1966年
これでパーフェクト二回、ノーヒット・ノーランも二回経験した和田捕手は、七回二死後、ボレスの五球目に「記録はできたと確信した」そうだ。「カーブでカウントをとって2-2。つぎは外角直球。サインを出し、清がモーションを起こした瞬間、しまったと思った。ボレスがそこを予想してスタンスをかえてきたからだ。だがそのしまったと思った球をファウル・チップした。つぎ、ミットを高くあげて内角高めを要求すると清が即座にうなずいた。危険なコースのあと、ピタリとバッテリーの呼吸がある。そういうときは必ず記録ができた」清は八回になってやっと無安打を意識したそうだ。「ちっともいいとは思わなかった。第一最後まで投げられるかどうか心配していたらズルズル九回まで終わっていたんだから・・・」ひとごとのように、笑いもしない。「別にいい球もなかった。しいていえば、いつもより直球がきまってたというわけ。ボレス、土井さん、クレス・・みんなこわかった」日ごろから口数の少ないおとなしい男だ。テレビのアナウンサーがいきり立つが、ちょっとも乗ってこない。そんな調子だから、ベンチは七回からムリに清にノーヒットを意識させた。ふつうなら記録達成が近づくと緊張して「そっとしておこう」というところだが、この夜の西鉄は違った。中西監督、高倉らを中心に「あと五人、あと四人・・・」とうるさい。重松コーチもブルペンからベンチに通ずる電話でハッパをかけた。「フラフラするな。直球でドンドン内角をつくんだ」最後の打者伊香が出てくると「清と伊香からセイコー(成功)だ」などと、ダジャレまでとび出す始末。緊張感などまるでない。「和田さんのサインどおりに投げただけです。いまのピッチングではまだだめ。もっと直球のコントロールをつけなくては・・・」昨年好調なスタートを切ったと思ったら流行性肝炎で二か月入院。福岡市内でもっとも美しい公園、大湊公園を一望のもとに見おろす病院で「感ずることが多かった」そうだ。「ただ漠然と、投げていればいつか10勝か15勝くらいできるだろう、なんて考えていた自分の甘さに、気づいたんです」同期の石田投手を誘って自宅(宮崎県高鍋市)付近の山を走りつづけたのはことしの一月から二十日間。重松コーチは「キャンプで見たとき、即座に先発組のローテーションにはいれる」と感じだそうだ。「打ち気にはやる打者の、タイミングをはずしながら投げたのがよかった。清はカーブを多投するから、みんなカーブをねらってくる。そこをシュート、直球、スライダーではずし、カーブをねらわないと見るとカーブばかりで裏をかいた」和田捕手がうれしそうに話す横をのっそり通りすぎた清は、フロにとび込んだとき初めて顔をクシャクシャにして一人で笑っていた。
これでパーフェクト二回、ノーヒット・ノーランも二回経験した和田捕手は、七回二死後、ボレスの五球目に「記録はできたと確信した」そうだ。「カーブでカウントをとって2-2。つぎは外角直球。サインを出し、清がモーションを起こした瞬間、しまったと思った。ボレスがそこを予想してスタンスをかえてきたからだ。だがそのしまったと思った球をファウル・チップした。つぎ、ミットを高くあげて内角高めを要求すると清が即座にうなずいた。危険なコースのあと、ピタリとバッテリーの呼吸がある。そういうときは必ず記録ができた」清は八回になってやっと無安打を意識したそうだ。「ちっともいいとは思わなかった。第一最後まで投げられるかどうか心配していたらズルズル九回まで終わっていたんだから・・・」ひとごとのように、笑いもしない。「別にいい球もなかった。しいていえば、いつもより直球がきまってたというわけ。ボレス、土井さん、クレス・・みんなこわかった」日ごろから口数の少ないおとなしい男だ。テレビのアナウンサーがいきり立つが、ちょっとも乗ってこない。そんな調子だから、ベンチは七回からムリに清にノーヒットを意識させた。ふつうなら記録達成が近づくと緊張して「そっとしておこう」というところだが、この夜の西鉄は違った。中西監督、高倉らを中心に「あと五人、あと四人・・・」とうるさい。重松コーチもブルペンからベンチに通ずる電話でハッパをかけた。「フラフラするな。直球でドンドン内角をつくんだ」最後の打者伊香が出てくると「清と伊香からセイコー(成功)だ」などと、ダジャレまでとび出す始末。緊張感などまるでない。「和田さんのサインどおりに投げただけです。いまのピッチングではまだだめ。もっと直球のコントロールをつけなくては・・・」昨年好調なスタートを切ったと思ったら流行性肝炎で二か月入院。福岡市内でもっとも美しい公園、大湊公園を一望のもとに見おろす病院で「感ずることが多かった」そうだ。「ただ漠然と、投げていればいつか10勝か15勝くらいできるだろう、なんて考えていた自分の甘さに、気づいたんです」同期の石田投手を誘って自宅(宮崎県高鍋市)付近の山を走りつづけたのはことしの一月から二十日間。重松コーチは「キャンプで見たとき、即座に先発組のローテーションにはいれる」と感じだそうだ。「打ち気にはやる打者の、タイミングをはずしながら投げたのがよかった。清はカーブを多投するから、みんなカーブをねらってくる。そこをシュート、直球、スライダーではずし、カーブをねらわないと見るとカーブばかりで裏をかいた」和田捕手がうれしそうに話す横をのっそり通りすぎた清は、フロにとび込んだとき初めて顔をクシャクシャにして一人で笑っていた。