噛みつき評論 ブログ版

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メディアの偽善

2013-03-25 11:55:16 | マスメディア
 4人が亡くなった長崎市のグループホーム火災の原因はTDKの加湿器であることがほぼ特定されました。この製品は99年にリコールを届け出て回収を進めてきたものですが、回収率は74%に留まり、残りの約5500台は未回収であったそうです。

 いつ火を噴くかわからない機器が多数放置されているのは恐ろしいことです。他にもいろいろとあって、リコール情報を知らずにその製品を使用したことが原因で命にかかわる重大事故・火災が11年度だけで125件発生している状況です。

 長崎の火災の直後には、メーカーのリコール製品に対する回収の努力が足りないとか、リコールの周知を徹底する方法が必要だ、などの意見がメディアに載りました。ただ、国民に広く知らせることができる唯一の仕組みであるメディア自身の反省はもちろん、メディアに対する批判もまったく見られませんでした。

 ことあるごとに命の大切さを訴えることによって、加害者・原因者の罪過を増幅してきたメディアが、命にもかかわるリコール情報に不熱心なのは理解に苦しみます。命を大切にするという立派な姿勢は実のところ偽善に過ぎないのでしょうか。それとも広告枠をタダで提供することは、金輪際イヤなのでしょうか。新聞は公器、社会の木鐸との自負が空しく聞こえます。

 消費者庁の「リコール情報サイト」にはリコール情報が掲載されていますが、8割以上が知らないそうです。恐らく国民の過半は重大事故の可能性のある製品の情報を知らずにいることでしょう。メディアがその気にさえなれば状況は大きく改善される筈です。長崎の火災を見て、良心の呵責を感じる人はいないのでしょうか。

 一方、国民への広報を独占的に担うメディアが批判されない背景には、メディアはゼニを出さない限り一歩も動かないという「常識」があると考えられます。この「常識」を前提にすれば批判されるべきは広告費を惜しんだメーカーということになりましょう。

 我々の多くは執拗に聞かされるグルコサミンやコンドロイチンの名前を知っていても、危険な製品のリコール情報をほとんど知りません。重要度のきわめて低い情報は頼みもしないのに繰り返し提供してくれる一方、必要な重要情報はあまり提供してくれないのが日本のメディアの特色というわけです。あまり意識されませんが、大きなミスマッチと言えるでしょう。

 NHKを除けばマスメディアはすべて私企業です。だからといって村上ファンドの村上世彰氏のように「カネを儲けてなにが悪い?」とは言えない筈です。メディアは公益企業としての性格を強く持つからです。とりわけ放送は電波(特定の周波数帯)という公共財を独占的に使っているのでなおさらです。公共の利益になり、かつマスメディアにしかできないことについては「相場通りのゼニを払わなければ絶対やらない」ではちょっと困るわけです。

 それにしてもNHKまでリコール情報に冷淡なのは腑に落ちません。営利の制約がない公共放送であるNHKはそれに最もふさわしい組織の筈です。これに関してはNHK、民放、新聞は同じ姿勢であり、横並びの等質性が気になります。

 不作為の罪ということがあります。メディアがリコール情報を周知しなかったことはそれに該当します。長崎の火災では犠牲者やホームの管理者に大きい過失はありませんでした。マスメディアの怠慢が主原因のひとつであることは明らかです。

猫はパンのみにて生くるにあらず

2013-03-18 09:54:12 | マスメディア
 昨秋の「猫の家族」で新たに猫の一家を世話する羽目になったことを書きました。これはその中の一匹、室内で飼い始めた下半身不随の子猫のその後です。小型犬用のサークル内で飼い始めてから6ヵ月、月齢は約10ヶ月になりました。室内には他に先住猫が2匹いるのですがあまり子猫の相手をしてくれず、ほとんど人間が相手です。今ではたぶん人間を親だと思っているのでしょう。

 子猫は一日の大部分をサークル内で過ごすわけで、その中で満足できることには限りがあります。不満なこと、やってほしいことがあると遠慮なくニャーニャーと親代わりの人間に要求します。なんでもニャーとしか言わない子猫が何を要求しているかを判断しなければならないわけで、少しづつ子猫の要求がわかるようになります。

 餌と水は基本的な要求ですが、他に布製のネズミや紐を相手に遊ぶこと、新聞紙やくしゃくしゃにして破ること、そして人と戯れることが主なところです。これらは遊びと仕事、仲間との親交と言ってもよいでしょう。仕事は少し怪しいですが、人間と似ていることに驚きます。また人間同様、好奇心が強く新しいもの、新しい場所に興味を示します。

 これらの要求に応えるため、一日数回、サークルから出して、新聞紙を敷き詰めた場所へ移動させます。そこで新聞紙を破ったり、ビー玉を転がします。また好奇心が強いことは飽き易いことの裏返しですから、遊びにも変化をつける必要があります。

 余談ですが、オムツを試そうとホームセンターへ行ったところ、豊富な種類の犬猫用オムツが並んでいました。多くは老齢の犬猫用なのでしょうが、日本はやはり先進国なのだと思いました。オムツはあまりうまく行きませんでしたが。

 ネコは喜怒哀楽もあると思われる高等な生き物で、決してパンだけで生きるものではありません。眠る時間も少なくないのですが、起きている時間の大半は「仕事と遊び」をしています。人間同様、何かをしないと退屈するようです。1日の55%を食事時間、40%を睡眠にあて、活動時間は5%とされるパンダとは好対照です。

 ネコは単独行動の動物で、時間の大半を孤独に過ごすのが普通です。しかし子供の頃から人の手で育てると、人に対する依存性がこれほど強くなるとは意外でした。先住猫の1匹についても同様です(ネコの個性にもよります)。まあ甘やかしすぎた結果とも言えますが、環境に対する適応力の高さを示しているように思います。

 子猫の発育は早く、この1月、月齢8ヶ月で発情期が訪れました。ギャーギャーと汚く大きな声で3~4日間鳴き続けます。この時期は雄猫が恋しくなるようにプログラムされているのでしょう。静かにしてもらうためにはいつも人が相手をしなければなりません。

 ほとんどの動物は発情期が限られています。ネコも同様で発情は3~4日間、それを数回繰り返して終わります。ただし人間とボノボ(ピグミーチンパンジー)は例外的で、年がら年中発情しています。だから年中相手を欲しがるのかも知れません。

 表題は新約聖書のマタイ伝にある「人はパンのみにて生くるに非ず」から拝借したもので、なかなか巧い表現です。だからこそ聖書に無縁の者にまで広く使われるのでしょう。でも今なら「人は金のみにて生くるに非ず」とした方がよろしいかと。

電力会社の給料削減の根拠は?

2013-03-11 10:09:18 | マスメディア
 電力会社の給料が減らされるそうです。経産省の専門委員会は関電の給料を21%、九電を28%減らすことを考えているようです。電力価格の値上げ幅を少しでも圧縮するため措置なのでしょうが、ちょっとおかしいように思います。

 東電以外の社員は原発事故とは何の関係もなく、彼らにとってはずいぶん理不尽なことでありましょう。原発運転停止、その結果としての火力の燃料費増加はすべて外部要因で、経営者や社員の裁量の範囲外のことです。通常、裁量のないところに責任はあり得ません。

 一方、マスメディアは社員の給料削減を後押しする姿勢が見られます。3月9日の朝日は、社員の給料は高すぎるのではないか、関電と九電は顧問や相談役に払っている報酬まで原価に含めようとしている、と非難しています。電力会社叩きは今の世の風潮となっている観があります。「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」です。

 事故に関係のない他の電力会社の社員や顧問の給料・報酬まで削減させようとする背景には、原発事故という大きな災害の原因者として誰かを悪者に仕立て上げなければならないという意図を感じます。事故が大きかったからと、他電力の社員まで一緒くたにするのはずいぶん粗雑なやり方です。

 私企業の給料水準に政府が口を出すことは一般にありません。電力会社の場合は地域独占の公益事業であることを根拠にしていると考えられます。独占的に必需品を供給するため、消費者は選択の余地がなく弱い立場となるので価格の決定には公の立場から制限することができるということでしょう。社員の給料も他の大企業の平均から乖離してはならないというわけです。

 むろんこれは理に適った話です。ただ原発事故の結果として行うべきことではありません。原発事故と公益事業の給料とはまったく別個の問題だからです。もし公益事業の給料を問題にするのであれば、例えば唯一の公共放送であるNHKの給料も問題にしなければ公平を欠くことになります。NHKは独占事業体であり、受信料の値下げにはシブイわりに高い給与水準が話題になりました。また地域独占のJR各社なども同様に扱う必要がありましょう。

 さらに独占ではなくとも免許制による寡占体制によって広告料などに強い価格決定権を保持し、高収益を得ている放送業界も同様と考えられます。新規参入が事実上不可能であり競争は限定的となり、業種別給与において2位以下を大きく引き離した最高の水準が実現したと考えられます。寡占は独占と自由競争の中間に位置するわけで、参入規制による寡占業界にも電力会社に準じた給料規制をしなければ公平ではありません。

 放送・新聞業界がエリートばかりならば人材確保のための高給も仕方ないかもしれませんが、失礼ながら私にはそうは見えません。

 原発事故と無関係な電力会社の社員にまで負担を求めるなら、独占公益企業の給与水準に世の注目が集まり、NHKや放送業界にも飛び火しないとは限りません。そうなればまさに薮蛇です。そんなことになったら現在の給与水準が高いだけに、電力会社のように2割程度の削減では済まず、5割減でも十分とは言えないかも知れません。あまりしつこく電力会社を叩かない方が身のためであると思う次第です。

念仏平和主義

2013-03-04 10:01:33 | マスメディア
 念仏を唱えるように、平和平和と唱えていれば平和が実現すると考えるのを念仏平和主義というのだそうです。他国に向かって言うのならわかりますが、自国内で言うのが面白いところです。哲学者、田中美知太郎氏の名言「いわゆる平和憲法だけで平和が保障されるなら、ついでに台風の襲来も、憲法で禁止しておいた方がよかったかも知れない」に通じるところがあります。

 毎日新聞の3月1日のコラムには次のような文があります。まあ新聞社の認識を代表するものと考えてよいでしょう。

『これまで日本人の多くは(私もその一人だが)、国土というものは「ここは日本の領土だ」と言っておれば保全されると考えていた。日本国憲法前文の「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」との文言に通じるこの理想主義的な考え方は、戦後長らく日本人の対外観を支配してきた。
 しかし近年の尖閣諸島をめぐる中国との確執は、一片の宣言で領土が保全されるほど甘くはないことを見せつけた』

 お隣の「平和を愛さない国」の存在を目のあたりにして、念仏平和主義が現実に合わなくなり、認識の変更を迫られているといったところでしょうか。平和を愛する諸国民を前提とするこのような認識は、近代史を少し勉強すればそれが夢想に過ぎないことがわかるのですが。

 誤った認識が現実に合わせて是正されるのは結構なことなのですが、自分たちマスメディアこそが誤った認識を主導してきた当事者であるという認識や責任感をこの文から感じることはできません。まるで他人事のような書き方です。マスメディアは情報を取捨選択・加工して提供する側、国民はそれを受け取る側で、これは教師と生徒の関係に似ています。どちらが主導する側かは言うまでもないことです。

 (私もその一人だが)と書かれているように、認識の誤りをあっさりと認めています。しかし、ちょっとした間違いでしたといったように「軽い」のです。平和を愛する国ばかりでなく戦争をしかける国があるかどうかは日本の安全保障上のたいへん重要な基本認識であり、決して軽いことではありません。裏返すと、軽いことという認識だからこそこのように簡単に誤りを認めることができたのでしょう。職務上重大な、あるいは致命的な誤りに気づいた場合、たいていの人は自分から進んで認めることはありません。ひた隠しにするのが一般的方法です。

 朝日と毎日は申し合わせたように3月2日の社説で、次期主力戦闘機F35の部品製造・輸出に関して武器輸出三原則に抵触する、三原則がなし崩しになる、といった懸念を示し、反対の姿勢を明確にしています。ここからは日本が他国から攻撃されることはあり得ず、これ以上の防衛能力は必要ないという認識が伺えます。まだまだ「平和を愛する諸国民」という夢想は続いているようで、戦後の数十年、軍事的脅威を与える国が周囲に存在しなかった時代の思考パターンから抜け出せないわけです。

 このような防衛能力の増強を邪魔する平和主義勢力は侵略しようとする国とっては願ってもない味方であり、日本にとっては逆に平和を危うくするものです。あの鳩山元首相でさえ抑止力の大切さを理解されたというのに。

 アメリカは尖閣諸島に対し安保条約の適用を重ねて言明するなど、日中の軍事衝突に対して強い危機感をもっています。ところが当事国である日本はなぜかそれほど心配していないように感じます。メディアはそれより1000年に1度の大地震の方がずっと心配なようです。しかし、戦争はここ10年、20年の問題です。

 基本的な認識を変えると関連するものすべてを変える必要に迫られるので、抵抗感もまた強いのでしょう。重いものには大きい慣性が働くのに似ています。だからここに至っても基本的な認識が簡単には変わらないのだと思われます。信念を変えないのは評価されますが、現実に応じて認識を変えないのは単なる頑迷固陋、脳の硬直化を示すのみでありましょう。