鉄川与助、最後の煉瓦造教会堂
田平(たびら)教会は、1886年以降、
黒島と出津(外海)から移住して来た信者が造り上げた。
両地域とも潜伏キリシタンが多かったが、明治になってカトリックに復帰し、
フランス人神父が常駐して教会も建てられた。
その後、人口が増えると、神父が田平に土地を購入して数家族が移り、
次第に移住者が増えていった。
最初は民家を仮聖堂としていたが、本格的な教会の建設を計画する。
信者の積立金に県内各地での募金や
フランス人篤志家の大口寄付を加えて資金を調達し、
信者の献身的な労働奉仕により、1918年に念願の教会ができた。
設計施工は鉄川与助で、多彩なレンガ積み手法、
ススを塗った黒レンガによる装飾など、
与助のレンガ造教会の最高峰とも言われる。
正面には八角形のドームを頂く鐘塔がそびえ、
内部のリブ・ヴォールト天井も本格的である。
教会は、平戸瀬戸を見下ろす高台に立地する。
司祭館や門柱、石段、石垣などが残り、周囲には墓地や畑が広がるなど、
歴史的環境がよく保存されており、2003年に国の重要文化財に指定された。
住所 / 長崎県平戸市田平町小手田免19
教会の保護者 / 日本二十六聖殉教者