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山本飛鳥の“頑張れコリドラス!”

とりあえず、いろんなことにチャレンジしたいと思います。
と思っていたけど、もうそんな年齢じゃなくなってきた。

年金免除について

2006-05-25 11:32:36 | 未分類過去
今朝、田舎の母から電話があって、私の夫が失業したときに年金免除の手続きをすれば全然払わなくてよかったのに、と言ってきた。
今、世の中は年金を不正免除したことが話題になっているが、うちの場合正式に免除されてしかるべき状況だったのにもかかわらず、社会保険事務所の勧めによって無理して払ってしまったという経緯がある。

昨年3月に夫が会社事情で失業し一時的に厚生年金から抜けたので、その間国民年金に切り替えなければならなくなったが、失業者ということで国民年金の払い込みを免除してもらおうと手続きに行った。そして一旦手続きをした。

しかし、そのときに、免除はできるけれど免除した場合将来の受取額は正規の期間の3分の1に減る(意味不明)が、それでもかまいませんか?と夫が言われたそうだ。
そのときは失業中に夫婦の分毎月27720円も払うのは大変だからそれでもしかたがないと思って手続きをしてきたのだった。しかし、家に帰って来てよく考えたら「老後の受け取り額が減るのは苦しいのではないだろうか、いくらかでも多いほうがいいのではないか」と思われてきた。

社会保険事務所に電話をし、受取額が減るというのは具体的にどのくらい減るものなのか聞いてみた。人によって金額は違うだろうが、計算の一例でもあげてくれれば参考になる。たとえば月給30万円の人が35年間払ったうち、1年間免除した場合と、1年間国民年金を払った場合とは、受取額は将来どれだけの差が出てくるのかというような例を聞きたかったのだ。しかし、そのような一例を教えてくれるわけでもなく、一向に埒が明かない状況で、とにかく免除するよりはしないほうがいっぱいもらえるという話に終わった。

それで、「それならば現在の楽よりも後の楽を選ぼう」と決意し、「現在の苦しみ」を受け入れて国民年金を正規に払い込むことにし、一旦申請した免除の願いを取り消しに行った。
それから8月まで、収入もないのに138600円のお金を払い込むことになった。

母の話では、失業した人が一時的に免除になるのは普通のことだという。そこで律儀に国民年金に切り替えて払うというのは普通の方法ではないようだった。
しかし、私たちが手続きをしたときの社会保険事務所のニュアンスでは、失業中は国民年金に切り替えるのが当然であり、その間食べるのにも生活するのにも困るような状況で、どうしても国民年金を振り込めないような人の場合は、免除もいたしかたないがそうでなければ払うのが当然というものだった。
また、一定期間免除した場合は、再就職した後に遡って免除期間の分を払い込めば、何とか受取額を減らさずに済むという言い方だった。
しかし、再就職したとしても、遡って払うほどの収入が得られるとは到底考えられなかったから、どうせ後で貯金を切り崩すことになるなら、今崩して使ってしまうことにした。

後から聞いたことなのだが、近所の友人でやはり夫が失業して免除を受けていた人がいて、その人は払う余裕がないと言い張って免除してもらったそうで、受取額への反映なんか微々たるものであり、免除してもらったほうがぜったいに得だと言っていた。

まじめに払ってバカみたいだ。まじめすぎていつも損するんだ。

母の電話で、急に長女の大学生の年金免除手続きのことを思い出した。4月の初めに申請したものの認定されたという書類が送られて来ていないのである。
手続きが受理されていないのか、郵便物が誤配などによって紛失されてしまったのかと不安に思い電話してみると、これから送られて来ることになっているそうだ。
しかし、大学生のアルバイトの収入によっては免除されないこともあると釘を刺された。
娘は週2回夜働き、土または日は一日中働いて、生活費の足しにしている。収入は多くても50万位だから、そんなところから年金を払えと要求されることはないだろうとは思うが、親の収入が足りなくて子どもが自分で働いて大学に行っていたとしても、収入があるということで年金を払わなくてはいけないとなるとすごい不条理だと思う。
以前スーパーで一緒に働いていた大学生は収入が150数万あるとのことで、親の扶養から外れてしまったそうだが、年金も自分で払っているのだろうか。遊んでいる大学生もいる中で、毎日学校が終わるとスーパーで働く勤労学生であり、店長よりも長時間仕事に携りお客からは店長と間違われるくらいであったが、アルバイトは何年働いてもアルバイトでしかない。社員だったら厚生年金があるはずなのに・・・。

なんだか、貧乏でまじめな人ほど損している感じがする。お金持ちか、あるいは怠け者で要領のいい人が生き残る世の中だ。


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家族と自立

2006-05-25 01:04:19 | 未分類過去
昨夜ふと急に寂しさを感じた。
それは、家族が一緒に暮らせないということである。
田舎でひとり暮らしをしている74歳の母が心配でならないし、近所のアパートで一人暮らしをしている大学生の長女のことも心配だ。
こうやって、夫婦と高校生の次女の3人で、おいしいものを食べたり楽しく話したりしているときにも、長女は一人で食事を用意して食べているのだし、6畳のアパートにぽつんと暮らしているのである。自由気ままでいいのかもしれないが、アパートに帰ると誰と会話をするでもなく、ひとりで過ごし、あとは大学とバイトの往復生活を続けていて、今後は就職して会社とアパートを往復する生活を始めるのだろうか?
田舎の母は、隠居生活をしているために、毎日特に何をするという予定もなく、時々近所の老人友達と世間話をしたり、猫の額ほどの家庭菜園を耕したり、たまにカラオケに行ったり、グランドゴルフをしたりしているようである。
身内が近所に全然いないのもかなり心細いのではないかと思う。
一人暮らしの日常生活を思うと、家族との会話がないこと、ひとりで食事をすることがとにかく寂しそうな気がする。
昔の大家族のように親子3代が日常茶飯事団欒しているようなにぎやかな家だったら楽しいだろうなと思う。

しかし、一人暮らしをすると、確かに自立はする。誰を頼ることもできないから、自分で何でもしなければならない。その点はいいことかもしれない。

親が年を取ってくると、楽しませてあげなくては、とか、寂しい思いをさせないようにしなくては、などと思い、そのことが子どもとしての務めのようにさえ感じることがある。
それがいつしか強迫観念のようになったりもする。
夫の母が特別養護老人ホームに入っていたときも、最初は最低月に1度は行かなくてはと思っていたのだが、パートなどを始めるとだんだん忙しくなってきて、出かけていくのが億劫になってきてしまった。そうすると、今週いかなかったから来週こそはというようなことの繰り返しで、漸く行けば、しばらくは務めを果たした気になるが、また期間がすぎ、1年中「行かなければならない」という重圧感にとらわれて生活するようになってしまったのである。
あるときふと、「義母はそんなにわたしたちに人生を左右されてしまうような受身の人なのだろうか」と思った。体こそ不自由だが、義母は他人から幸せを与えられなければ悲しみにくれるような人ではないし、自立した人間と言うのは、自分自身で生きがいを見つけて生きていくものではないだろうかと思ったのだ。それで、義母は義母なりに本や新聞を読んだり俳句を作ったり、ホームの関係の人との交流を持って、自分の生きがいをみつけ前向きに生きてくれたと思う。
家族のふれあいは大切だけど、いつも依存していっしょにいさえすれば幸せになれるというわけでもないのではないかと思う。

長女なども一緒に暮らしていたときは、家事などは何もしなかったし、光熱費の無駄などということにも無頓着で、何でも親まかせにしていた。それが一人暮らしになってからは、ずいぶんとしっかりしてきた。
そういうことは、一緒に暮らしていたら到底身につけられるものではなかったと思う。

しかし、それにしてもやはり別れ別れに暮らすのは寂しいものである。
だが、昔の大家族というものは、それぞれが自立してなかったってことなんだろうか?
いったい、どういうのが一番いいんだろうか?

どうしたって、母と私と子どもと3世代が一緒に暮らすことはありえない状況なので、母と暮らせば子どもと離れ、子どもと暮らせば母と離れ、という状況が起こってしまう。
母の寿命はあと何十年もあるわけではないだろうし、子どもはこのまま大人になってさらに親から離れていくのだろう。
夫は今のところ空気のような存在で、「亭主は元気で留守がいい」と安心している状況であるが、夫も私よりかなり年上ではあるから、私がひとりで生き残る可能性が高い。

親も子も夫もほったらかしにしているような生活を積み重ね、私は今、何を求めて生きているのかわからない。老後は今の母と同じで、田舎の家で一人で暮らすのかなとも思う。

なんか、今から後悔するのが見えている人生と言うか、どうしようもないような悲しい気持ちに誘われる。
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