プロ野球 OB投手資料ブログ

昔の投手の情報を書きたいと思ってます

住友秀雄

2014-08-18 23:07:40 | 日記
1968年

瓜生スカウトは午後四時から東京・江戸川区舟堀の自宅に、先に新人テストで採用の内定している第一製薬・住友秀雄投手(19)=1㍍73、68㌔、左投左打=をたずね、入団の意思を再確認した。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

石井高雄

2014-08-18 23:02:11 | 日記
1970年

柳川商・石井高雄外野手(19)=1㍍71、70㌔、右投左打

・石井は甲子園大会に出場したことはないが、九州高校球界では「長打のある好打者として評判だった。二年生の秋から四番を打ち高校時代の通算打率は四割二分、本塁打も四十本近く打っている。ベース一周14秒5の俊足ランナー。「攻守走三拍子そろった好選手」(藤井スカウト)で、中学生のとき右腕が強いことから左打者に転向した。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

伊原春樹

2014-08-18 22:50:28 | 日記
1970年

伊原春樹三塁手・・1㍍83、83㌔、右投右打

・伊原は広島県・北川工時代の四十一年、夏の甲子園大会、広島予選決勝で広島商に敗れたが、六試合で四割二厘、本塁打二本を打つなど大活躍した。芝浦工大では四年生のとき監督不在のため、学生野球としても珍しいプレーイング・マネジャーをつとめた。そしてこの年の春季リーグ戦で三塁手としてベスト・ナインにも選ばれている。四年のときの通算打率二割九分三厘、本塁打三本(通算四本)を記録した。西鉄が伊原を二位に指名したいきさつには「責任感と逆境に強いこと」があげられている。伊原は高校では三年、大学でも四年生になってからフルに出場できるようになったなど大器晩成型で、ねばり強い性格を買ったもの。青木代表、稲尾監督は口をそろえ「じっくりと構えて野球をするあたり、中西三塁手(前監督)以来の大型三塁手として期待している」と評価していた。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする