1973年
昨年の榎本はたったの1勝しかできなかったが、遠征先の宿舎で支払う酒代の方は、いつもベスト・スリーにランクされていた。今年のキャンプでも、若手連中が連想ゲームをやっていて、榎本のところにくると、すかさず出た答えが一升ビン。これには榎本自身も「うまい」と腹を抱えて笑い出す始末だった。ところが、シーズンに突入すると、酒代の請求書の額がグーンと減った。いまではベストテンにも顔を出していない。試合前も「オレ、もうちょっとしたら、酒と勝ち星は反比例する…なんていう本でも書こうかな」と、ニヤニヤしていたかと思うと、「きょうは朝の雨で下(グラウンド)が悪くなっていそうだ。大学(中京大)時代からこういう状態だと、足に力がはいらずついつい腕だけで投げてへばってしまった。気をつけないくちゃいかん」エース松岡弘につぐ信頼を首脳陣に受けている今シーズン。会話ひとつにしても、どこか余裕が出てきた。七回まで散発の5安打。が、プロ入り初完封を目前にしながら、八回途中でダウンして浅野と交代。「いかん、いかん。あんなに点を取ってもらいながら完投できんなんて、投手じゃない。それに三振したとき(六回)監督にバットを振らにゃ、ボールは前に飛ばんとおこられるし…」と、まるで敗戦投手のような口調だった。二十六日の都城で、6連敗と負け続けの中日に一矢をむくいたとき、ヒジを痛め、それが完治していない。八回、3連打を浴びたのも、ヒジの痛みが出たからだろう。「いや、そんなことはないですヨ。そんなの理由になりませんよ。とにかく打たれたぼくが悪い」なんだかんだと理由をつけ、逃げを打つプレーヤーの多いなかで、榎本はそんなことはひとかけらも口にしない。一升ビンは、裏のエースをめざしている。「ぴたりとやめたわけじゃないんですヨ。やめたら、酒造組合からクレームがつくからネ。一合ぐらいは…」この日でウイニングボールが三つになった。それをサカナに、この夜はチビチビやったことだろう。
昨年の榎本はたったの1勝しかできなかったが、遠征先の宿舎で支払う酒代の方は、いつもベスト・スリーにランクされていた。今年のキャンプでも、若手連中が連想ゲームをやっていて、榎本のところにくると、すかさず出た答えが一升ビン。これには榎本自身も「うまい」と腹を抱えて笑い出す始末だった。ところが、シーズンに突入すると、酒代の請求書の額がグーンと減った。いまではベストテンにも顔を出していない。試合前も「オレ、もうちょっとしたら、酒と勝ち星は反比例する…なんていう本でも書こうかな」と、ニヤニヤしていたかと思うと、「きょうは朝の雨で下(グラウンド)が悪くなっていそうだ。大学(中京大)時代からこういう状態だと、足に力がはいらずついつい腕だけで投げてへばってしまった。気をつけないくちゃいかん」エース松岡弘につぐ信頼を首脳陣に受けている今シーズン。会話ひとつにしても、どこか余裕が出てきた。七回まで散発の5安打。が、プロ入り初完封を目前にしながら、八回途中でダウンして浅野と交代。「いかん、いかん。あんなに点を取ってもらいながら完投できんなんて、投手じゃない。それに三振したとき(六回)監督にバットを振らにゃ、ボールは前に飛ばんとおこられるし…」と、まるで敗戦投手のような口調だった。二十六日の都城で、6連敗と負け続けの中日に一矢をむくいたとき、ヒジを痛め、それが完治していない。八回、3連打を浴びたのも、ヒジの痛みが出たからだろう。「いや、そんなことはないですヨ。そんなの理由になりませんよ。とにかく打たれたぼくが悪い」なんだかんだと理由をつけ、逃げを打つプレーヤーの多いなかで、榎本はそんなことはひとかけらも口にしない。一升ビンは、裏のエースをめざしている。「ぴたりとやめたわけじゃないんですヨ。やめたら、酒造組合からクレームがつくからネ。一合ぐらいは…」この日でウイニングボールが三つになった。それをサカナに、この夜はチビチビやったことだろう。