デカダンとラーニング!?
パソコンの勉強と、西洋絵画や廃墟趣味について思うこと。
 



もう先週のことになるが、大阪の国立国際美術館へプーシキン美術館展を見に行った。
プーシキン美術館自体はモスクワにある美術館で、その一部の絵画が日本に来ている。来ていた作品は、印象主義以降の作品ばかりで、ピサロ、モネ、セザンヌ、ルノワール、ゴッホ、ゴーギャン、マチス、ピカソなど有名な作品もあったが、私個人がもっとも気に入った作品は、ジャン=フランソワ・ラファエリの「サン=ミッシェル大通り」(1890年代)という作品だった。この作品はパリのパンテオンを通りから見上げた視点から描かれていて、絵の中に自分がいるとしたら振り向いてみたい衝動に駆られたのである。当時は無いものの、今ならエッフェル塔を眺望することができるはずだ。
ところで、プーシキン美術館展のあった国立国際美術館では、プーシキン美術館展の作品よりも、印象に残ったものがある。それは美術館のCollection4という展示の中にあって、サイモン・パターソンの「The Great Bear」(1992)という作品だった。
作品見て数秒後、私は思わず笑い出してしまった。一見、単色の鉄道路線図がただ描いてあるだけだったのだが、その駅名をじっくり読むと、あらゆる画家や哲学者や映画俳優や政治家その他、あらゆる分野の「(歴代の)偉人」になっていたのだ。
後世が恒久に研究対象にしたり、また魅了される「偉人」を、ただの駅名、そして無機質で普遍的でシステマチックな対象に置き換えてしまう人を食ったような発想に、思わず声を上げて笑ってしまい、プーシキン美術館展の絵葉書より「The Great Bear」の絵葉書が欲しくなってしまった。
「The Great Bear」だけでなく、他にも日本人の彫刻家で齧られたリンゴを内側から表現した「ネガティブ」という作品も私の笑いのツボを刺激した。他にもいくつかインパクトの残る作品があったが、何はともあれ、企画展の入場料が、鑑賞者の目を輝かすものではないことが分かり、いろんな意味で勉強になった展示だったと思う。

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