インフルエンザと風邪の病み上がりの身には無謀かなと思いつつも、一週間ぶりにウオーキングを再開、しかもかねてからの悲願ともいえる備前車塚古墳を攻めた。
ものの本によれば「東湯迫バス停で下車、徒歩20分」とあるが、現地には殆ど案内板がない。以前にも近くまで行きながらも道が途絶え諦めた経緯があることを踏まえ、今回は東登り口からの正式ルートを攻めた。つづら折りの急峻な山道を、落ち葉に足を取られながら20分~30分かけて登りやっとこさ辿り着いた。
説明板には『築造は4世紀初頭とされ、“前方後方墳”であり、吉備の古墳の中でも最古級。被葬者は古事記にある“吉備上道臣之祖”大吉備津日子命』とある。詳しくはこちらのホームページを参照ください。(お断り:facebookに同文掲載)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0d/f8/c3c1447630191aabaefe13ba0c8369d7.jpg)
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ものの本によれば「東湯迫バス停で下車、徒歩20分」とあるが、現地には殆ど案内板がない。以前にも近くまで行きながらも道が途絶え諦めた経緯があることを踏まえ、今回は東登り口からの正式ルートを攻めた。つづら折りの急峻な山道を、落ち葉に足を取られながら20分~30分かけて登りやっとこさ辿り着いた。
説明板には『築造は4世紀初頭とされ、“前方後方墳”であり、吉備の古墳の中でも最古級。被葬者は古事記にある“吉備上道臣之祖”大吉備津日子命』とある。詳しくはこちらのホームページを参照ください。(お断り:facebookに同文掲載)
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古墳は、訪れてみると(当たり前ですが)全景が確認できないのが残念ですね。
お陰様で熱が下がった途端に元気を回復しました。
石室なども埋め戻されており、“前方後方墳”といいながら、ただの丘で解説がなければ何が何やらさっぱり分かりません。
なお、同古墳から出土した三角縁神獣鏡など13面は現在東京国立博物館に収蔵されているそうです。地名は湯迫(ゆば)、四御神(しのごぜ)です。
こちらにも近くに「前方後円墳」はありますが、訪れたことがありません。これを機会に行ってみようかな。
解説がないとなかなかわからないですね。何と読むのかわからないでいましたが、コメ返でルビをつけていただいたので、読めましたw
どうもありがとうございます。前日がウソの様に、平熱に戻ったらすっかり元気になりました。
“前方後方墳”ではありますが、その真上に立つと何やらさっぱり分かりません。4枚目の写真が古墳ですが、これかて説明文をみて初めて納得しました。
私の通った幼稚園や小学校から近く、何度かこの古墳界隈へ遠足で行った覚えがあります。