噛みつき評論 ブログ版

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抑止力の意味を理解できない日本

2022-02-20 21:27:42 | マスメディア
 ウクライナでは隣国ロシアの脅威を受け、多数の国民が志願兵に応募しているという。これはロシアに対する立派な抑止力になる。軍事的に優勢であっても、占領後うまく統治できるとは限らない。旧ソ連はアフガニスタンに侵攻した後、支配をあきらめて撤退した。アメリカのベトナム戦争も同じ、泥沼化すれば手がつけられない。

 逆もある。2015年、安全保障関連法案が可決されそうになったとき、過激に反対したシールズという団体がある。最近のことだが、立憲民主党からこのシールズに資金が流れていたことがバレて大騒ぎになった。当時、シールズは抑止力を高める安全保障関連法案に反対し、「では中国に攻めてこられたらどうするのか」という問いに「僕らは中国兵と仲良くなって一緒に酒を飲む」と言っていた。中国にとってこんなありがたい話はない。

 だが、これは戦争の抑止ではなく呼び込みである。また中国兵が槍や刀でも持って攻めて来るとでも思っているのだろうか。前線で中国兵の姿を見る前に砲弾で殺られてしまうだろう。なんというおめでたい認識なのか。中学生でももう少しマシであろう。こういう連中に立憲民主党は援助しているのである。立憲民主党の頭も同程度と思えてくる。社民党も同様だが長期衰退は当然の結果である。ただそのスピードが遅い。

 今回のロシアのウクライナに対する戦略を見てもなお「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼」できると考える人たちは認知能力がおかしいと思う。北朝鮮による拉致、中国による尖閣問題などの影響のためか、少しづつ左派の支持は落ちてきて、今は支持者の多くが高年齢層である。しかし敵基地攻撃能力保有に半数以上が反対しているという世論調査もあるように、そのスピードが断然遅すぎる。国際関係の変化のスピードについていけていない。

 日本の防衛予算はこの二十数年ほとんど変わらず、中国との差が数倍に開くまで放置していた原因はこの世論とそれを支えてきた左派メディアにある。安全保障関連法案などを通そうと思うと内閣支持率の低下を覚悟しないといけない状態が続いてきた。彼らのおかげで日本は抑止力の低い、攻撃されやすい脆弱な国になったわけである。彼らは平和の敵とも言える。軍備の増強は一朝一夕にはできないから、長期的な視点が重要なのである。1~2回目と3回目のワクチン接種と同様、とにかく遅いのが日本の特技となった。遅れることの不利益は明確なのにである。

 オウムが崩壊したとき、信者になっていたものを外部に連れ戻してオウムの実体を知らせて説明しても、洗脳は容易に解けなかったという。長期間、宗教やイデオロギーを叩き込まれると頭は染め上がり、元に戻るのは簡単ではないことを示している。オウムの世界観ほど過激ではないが、左派メディアの世界観も一種の洗脳の結果と考えられる。そう考えなければなぜ世界の歴史、国際関係の歴史をまともに理解できないのか、その説明がつかない。洗脳の影響とすべてが遅いという日本の特質、どちらも変化を抑制する意味があるが、それらが日本を危険な方向へと導いていると思われる。

平和を望むなら核武装を

2022-02-06 22:55:35 | マスメディア
 最近の世論調査によると、日本が敵基地攻撃能力を保有することに反対の国民は半数を超えるという。彼らは日本が他国から攻撃されることはあり得ないと考えているとしか思えない。ロシアがウクライナとの国境近くに10万ともいわれる兵力を展開し、今にも攻撃しそうな情勢である。また中国は軍事能力を急速に拡大し、武力による台湾統一も辞さないと公言している。敵基地攻撃能力に反対する人々はこれらを対岸の火事としか見ていないのだろうか。あるいはすぐに降伏してチベットやウィグルのような道を選ぶとでもいうのだろうか。平和は何よりも大事である。従って平和を脅かすものは例えそれが千分の一の確率であろうが防ぐ必要がある。百年に一度の地震や津波に備えるなら、他国の攻撃の抑止に努力するのは当然である。

 勢力圏の拡大を目指す大国が日本の隣に二つもある。ロシアはクリミアやグルジアに侵攻し、中国はチベットやウィグルを支配下に治め、現在は台湾を狙っている。中国は尖閣付近にに毎年数百隻もの艦船を派遣している。将来、尖閣を奪取するという意図がなければ理解できない行動である。日常的に中国船が来るためにそれは小さなニュースにしかならず国民に強い反応を起こすことがない。それが中国の狙いだろう。ともかく、両国とも憲法前文の「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼」できるような相手ではない。そして不運なことに両国とも日本の隣国なのである。こんなことは当たり前のことだが。

 このような国の侵略を受けたとき、戦争は否応なく始まる可能性が高い。戦争は悲惨であり何としても避けたいのは誰もが思うことだろう。これも当たり前のことだがここで重要な役割を果たすのが抑止力である。相手に侵略したら大損害を被ると思わせることが戦争を未然に防ぐ。敵基地攻撃能力がなければ相手国に損害を与えることはできないから、抑止力を低下させる。敵基地攻撃能力反対意見は戦争への道を促進する。強力な敵基地攻撃能力はそれだけ強力な抑止力になる。もっとも低コストで効果的なものは核攻撃能力である。これなら日本は戦争に巻き込まれる可能性はずっと低くなる。現在まで核保有国同士で戦争になったことはない。恐ろしくて抑制が働くからだろう。どの国も自国が焦土になるようなリスクを負わない。

 抑止力は平和にとって重要なものだが、日本ではそのわりに重視されてこなかったと思う。例えば鳩山由紀夫元首相は首相になってから沖縄の米軍基地問題の移設問題で躓いたとき「学ぶにつけ抑止力の重要さを知りました」という意味の発言をした。首相になって初めて抑止力の重要さを知ったという発言は、バカ正直だと思うが、首相として当然常識であることを知らかなったという認識が欠けている。よくもこんな人を首相に選んだものである。だが政権発足直後は圧倒的な国民支持率を誇っていた。礼賛したメディアの無能を示した例である。

 現在の国際環境は「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼」できる状況ではないという認識、侵略とそれに伴う戦争を防ぐには強い抑止力が必要だという認識、これらは至極当たり前のことであるが、残念なことに日本では軽視されてきたように思う。これには主として左翼のイデオロギーが大きな役割を果たしたと思う。核武装は未だに議論さえ自由にできない。日本は核の被害を受けた国であり、2度と核被害を受けたくない気持ちはわかる。しかし次に核被害を受けるならばそれは他国による核攻撃のためである。日本自身が核武装する核爆弾は日本には落ちない。それどころか強大な抑止力となって平和に貢献するだろう。

 「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼」という妄想、抑止力の軽視など、現実を正しく認識しない上での判断は間違うことが多い。防衛問題の間違いは国を滅ぼすこともある。他国による侵略の確率がどれくらいあるか、わからない。しかしわからないこそあらゆる可能性に備えなければならないことが防衛問題では必要である。主要メディアの妄想のような認識を変えることは今こそ必要だと思う。数十年間変えなかったほど頭が硬いだけに大変な難問であろうが。でなければ平和・平和といつも騒いでいるメディアが戦争への道を開いたという皮肉になりかねない。昔、ゾンビ映画にこんな場面があった。ゾンビが町中に現れているとき、警察に反対してゾンビの人権保護を叫んで行進するデモ隊がいる。やがて彼らは皆ゾンビに食べられてしまう。