私、6才まで福島県いわき市好間町に住んでおりました。常磐炭鉱の町です。もう何度も書いていますね。
私が住んでいた家の裏には夏井川の支流である好間川が流れています。この好間川、水石のメッカでした。日本中の水石ファン憧れの川です。好間町ではどの家でも玄関先に好間川で拾った珍しい形、美しい色柄の水石が飾っています。
私の親父も新聞販売店を経営しながら自動車学校の先生のバイトをしつつ、好間川に水石を取りに通っていた様です。家にいっぱい飾っていましたから。
因みに私の母の実家の直ぐ近くに、あの江川卓の家がありました。江川の父親も常磐炭鉱で働いていたのです。
江川の父親と私の母は従兄弟だか何だかは忘れましたが、チョット遠い親戚です。母の話だと小さな江川卓と遊んでやっていたそうです。
その江川が石を投げて遊んでいたのが好間川です。この石投げのお陰でジャイアンツの投手になれたみたいです。
私も幼いながらに川に行った記憶が残っています。川の近くに池がありまして、その池に10メートルはありそうなぶっとい大蛇が池に入っていくところを目撃した事は今でも鮮やかに覚えてます。。
まぁ5才頃の話ですから実際は半分の長さもなかったと思いますが、アナコンダみたいにデッカイ大蛇でした。この池にはそれ以降近づきませんでしたが、やっぱり好間町は蛇が多い所でしたね。
さて、この好間川に蛇岸淵と言う場所があります。この蛇岸淵には伝説が残っています。
好間川も昔は洪水に悩まされていて、川の中州にある家はしょっちゅう洪水で家が流されていたんです。
その中州に住んでいた母親は呟きます。「もう家が流されずに住むならば、三人の娘の一人をくれてやってもいいわ」と。
そしたらその日の晩、見知らぬ若者が「娘を嫁にくれ」尋ねて来るように。そして根負けし若者の家に嫁ぎます。
ある日、二人で里帰りした時、若者と娘は親に「寝所を覗かないように」と釘を刺します。
そう言われると見たくなるのが世の常。母親は禁を破って寝所を覗くと、そこには二匹の大蛇が寝ていた。若者と娘は大蛇になっていたのです。
娘らは「姿を見られたからには、もう会う事は出来ない」と語り、何故か片方の下駄と一枚の鱗を残し去って行きます。
その後、娘が淵の岩の上で髪を洗っている夢を見た父親が目を覚ますと、枕元に蛇の髭で織った三反の織物が置いてあります。この娘がいた淵が後の蛇岸淵です。
その三反の織物を淵に供えて願うと百人前の膳椀も用意してくれたが、膳椀の蓋を川に流してしまったら、怒ったのか願いは叶えて貰えなくなったそうです。
そうなると織物を持っていてもしょうがない。どうすべきか占ったら「近くの龍門寺に奉納して奉れ」と出た。蛇岸淵と龍門寺の井戸が繋がっているのが理由の様です。
その後、その中州の家は洪水があっても夢でお告げがあり浸水しない様になります。その御礼に娘の親は淵に小さな社を建て、洪水の度に赤飯団子を供えて娘の霊の水神として祀ったとさ。
メデタシ、メデタシ。
続く。