1973年
九回、望月を三振に仕止め。初白星(プロ入り2勝目)をマークしたのにヤクルト・榎本の開口一番は「長いんだもんねえ」だった。一回二死一、二塁からのロングリリーフにちょっぴりクレームをつけた。初勝利ともなれば、どんな投手でもオーバーに喜ぶのに、榎本にはそんなかけらもみられない。昨年練習中に40万円を盗まれたときもそうだった。あわてるどころか「盗ったヤツが利口なんだ。しょうがないや」シャアシャアいってのけて先輩連をあ然とさせたことがある。とにかく神経が太く、プロ入り前はれっきとした銀行マン(拓殖銀行)だったが、性格は正反対で物事を計算しない。これが欲のないピッチングに現われ、昨年はたったの1勝に終わった。しかし、阪神にだけは自信をもっていた。昨年の白星がこのカードである。ことしは四回戦(四月二十八日)で野田に打たれ、早々と降板したため、この日西井が初回に崩れても「てっきり二番手は安田さん」とブルペンでも力を入れてなかった。それが突然のお声がかりで、あわててマウンドへ。が、なにが幸いするかわからない。用意が万端でなかったため、かえって慎重にならざるを得なかった。いつもと違って大矢とのサインも時間をかけた。その結果が2安打の好投で、松岡弘につぐチームで二人目の勝利投手につながってしまった。ヤクルトでは花の22年組がもてはやされている。昭和二十二年生まれの荒川・大矢・松岡弘、安田、若松らの主力グループだ。ところがこれに頭にきた?23年組の榎本、浅野、大木、井上らは「ヤクルトは22年ばかりじゃない」とライバル意識を燃やして結成したのが名づけてイモの23年組。飲みにつけ遊ぶにつけすこぶる仲がいい。最近はこれをうらやんだ大矢がPTAとして割り込んでおり、榎本もツーといえばカーと答える間柄。登板4試合目の早い初白星もイキの合ったバッテリーの勝利だった。防御率も1・89で一躍五位に浮上した。「欠点のボールが先行することもなく、落ち着いたピッチングをしてくれました。これが他の投手のカンフル剤になってくれればいうことなしですよ」三原監督も満足げにいっていた。
こどものころ、落語家を夢みたというだけあって、榎本の周辺には、いつも笑いがうずまいている。仲のいい大矢や浅野は「あいつと話をするとハラの皮がよじれる」と試合前は逃げ出すことにしているほどである。この日はたまたま、浅野が逃げ遅れた。つかまえた榎本は「困っちゃう。また白がふえる」と一席やりはじめた。昨年、プロ入り初勝利を阪神からものにしており、このカードにはめっぽう自信をもっている。「田淵はノーヒットに押えているし」と自慢しようとしたのだが、浅野に「そんなこと、気にしないで染めたらいいだろう」と、榎本がいちばん気にしている若シラガを指さされた。浅野と榎本は防御率を僅差で争っており、負けた方がシーズンオフにひと晩おごるカケをしている。そのけん制球?もまじえて白星をわざとシラガに置きかえたのである。ところが、榎本は怒るどころか「うまいねえ。これはうまい」とハラをかかえて大笑い。浅野の方が「オレ、お前のことをいったんだよ」と拍子抜けしてしまった。そんな榎本だったが、マウンドに立つと鬼ガワラのような顔になる。阪神打線から四回まで6三振を奪ってスイスイ。五回の一死一、二塁のピンチにも、藤田平、田淵をフォークボールでかんたんに料理して、4勝目の基礎づくり。六回、和田、カークランドに連打されたところで、浅野にバトンを渡した。九回、最後の打者、藤井を中飛にしとめたところでベンチをとび出した榎本。「白が…」といいわけ、浅野にニヤリとされるとあわてて「勝つ星がふえちゃった」ここでも、榎本のペースにはまった浅野。「お前は欲ばりだな。頭にそんなに白いのがあるのに、また白をふやして」とやり込めたが返ってきた返事がふるっている。「そんな話はよそうよ。白でもなんにもないよりまし。そうでしょう浅野さん」最近、とみに退化の激しい浅野が、カリカリしたのはいうまでもない。
六回、一死一、三塁で浅野の救援を受けたとはいえ、ヤクルトの先発榎本の変化球はよかった。四回を除き毎回走者を出しながら勝負どころでカーブや落ちるタマを使ってホームを踏ませない。
ヤクルトの先発榎本の変化球はさえた。二種類あるカーブとシュートを低めに決め、八回まで散発の2安打と広島の打者をほんろうした。九回一死から山本浩の右翼線二塁打、衣笠の内野安打と失策で二、三塁とされマグガイアの中犠飛で1点をとられ、完封はできなかったが、5勝目をプロ入り初完投で飾った。
九回、望月を三振に仕止め。初白星(プロ入り2勝目)をマークしたのにヤクルト・榎本の開口一番は「長いんだもんねえ」だった。一回二死一、二塁からのロングリリーフにちょっぴりクレームをつけた。初勝利ともなれば、どんな投手でもオーバーに喜ぶのに、榎本にはそんなかけらもみられない。昨年練習中に40万円を盗まれたときもそうだった。あわてるどころか「盗ったヤツが利口なんだ。しょうがないや」シャアシャアいってのけて先輩連をあ然とさせたことがある。とにかく神経が太く、プロ入り前はれっきとした銀行マン(拓殖銀行)だったが、性格は正反対で物事を計算しない。これが欲のないピッチングに現われ、昨年はたったの1勝に終わった。しかし、阪神にだけは自信をもっていた。昨年の白星がこのカードである。ことしは四回戦(四月二十八日)で野田に打たれ、早々と降板したため、この日西井が初回に崩れても「てっきり二番手は安田さん」とブルペンでも力を入れてなかった。それが突然のお声がかりで、あわててマウンドへ。が、なにが幸いするかわからない。用意が万端でなかったため、かえって慎重にならざるを得なかった。いつもと違って大矢とのサインも時間をかけた。その結果が2安打の好投で、松岡弘につぐチームで二人目の勝利投手につながってしまった。ヤクルトでは花の22年組がもてはやされている。昭和二十二年生まれの荒川・大矢・松岡弘、安田、若松らの主力グループだ。ところがこれに頭にきた?23年組の榎本、浅野、大木、井上らは「ヤクルトは22年ばかりじゃない」とライバル意識を燃やして結成したのが名づけてイモの23年組。飲みにつけ遊ぶにつけすこぶる仲がいい。最近はこれをうらやんだ大矢がPTAとして割り込んでおり、榎本もツーといえばカーと答える間柄。登板4試合目の早い初白星もイキの合ったバッテリーの勝利だった。防御率も1・89で一躍五位に浮上した。「欠点のボールが先行することもなく、落ち着いたピッチングをしてくれました。これが他の投手のカンフル剤になってくれればいうことなしですよ」三原監督も満足げにいっていた。
こどものころ、落語家を夢みたというだけあって、榎本の周辺には、いつも笑いがうずまいている。仲のいい大矢や浅野は「あいつと話をするとハラの皮がよじれる」と試合前は逃げ出すことにしているほどである。この日はたまたま、浅野が逃げ遅れた。つかまえた榎本は「困っちゃう。また白がふえる」と一席やりはじめた。昨年、プロ入り初勝利を阪神からものにしており、このカードにはめっぽう自信をもっている。「田淵はノーヒットに押えているし」と自慢しようとしたのだが、浅野に「そんなこと、気にしないで染めたらいいだろう」と、榎本がいちばん気にしている若シラガを指さされた。浅野と榎本は防御率を僅差で争っており、負けた方がシーズンオフにひと晩おごるカケをしている。そのけん制球?もまじえて白星をわざとシラガに置きかえたのである。ところが、榎本は怒るどころか「うまいねえ。これはうまい」とハラをかかえて大笑い。浅野の方が「オレ、お前のことをいったんだよ」と拍子抜けしてしまった。そんな榎本だったが、マウンドに立つと鬼ガワラのような顔になる。阪神打線から四回まで6三振を奪ってスイスイ。五回の一死一、二塁のピンチにも、藤田平、田淵をフォークボールでかんたんに料理して、4勝目の基礎づくり。六回、和田、カークランドに連打されたところで、浅野にバトンを渡した。九回、最後の打者、藤井を中飛にしとめたところでベンチをとび出した榎本。「白が…」といいわけ、浅野にニヤリとされるとあわてて「勝つ星がふえちゃった」ここでも、榎本のペースにはまった浅野。「お前は欲ばりだな。頭にそんなに白いのがあるのに、また白をふやして」とやり込めたが返ってきた返事がふるっている。「そんな話はよそうよ。白でもなんにもないよりまし。そうでしょう浅野さん」最近、とみに退化の激しい浅野が、カリカリしたのはいうまでもない。
六回、一死一、三塁で浅野の救援を受けたとはいえ、ヤクルトの先発榎本の変化球はよかった。四回を除き毎回走者を出しながら勝負どころでカーブや落ちるタマを使ってホームを踏ませない。
ヤクルトの先発榎本の変化球はさえた。二種類あるカーブとシュートを低めに決め、八回まで散発の2安打と広島の打者をほんろうした。九回一死から山本浩の右翼線二塁打、衣笠の内野安打と失策で二、三塁とされマグガイアの中犠飛で1点をとられ、完封はできなかったが、5勝目をプロ入り初完投で飾った。