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森生は、麗しき理野を、羊遊斎工房に入門して直ぐに亡くなった兄のように、191日間も見守っていた。
兄の跡を追い羊遊斎の工房に勤め、腕を上げた理野は、蒔絵の創作、模作、代作に就いて思い悩む。
羊遊斎の根岸の妾宅に住まわせてもらっていた理野は、隣の酒井抱一の庵で鈴木基一と知り合う。
基一に心を通わせていながら、工房の腕はいいが妍介な先輩蒔絵師祐吉と、彼が向島に密かに準備した細工所で、一夜を過ごしてしまう。
理野の周囲の人々は、それぞれに屈託はあるものの、江戸の粋な交わりを満喫し、創り出していて魅力的だ。
特に羊遊斎の愛妾で、後に自立する胡蝶や、祐吉との生活を危ぶみ、理野に忠告する祐吉の古くからの愛人であり、支援もしたしなが魅力的だった。
また、根岸の里の風雅な住まいや、根津向島不忍池など、江戸らしい情趣がある。
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理野は祐吉と別れ、生国松江にある無名の父親の蒔絵工房に戻る決心をした。
できればそこで自分の蒔絵を創作したい、と願っている。
夜、酒気を帯びた基一が突然理野を訪れた。彼は朝顔図の下絵を持参していた。
画風も、理野との交流も決してはみ出さない基一に不満が無いわけではなかったが、理野は朝顔図に基一独自の新しい画風を見出し喜ぶ。
基一は後に名作と言われる「朝顔図」の下絵を理野に贈る。朝顔図は理野が基一を刺激し、描かせたようなものである。
一方、理野は心血を注いで創作した棗と硯箱を基一に贈った。
理野は、五年に一度、互いに作品を見せ合いたい、それが生きる張り合いだ、と基一に伝える。
作者の乙川さんにはそのように取り計らい、5年後続編を書いて頂きたい。
理野の心理描写が多く、冗漫になりかねないところを、凛として目が離せない物語に仕上げた作者の腕前は相当なもの。
中一弥さんの挿絵も素晴らしく、小説の面白さを際立たせた。
98歳の高齢ながら、瑞々しい挿絵で毎日楽しませてくれた。
時々色刷りになるが、小さな落款だけを朱色にし、他は青墨色一色、あるいは朱を含んだ墨色一色、という粋さ贅沢さ。
理野は今、別れの挨拶回りをしている。
貧しいが絵に興味を持つうら若い女中は、谷文晁に入門させてやった。
誠に行き届いた目配りである。
.....と小説が終わる前に気が早いけれど、感想を書きたくなった。
連載がまだ続くなら、それもいい。是非そうして欲しい。
挿絵は中一弥。
屏風絵は完成した「朝顔図」(紐育メトロポリタン美術館蔵)
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