上級日本語クラスにハイフェんさんという若いお母さんが居る。中国人で夫は転勤族。何年アメリカに居られるかわからないが、その期間を無駄にすまいと彼女は大学で日本語や会計学のクラスを取り、お母さんとして幼稚園の保護者会にもまめに出席し、パートタイムの仕事までこなす努力家だ。自己紹介のときこう言った。「私、東京にいました。主人は一橋大学に留学して博士号を取りました。この子は都立府中病院で生まれました」。筆者は興奮した。「おやまあ、私の日本の家は一橋大学から自転車で5分のところですよ。日本にいるときは都立府中病院にもよく行くんですよ。あなたが日本に居た時お招きしたかったけど、ここで会えたのは特別のご縁ですねえ。」妙なるかな、人生の出会い。(彩の渦輪)
遂に18年住んだ家を売り出すことにした。「気力では健康維持は難しい」ということが理由の一つだ。鼻血事件以来、オハイオの暮らしに見切りをつけて、終の棲家は日本と決め、昨年末新居は出来た。そこでUSの家を売りにかかったが売却出来ず2年目に入ろうとしている。
古家は買うより売る方が難しい。売るための知識もなかったし、契約したリアルターも熱心ではなかった。しかも100年来の不況といわれるこの時期も悪かった。一般に売り出し期間が延びれば値段が下がるといわれているこの社会、足元は見られたくないが最初の買値で売れればよいという結論に達した。どういう形で値下げしていくかがこれからの課題である。値下げすればその購買レベルの人たちが来るだけで家の価値・趣向のわからないまま欠点を見つけるだけ。担当不動産会社も変えて人任せという態度も改めることにしたが、家見の連絡がある度にきれいに掃除をし、片付けなければならない。留守も最小限にするしかない。売買はタイミングがポイントだから即決即断が必要で後は運である。
時を同じくして我が家にも来て頂いた医者で絵描きのカイムさん(81歳)が奥さんの病気を理由にカリフォルニアに移転するというニュースが入った。家の周囲の全景が林で小高い丘の上にあるアトリエ風の家を売って移るということだ。サム(88歳)も絵の先輩、古家屋は修理など維持の関係で新築のリタイアメント・ハウスに移った。もともとアメリカ人はよく住いを売って引越しする。引越しは人生の変化の一部だ。家族構成や状況の変化、離婚、転勤、老化とその都度住居の場所を変えるので家に執着はないし、頭金は10%弱程度で家を買うので(後は銀行借金)借家的持ち家だ。だから買値は安いに越したことはない。この年のこの時期に買い叩いて頭金を少なくし、その差額を投資として保持し、市場相場が回復したら売り主の初期の売り値で売れば二、三年間家賃無料で住み、値下げさせた差額が利益ととなる。家は仮住まいという考えだ。すべて金が支配するこの社会だ。開拓時代と同じ感覚で新しい環境に移動する人種である。自悠人