ヌマンタの書斎

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ブレードランナー

2017-11-06 12:07:00 | 映画

信じ難いことだが、監督が原作を読んでいないにも関わらず、この映画はフィリップ・K・ディックのSFの世界を見事に作り出していた。

リドリー・スコット監督は、日本を訪れたことがあり、中でも新宿歌舞伎町には強い印象を受けたようだ。映画の中で描かれた混沌とした未来都市に、多くの日本語の看板などが登場するのは、来日の経験が強烈であったからだろう。

なにせ石原都知事(当時)が歌舞伎町浄化作戦で街をつまらなくさせる前だから、さぞかし怪しく、艶っぽく、面白可笑しい歌舞伎町であったはず。スコット監督には相当に刺激的であったはず。

東京という街は、近代的なビル街と、前近代的な街並みが混在する西欧にはない造りとなっている。核戦争後の混沌とした都市のモデルとして、非常に魅惑的なのだろう。今のツマラナイ歌舞伎町しか知らない人には、あの猥雑な街並みの面白さは分からないのが残念でならない。

それはさておき、ディックのSF小説のなかでも最初の映画化作品が、このブレードランナーなのだが、その後の「トータル・リコール」「マイノリティ・レポート」「ペイチェック」などを観れば、彼が如何に先鋭的であったかが良く分かる。

原作自体は1960年代であり、其の映画化は1980年代初頭であるにも関わらず、コンピューターやオンラインによる情報伝達などが描かれているのだから、その発想自体が飛び抜けていた。

飛躍的すぎたのか、はたまたその暗い未来図(ディストピア)が好まれなかったのか、この映画は当初あまりヒットした作品ではなかった。しかし、名作映画のランキングには頻繁に登場するのは、やはりこの映画の先進性が評価されているのだろう。

人間に限りなく近いアンドロイド(映画ではレプリカント)が人間と共存した場合、いったい何が起こるのか。それは黒人と白人といった人種問題にも似た疎ましさがある一方で、次なる世代を予感させる奇妙な期待感を伴う。

この映画自体は、暗い未来を舞台としているせいか、大衆的な人気を得るには至らなかった。しかし、その先進的な映像の魅力と相まって、名作として映画史に名を刻んだ。

だが、ファンの間で長く議論の対象となった謎が残っている。それはハリソン・フォード演じる捜査官は、果たして人間なのか?もしかしたらレプリカントだったのではないか。

この映画が作られて三十数年、その謎に答えが出るのか?

ようやく作られた続編がようやく公開されたのだ。長いブランクがあるだけに、この映画を復習がてらに観て欲しい。というか、この映画を観ないと最新作「ブレードランナー2049」は6割くらいしか理解できないと思います。

コメント (2)
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