手紙 ~親愛なる子供たちへ~
原作詞:不詳/訳詞:角 智織/補足詞:樋口了一/作曲:樋口了一/ストリングス・アレンジ:本田優一郎
年老いた私が ある日 今までの私と違っていたとしても
どうかそのままの私のことを理解して欲しい
私が服の上に食べ物をこぼしても 靴ひもを結び忘れても
あなたに色んなことを教えたように見守って欲しい
あなたと話をする時 同じ話を何度も何度も繰り返しても
その結末をどうかさえぎらずにうなずいて欲しい
あなたにせがまれて繰り返し読んだ絵本の暖かな結末は
いつも同じでも 私の心を平和にしてくれた
悲しい事ではないんだ 消え去っていくように見える 私の心へと
励ましのまなざしを向けて欲しい
楽しいひと時に 私が思わず下着を濡らしてしまったり
お風呂に入るのをいやがるときには思い出して欲しい
あなたを追い回し 何度も着替えさせたり 様々な理由をつけて
いやがるあなたとお風呂に入った 懐かしい日のことを
悲しい事ではないんだ 旅立ちの前の準備をしている私に
祝福の祈りを捧げて欲しい
いずれ歯も弱り 飲み込む事さえ出来なくなるかも知れない
足も衰えて立ち上がることすら出来なくなったら
あなたが か弱い足で立ち上がろうと私に助けを求めたように
よろめく私に どうかあなたの手を握らせて欲しい
私の姿を見て悲しんだり 自分が無力だと思わないで欲しい
あなたを抱きしめる力がないのを知るのはつらいことだけど
私を理解して支えてくれる心だけ持って欲しい
きっとそれだけでそれだけで 私には勇気がわいてくるのです
あなたの人生の始まりに私がしっかり付き添ったように
私の人生の終わりに少しだけ付き添って欲しい
あなたが生まれてくれたことで私が受けた多くの喜びと
あなたに対する変わらぬ愛を持って笑顔で答えたい
私のこどもたちへ
愛するこどもたちへ
年の瀬も押し詰まったある昼下がり、ウオーキング中にラジオから流れる一編の詩が耳に留まり聴き入ってしまった。
母がアルツハイマー症と診断されてから見送るまでの19年間の出来事が走馬灯のように駈け巡り、一言一句を身につまされる思いで全身全霊を傾けて聴いた。それが冒頭の、シンガー・ソングライター、樋口了一さんが歌う『手紙 ~親愛なる子供たちへ~』である。
老いていく親が子供への思いを綴った歌で、2008年10月の発売以来、異例のロングセラーとなっているという。
元の歌詞はポルトガル語で書かれており、読み人知らず。2年ほど前、差出人不明の一通のチェーンメールが、樋口さんの友人である角智織さんの元に届いた。それは、ポルトガル語で書かれた散文のような詩。角さんはその詩に感銘を受け、訳し、樋口さんに見せた。そして樋口さんは言葉に導かれるままに曲をつけ歌にした。それがこの歌である。
母の場合は病状が緩やかな進行で、発症してから19年間生き長らえることができた。介護は家内独りに任せっきりだったが、辛うじて晩年の5年間だけは小生が早期リタイアしたことにより、家内と二人三脚で付き添いが叶い、その点では十分に看取ることができたので後悔はない。
《そのリアリティ溢れる歌詞に「親のことを考えて涙が止まらなくなった」「何度も同じ話を繰り返す親の話を遮ってしまったことを後悔した」というメッセージが数多く寄せられる反面、「聞くのが辛い」というメッセージも寄せられ、あるラジオ局のDJは「聞くのが辛い人もいるかもしれません。そんな人はどうぞボリュームを下げてくださいね」と言ってOAされたこともある曲》だそうだが、気分は若くともぼつぼつ老境が迫りくる小生としては、「老いと向き合う歌」として大いに共感を覚えた。
原作詞:不詳/訳詞:角 智織/補足詞:樋口了一/作曲:樋口了一/ストリングス・アレンジ:本田優一郎
年老いた私が ある日 今までの私と違っていたとしても
どうかそのままの私のことを理解して欲しい
私が服の上に食べ物をこぼしても 靴ひもを結び忘れても
あなたに色んなことを教えたように見守って欲しい
あなたと話をする時 同じ話を何度も何度も繰り返しても
その結末をどうかさえぎらずにうなずいて欲しい
あなたにせがまれて繰り返し読んだ絵本の暖かな結末は
いつも同じでも 私の心を平和にしてくれた
悲しい事ではないんだ 消え去っていくように見える 私の心へと
励ましのまなざしを向けて欲しい
楽しいひと時に 私が思わず下着を濡らしてしまったり
お風呂に入るのをいやがるときには思い出して欲しい
あなたを追い回し 何度も着替えさせたり 様々な理由をつけて
いやがるあなたとお風呂に入った 懐かしい日のことを
悲しい事ではないんだ 旅立ちの前の準備をしている私に
祝福の祈りを捧げて欲しい
いずれ歯も弱り 飲み込む事さえ出来なくなるかも知れない
足も衰えて立ち上がることすら出来なくなったら
あなたが か弱い足で立ち上がろうと私に助けを求めたように
よろめく私に どうかあなたの手を握らせて欲しい
私の姿を見て悲しんだり 自分が無力だと思わないで欲しい
あなたを抱きしめる力がないのを知るのはつらいことだけど
私を理解して支えてくれる心だけ持って欲しい
きっとそれだけでそれだけで 私には勇気がわいてくるのです
あなたの人生の始まりに私がしっかり付き添ったように
私の人生の終わりに少しだけ付き添って欲しい
あなたが生まれてくれたことで私が受けた多くの喜びと
あなたに対する変わらぬ愛を持って笑顔で答えたい
私のこどもたちへ
愛するこどもたちへ
年の瀬も押し詰まったある昼下がり、ウオーキング中にラジオから流れる一編の詩が耳に留まり聴き入ってしまった。
母がアルツハイマー症と診断されてから見送るまでの19年間の出来事が走馬灯のように駈け巡り、一言一句を身につまされる思いで全身全霊を傾けて聴いた。それが冒頭の、シンガー・ソングライター、樋口了一さんが歌う『手紙 ~親愛なる子供たちへ~』である。
老いていく親が子供への思いを綴った歌で、2008年10月の発売以来、異例のロングセラーとなっているという。
元の歌詞はポルトガル語で書かれており、読み人知らず。2年ほど前、差出人不明の一通のチェーンメールが、樋口さんの友人である角智織さんの元に届いた。それは、ポルトガル語で書かれた散文のような詩。角さんはその詩に感銘を受け、訳し、樋口さんに見せた。そして樋口さんは言葉に導かれるままに曲をつけ歌にした。それがこの歌である。
母の場合は病状が緩やかな進行で、発症してから19年間生き長らえることができた。介護は家内独りに任せっきりだったが、辛うじて晩年の5年間だけは小生が早期リタイアしたことにより、家内と二人三脚で付き添いが叶い、その点では十分に看取ることができたので後悔はない。
《そのリアリティ溢れる歌詞に「親のことを考えて涙が止まらなくなった」「何度も同じ話を繰り返す親の話を遮ってしまったことを後悔した」というメッセージが数多く寄せられる反面、「聞くのが辛い」というメッセージも寄せられ、あるラジオ局のDJは「聞くのが辛い人もいるかもしれません。そんな人はどうぞボリュームを下げてくださいね」と言ってOAされたこともある曲》だそうだが、気分は若くともぼつぼつ老境が迫りくる小生としては、「老いと向き合う歌」として大いに共感を覚えた。