が運営している宗教教団と言う意味です。新宗教です。

私的にはその教団に入信して、心が満たされて幸せになるのであれば良いと思います。心療内科、精神科と同じ性質のものとしてです。

心療内科、精神科も商売です。治療費は取ります。カルト教団も運営する上でお金は必要。神社もお寺もお金は必要です。生活に支障を来たさない程度のお金は払ってしかるべきです。

しかし、多くのカルト教団は全財産を要求します。私の知人も経営していた製本会社と自宅を要求されて奉納しました。その結果、家族は離散し自身も精神を病み、鉄格子の付いた病室に監禁されました。

狂って暴力事件を起こしましたが、刑事事件ではその責任を負えない状態だったから、入院となったのです。

そのカルト教団ですが、日本の政治を担っています。嘆かわしい事ですが、日本の政局を動かしています。本当に悔しいです。

カルト教団に入って幸せになる。それなら問題は無い。でも、生活を傾かせて家族を悲しませる宗教って、どうなのでしょう。

多くのスピリチュアルヒーラーは遠隔透視とか、リーディングとか言って金を巻き上げています。それで幸せになる人がいるのであれば良いのかも知れない。

私も占いをやりますが、自分の占いに絶対の自信がある訳では無いし、人様の人生に責任なんて持てませんから、お金を取る占い師にはなるつもりもありません。

ただ、生活に支障がない程度の金額で占いをして、人生のアドバイスをするのであれば、医師とは言えないまでも存在意義はあると思います。

だからと言って気軽にカルト教団の門は叩かない方が良いです。

っと言いながら、若い頃の私は多くのカルト教団の門を叩き、教えを請いました。

返答は「先祖の悪行が貴方に降りかかっているのです。貴方は先祖の罪滅ぼしをしなければなりません。それにはお金が必要です。貴方が幸せになるには施しが必要なのです」と、大抵のカルト教団はそう言って来ます。

私は「それでは誰にお金を払えば良いのでしょう」と言うと、「教祖が貴方の禍を祓うのだから教祖にです」と言います。金額については簡単に言うと「有り金全部」と言う事でした。

私は「それは、お金を持っていない人は教祖も救えないと言う事ですか」と質問すると、教団幹部達は急に黙り込みます。

「私の年齢では生活に必要なお金しかありません。そのお金を渡したら生活が出来ません。先祖の禍と生活出来ない辛さなら、今の自分の生活の方が大事です。お金に余裕がでる生活が出来るようになったら、また伺いたいと思います」と私。

教団幹部は「先祖の禍を貴方が受けているので、貴方自身だけの努力では幸せになれません。生活も豊かになりません」と返答。

そうなると今、教祖にお金を渡しても生活出来ないし、渡さないと幸せになれないのであれば、どっちにしても幸せにはなれないのですね」と私。言葉を失う幹部達。

「そう言う事なら自分で幸せに成る道を探します。自分を幸せにしてくれる神を探し出して縋りたいと思います」と私。そう言って席を立ちました。

はっきり言ってカルト教団は海千山千です。教祖がまだ生きている。教祖が教団を運営している。教祖の考えが教団に行き届いている。

教祖と幹部達は集団で洗脳し信者を増やしていきます。幾らでも洗脳する方法を持っています。最初は親切と言う武器で攻略して来ます。彼らは人を騙す・・・・じゃなかった、信頼させるプロです。

病んでいる人達には太刀打ち出来ません。宗教や神の知識が無いのであれば簡単に洗脳させられ、お金を奪われます。

最近はスピリチュアルヒーラーも霊感商法で訴えられたくないから、高額な値段では壺やオルゴナイト、ジェムリンガ等の霊感商品は売りませんが、そんなものを買っても何の効果もありません。ただのガラクタです。

開運グッズを売っている元女子アナや元俳優がいますが、その二人、私にはとても幸せには思えないです。

二人ともネットで叩かれていますし、奇行が目立っていますし、離婚を繰り返していますし。そこからも霊感商品に効果が無い事が分かります。

お金は生活する為に必要です。「信者と書いて儲け」。自分の信者にして金を儲ける。それがカルト教団やスピリチュアルヒーラーの本質です。

変な言い方ですが、チョットだけ信じて自分がチョットだけ納得する位は良いのかも知れませんが、妄信するのは絶対に止めてください。とことんお金をふんだくられます。

教祖やスピリチュアルヒーラーもただの人間だと言う事を認識しましょう。私も多くの教祖やヒーラーと対峙しましたが、私に論破される程度の者達ですから、神である筈がありません。

大抵の教祖やヒーラーは自分を神格化します。

その節が見えたら信頼関係ではなく、上下関係に変わる瞬間です。洗脳の開始だと思ってください。そして離れてください。その者は詐欺師に変貌したのですから。

何も信じられない重度HSPの私は幸せとは言えませんが、騙されてお金を奪われて不幸になる人よりはマシです。

この程度は私の事を信じてやってください。損はさせませんから。


ではでは。








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ホツマツタエが偽書とされる所以。【追加偏】

2023年11月29日 11時21分56秒 | 人を不幸にする禍のスピリチュアル。
以前、「ホツマツタエが偽書とされる所以」と題して記事を書きました。

肝心な事を書き忘れていました。ホツマツタエは昭和40年頃に古本屋で発見された写本からブームになった事をです。

版本は春日山紀と言う木版印刷会社??が出版していたみたいです。安永8年版と安永9年版があるそうです。

不思議ですよね。そんなに多く版本が出版されたとは思えないのですが、2つの版本があるなんて。これはつまり、誤字や脱字、そして訂正があったからだと思えます。

私、編集者だった経験があるのですが、やはり矛盾点や誤訳が有ったら変更されて二つの版本が存在するのではないかと考えます。

木版を作るのは大変です。それにホツマツタエは中々の長文。それをまた作り変える。それって原本は存在しない証拠になるのでなるのではないでしようか。

写本は数冊は存在しています。版本は確かに春日山紀が出しているのは間違いない。1779年にです。

なのに、その原本が存在していない。これは変です。原本は出版社の宝。それが無いのは甚だ疑問です。

春日山紀に原本が残っていないとしたら、ホツマツタエの原作者は春日山紀の関係者が書いたのか、書かせたのかとの疑いが生じます。原本が有れば何時頃書かれたのか分かりますから。

そして一番の疑問点はヲシテ文字で書かれているホツマツタエを、誰が現在の日本語に訳したのでしょう。

ホツマツタエは古事記・日本書紀よりも古い。ホツマツタエが記紀の原本だと話もあります。

でも、日本には文字は無かったのです。

紀元前1世紀頃に造られた中国の貨幣が、日本で発見されています。

漢字の伝来は4世紀後半頃と言われてますが、意味は分からずとも漢字はそれ以前に確認はされていた可能性はあります。

でも、ヲシテ文字は漢字がルーツと思える部分も有ります。それに誰がヲシテ文字を日本語に訳したのか。どうして訳せたのか。それが一番のネックです。

上記の話ですが、誰も説明が出来ません。説明が出来ないのであれば偽書であるとしか言えません。

編集の仕事をしていた者であるなら、誰だってその結論に達します。

私がホツマツタエの原作者であったなら、やはり古事記と日本書紀、そして多くの伝承と大祓祝詞を重ねて書きます。

ヲシテ文字は漢字に似ていると言いましたが、世界には中国語、ヘブライ語、英語、アラビア語、ハングル語等々、多くの文字があるのです。全然形が違います。

それなのにヲシテ文字が漢字に似ているのはおかしいでしょ。漢字ありきのヲシテ文字と言えるのではないか。

その点、ホツマツタエの原作者、若しくは和訳者は稚拙だと思えます。

それらの情報を網羅するとやはりホツマツタエの原作者は、1779年頃の春日山紀の関係者だと私は結論付けます。一つの空想スペクタクルとして出版したと思えます。

ホツマツタエに関する本を出していて親交があったO氏には申し訳ありませんが、歴史と学術的観点は絶対無視できません。

やはりホツマツタエは、偽書であるとしか考えられません。

勿論、記紀も偽書の面があります。神功皇后が三韓征伐したと言う歴史は存在しないので。勿論、記紀は漢字で書かれています。そこから考えると4世紀後半以降に書かれたのは間違いないです。

つまり、その頃から朝鮮と日本は仲が悪かった。付き合うべき国では無いと言う事を示しているのは確かだと思いますが。

まっ、この世の中「真実、嘘、誤解、誇張、無知」で成り立っています。どんな人間であっても社会であっても宗教であってもです。

だから全てを全面的に信じてはいけない。教典の編纂者の心情、歴史背景、誰に対しての教典なのか、その教典のメリット、そしてその宗教のメリットと目的を考える。

それが宗教の真実に近づく唯一の道です。

何事も妄信してはいけない。その宗教で権力と利益を得る者が必ずいる。

その事は絶対に忘れてはいけないと思います。騙されない為に。



ではでは。



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ホツマツタエが偽書であると言われる所以。その3

2023年10月24日 08時05分27秒 | 人を不幸にする禍のスピリチュアル。
続きです。

イタコ芸人の変形もあります。日月神示です。これも「ののさん」が知ったかぶりして得意げに話してました。

この日月神示は、教祖??の神典研究家・岡本天明に国常立尊なる高級神霊から啓示を受けて、自動筆記をすると言うものです。書物にもなっています。

この日月神事は漢数字や独自の記号、そしてカナ文字、抽象的な絵で描かれています。書いた岡本天明も何が書いてあるのか分からなかった。

その日月神事を岡本天明の死後、仲間の神典研究家、霊能者、天明の妻の岡本三典によって、ある程度は解明されたそうです。

でも、私には不審点があります。ここで登場する国常立尊は日本神話の根源神です。古事記では神代七世の最初の神とされています。もっとも古い神なのです。

そして日本には元来、文字が無かった。漢字が日本に入って来たのは五世紀頃とされています。

何で国常立尊は漢数字やカナ文字を知っていたのか。国常立尊は五世紀頃に日本に現れて漢数字やカナ文字を勉強したのか。神だから何でも分かるのか。

この点が矛盾しています。

私は人が癲癇など精神的におかしくなって、狂乱状態になり書くことは有り得ると思います。

っと言うより、癲癇を装ってそれらしく書くことは私でも可能です。

私で出来る事ですから、神典研究家の岡本天明にも可能な筈です。

岡本天明やその妻、そして仲間の神典研究家も、自働筆記の書を神典とした新興宗教の設立を計画していた。私にはそう思えます。

そして最後にホツマツタエです。

縄文時代、日本の人口は現在の鹿島神宮・香取神宮周辺、仙台市周辺、弘前市周辺に集中していました。

私が追っている鬼渡神からその本質が証明できるのですが、それは置いときます。

ホツマツタエの舞台は仙台市、岩切町、利府市、多賀城市周辺と言えます。

だから私も若い頃、読んでいたのです。鬼渡神でもある瀬織津姫も出て来ますので。

このホツマツタエは、神代文字とされる「ヲシテ文字」なるもので書かれています。

でも、何度も言いますが日本には文字は無かったのです。

文字ほど便利なものはない。それなのに「ヲシテ文字」があるのに何で日本語として採用されなかったのか。

しかもです。この「ヲシテ文字」ですが、私には漢字がベースとしか思えません。漢字の変形と言えます。

漢字は中国から伝来したのです。元々日本に「ヲシテ文字」があったのなら、何で漢字に似ているのでしょうか。

日本の「ヲシテ文字」が何時の日か日本では忘れ去られ、日本から中国に渡り、漢字として日本に戻って来たと言うのでしょうか。

流石にそれは私、考えられませんね。

そしてホツマツタエの中心の神と言えるアマテル神。

瀬織津姫がその正室、若しくは第一側室だとか言われていますが、その下級の側室??に「麻子」なる女性の名が書かれています。

「麻子」って今でも普通に見られる名前ですよね。

日野富子とか北条政子とか今でも使われている名前がありますが、「麻子」と言う名も古くても鎌倉時代や室町時代の名前の様に思えます。とても神代の時からあった名前だとは思えません。

そしてホツマツタエは1700年代後半に出版された。それ以前にはホツマツタエの伝承は皆無です。急にホツマツタエが出現したのです。

聖書だってハムラビ法典まで遡る事が出来るのです。急に1700年代に現れるのはおかしいです。

偽書とされる東日流外三郡誌も1970年代に和田家の屋根裏から急に落ちて来たそうですが、その伝承は歴史的に遡れない。だから偽書に認定されています。

ホツマツタエは古事記・日本書紀の原本だと言う人もいますが、遡れない以上、偽書であるとしか言えません。

誰かが古事記・日本書紀や日本の伝承を通じて1700年代後半に創作した書物だと言えます。

古事記や日本書記の伝承は見つかっています。ホツマツタエはそれらの伝承に大祓祝詞を重ね、誰かが物語調に書いた空想神話スペクタクルだと私は断言します。

ホツマツタエが古事記・日本書紀の原本になったのであるならば、ホツマツタエはその時代からあった筈。その原本が無いのであれば、その答えしか出て来ません。

以上です。

宗教はお金と権力、そして人々の信仰を生みます。其れ欲しさに神をでっち上げる人が今も昔も大勢いる。

現在は宗教法人の設立は難しい。だからスピリチュアルヒーラーとして神を語り霊感商法で人を騙して生きている悪人が大勢いるのです。

宗教に走る人は哀しい想いをして神に縋る。否、神を語る教祖やスピリチュアルヒーラーに縋る。そして気が付く。教祖が語る神よりもお金の方が万能である事を。

姉妹でアナウンサーをしていたが、妹の方が禍を振り撒く歌舞伎役者と結婚した。子供は出来たが、自分は病に侵された。夫は医学では無くスピリチュアルで治そうとした。それで手遅れとなり、妹の女子アナは亡くなった。

姉の女子アナもスピリチュアルに走った。元ソープ嬢が教祖の子宮教に入信した。結婚した夫もスピリチュアルな人間だった。

そこから彼女も自分の知名度を生かして、霊感商法と言えるスピリチュアルヒーラー商売を開始します。訳の分からない石などを売っていると聞いています。

最初は神を信じていても宗教のシステムを学び、金を生む方法に気が付く。自分でも出来ると思う。そして霊感商法に歩みだす。それが大半のスピリチュアルヒーラーの実態です。

人から神を語るヒーラーとして崇拝される喜びを知ってしまった。自分を信じ切った信者は、自分の思いのままになる。操れる。喜んで自分にお金を捧げてくれる。

人は宗教を一度知ってしまうと、中々抜け出せなくなります。人を騙し惑わし操る楽しみを覚えてしまったので。

宗教で人を操る喜びを知ったら、スピリチュアルヒーラーが改心するのは難しいと言えるでしょう。神様商売は一度やったら止められないのです。

人間は生きて行く上で信じられるものが必要です。そこに目を付けて騙す悪人が教祖であり、スピリチュアルヒーラーです。

だから「神と自分」。それで宗教を完結すべき。

自分で神や宗教とそり歴史を学び、自分の神を探し辿り着くべきです。そしてその神を実感すべきなのです。

神を信じなければ生きられない人は大勢います。信じるなら神を語る者では無く、神のみを信じるべきです。自分が信じられる神だけを探すべきだと思います。

それが自分にとっての真実の神なのですから。


ではでは。











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ホツマツタエが偽書であると言われる所以。その2

2023年10月23日 07時07分06秒 | 人を不幸にする禍のスピリチュアル。
続きです。

さて、良く言うと新興宗教。悪く言えばカルト教団が発生したのは江戸時代後期から明治時代にかけてです。それが今でも続いています。

仏教系、キリスト教系、神道系、色々あります。

代表的な教団名を上げれば、天理教、宗教・大本、生長の家、天照大皇神宮教、立正佼成会、創価学会、世界救世教いずのめ会、PL教団、真如苑、GLAと言ったところが有名です。まだまだあるのですが、覚えきれないです。

これらの新宗教では上記、仏教、キリスト教、神道の変形。或いは合成と言えます。

教祖の考えから創りかえたと言うか、大元とは違い独自の解釈となってたりします。

先の「ののさん」は出口王仁三郎、岡田茂吉の本を読めと私に言いましたが、宗教・大本の出口王仁三郎はイタコ芸人なのです。

先日亡くなりましたが幸福の科学の大川隆法も同じイタコ芸人です。彼の息子は父親をイカサマと言ってましたが。

神が憑依した、死者の霊や生霊が憑依したと言って、変な口調で騒ぎ立てる感じで話す。一昔前なら狐憑きだと思われます。

私、アルツハイマー&パーキンソン病を発症していた精神疾患の者と対峙したことがありますが、彼も訳の分からない事を言ってました。

宗教・大本の出口ナオは精神疾患だとされていますが、婿養子の出口王仁三郎と不仲で、ナオは天照大神、王仁三郎は素戔嗚尊を憑依してイタコ芸人同士で口論をしたことがあるそうです。

これってイタコ漫才ですね。私も観てみたかった。通常の漫才よりも笑えるかも。

イタコと言うと恐山のイタコが有名ですが、本来のイタコは盲目で、生きる術がイタコしかないからその職に就いたと言えます。

彼女たちは目が見えない。それでも生きて行かなければならない。それで客の先祖の霊を自身の身体に降ろして、客と会話させる。

以前は瀬織津姫だとも言われているオシラサマを降ろすイタコも存在していたそうですが、2000年で途絶えたそうです。

彼女たちの力は本当なのか。

極論を言えばメンタリズムだと言われてます。本当に霊が降りて来る訳ではないようです。ですが、ただのメンタリズムではない。

彼女たちは目が見えない。苦難の人生を送っている。その者が先祖の話だとして、客に人生のアドバイスをする。

神道には受代苦の考えが有りますが、イタコも盲目と言う苦しみの中で生きている。その言葉には心理が宿っている。客はイタコの苦しみに生きる姿と話に感動し、襟を正して生きて行ける様になる。

一つのカウンセラーと言いましょうか、それで客が納得して人生を歩いて行けるのなら、イタコの存在価値は大いにあると言えます。

しかし、他の拝金主義のイタコ芸人が創った教団はどうか。

完全に金と権力にまみれている。それで宗教・大本の信者だった岡多茂吉は脱会。「いずのめ会」を立ち上げています。

岡田茂吉も交霊によって神託をしていました。彼もイタコ芸人です。

多分、出口ナオ、出口王仁三郎のイタコ芸を見て、「これにはワシにも出来るわい」とでも思って大本を離脱して、いずのめ会を創設したのでしょう。

岡田茂吉は病弱で医学に疑問を持っていたことから、自然農法と「手かざし療法」で人を癒していました。それで巨万の富を得て芸術品の収集ばかりしています。この男は物欲の塊です。

更には仏教、キリスト教、神道をごっちゃにして訳ワカメ状態となり、何度も教団内で分裂を繰り返しています。

新興宗教と言うのは、どこもこんな感じになっちゃいます。幸福の科学もそうです。教団内の権力者や幹部達が揉めるのです。

現在の「いずのめ教団」は岡田茂吉がやっていた交霊は止めています。

手かざし療法でも治らずに人を死亡させた事例が発生し、内科、精神科、心療内科を併設して「手かざし療法」を続けている様です。

岡田茂吉は西洋医学医学を否定していましたが、現在は西洋医学と併用で「手かざし」の療院を運営しています。

私、家から近かったのでこの「いずのめ会」の心療内科・精神科に通院しようと考えたことがありますが、サイトを見たら割と奇麗めのお姉さんが、死んだ魚の様な目をして患者に「手かざし」をしていました。

通院するか迷いましたが、「貴方の心の病は薬では治らない。手かざしで治す」とか言われ、高額な治療代を請求されるのではないかと危惧して行きませんでした。

やっぱり、たかが人間がイエス・キリストの真似して「手かざし療法」しても、私の心の病は治らないと思いました。

現にキリスト教でさえ、イエス・キリストが用いた「手かざし療法」は施行されていない。あれは治癒神・イエスだからこそ出来る技。

岡田茂吉はイエスを真似て「手かざし療法」を考案したと思えますが、西洋医学では救えた命を「手かざし療法」に固執した為に死者も出ている。

私は岡田茂吉の「いずのめ教団」は信じられませんね。


続く。



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ホツマツタエが偽書であると言われる所以。その1

2023年10月22日 13時41分16秒 | 人を不幸にする禍のスピリチュアル。
暫くの期間、「ののの備忘録」と言うブログ主から長文コメントが届いていました。

宗教・大本の出口王仁三郎の本を読めとか、いずのめ教団の岡田茂吉の本を読めとか言われました。

私、カルト教団やスピリチュアルヒーラーによって不幸になった人を何人か知っています。だから私のブログではスピリチュアルやカルト教団の悪行を告発しているのに、それを読めって言うのですから呆れました。

でも、10代、20代の私はそれらを読んでいました。

宗教・大本の「出口ナオ」と婿養子の「出口王仁三郎」。

出国ナオは不幸な生い立ち、子供たちの不幸から精神を狂わせていたと言われてます。精神を乱しているから宗教に走る。その面は多くの人に見受けられます。

っと言うより、人は信じるものが必要です。

私も鬱病ですが、何度も挫折した。失望した。親兄弟にも裏切られた。肉親にも禍を振りかけられた。何も信じられにい。だから神に縋りたいと思った部分は確実にあります。

多くのカルト教団の教祖やスピリチュアルヒーラーも、最初はそうだったと思います。

しかし、彼らは神より信じられる物。そして大いなる喜びを見付けた。それは「お金」。

神を語り自身が信者に信仰される優越感。信者は何でも自分の言う事を聞く。自分を神として見てくれる。自分を好きになってくれる。献金までしてくれる。

人を操る楽しさ。これを知ったら抜け出せません。

昔の戦国武将もそう。今の出世したいサラリーマンもそう。起業する者もそうです。人を自由に操る喜び。お金を自由に得られる喜び。これを知っちゃうと神なんかどうでもよくなると思えます。それはカルトやヒーラーだけではなく、大半の宗教者にもその意思が見れます。

だから私は「神と自分」。「それで完結せよ」と言っているのですが、霊感商法をしている者にとっては歯痒い存在だと思います。

私は以前、「本来の水神である天知迦流美豆姫は、瀬織津姫の名によって隠されたのだと思う」と題してブログを書きました。その理由も分かり易く書いたつもりです。

そのせいかネットでの瀬織津姫のトーンが下がった。天知迦流美豆姫に付いて語りだした人が増えた感じがします。

それによって瀬織津姫を語る教祖や瀬織津姫のスピリチュアルヒーラーは、霊感商法がしにくくなったみたいです。

そして私は更に「天知迦流美豆姫を祀る大鏑神社に付いて考察する」と題してブログを書きだした。

それに困った「ののの備忘録」のブログ主は私を自分のブログに誘導して、書くのを止めさせようとしたように思えます。

そうなると「ののの備忘録」のブログ主は、「瀬織津姫の神名を商標登録した一派ではないのか」と直感。

そのブログ主もそれを察知したのか、最初は女性らしい丁寧な口調だったのに急に「ボケナス、ウザイ、俺は男だ」と聞いてもいないのに自分は男だとした。それで確信しました。

そして「ののの健忘録」と言う名のブログも発見。

「ののの備忘録」と「ののの健忘録」。同じ「ののさん」が書いているとしたら、書いている人も特定出来ました。

私、重度のHSPだから丁寧な文章であってもその人の本質が分かります。或る意味、心の名探偵なのであります。

やはりビンゴだったみたいで、そのブログ主は私のブログから去りました。私から見たら他愛もないです。


続く。






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