林 住 記

寝言 うわごと のようなもの

転ぶ先の杖

2013-01-31 | 林住期

 

新聞に介護付き老人ホームのチラシが入っていた。
場所は入間市。名前は「レストヴィラ入間」。居酒屋ワタミがお勧めするオシャレな施設である。
担当者の話では介護1以上のヒトが対象だそうだけど、介護1って何だ?

森生だってそう遠くない将来、転ぶに違いない。
今からその気にならないと、その時にあたふたする。転ぶ先の杖が必要だよ。

500円の昼食付きで、見学歓迎だそうだ。

シャモじぃは退院したばかり。
好奇心旺盛な韋駄天じぃさんがヒマのようなので、二人で見学を予約した。

きょうの予定はこれでお終い。

 (春が来たのは蝋梅だけで、森生はまだ冬眠中でありまする。)

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真冬の里歩き

2013-01-29 | 高麗便り

寒い寒いと縮こまっていては何も始まらない。それに年末年始のぐうたら生活が祟り体重が70kの大台に近付いた。




今日は、初詣以来初めて高麗の里歩き。暖かい光はあるけれど、やっぱり寒い寒い。


野晒しの白菜は鍋にも見捨てられて、可哀相だよね。

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後遺症

2013-01-28 | 病院巡り

鼻水を止めるために、病院へは歩いて行った。鼻水たらたらで車を運転したら事故でも起こしかねないからね。
鼻水がこぼれないように、上を向いて、歩いて行った。

受付を済ませ、待合室の椅子に座っていたら、あ~ら不思議、あんなに溢れていた鼻水が止まっていた。
せっかく来たんだから先生に診せ、錠剤を2種類、目薬と鼻薬を1本ずつ処方して頂いた。

  「杉花粉はまだ飛散してませんよね。それに、いままでこんなことはなかったんですが」

と、先生にうっかり言ってしまったら、「原因物質を把握しましょうね」と、血液を3本も抜かれた。
結果は1週間先に分かるそうだ。

その後、自然に治ったのか、薬が効いたのか、どっちか分からないけれど、鼻水の洪水は止まった。
芽出度し芽出度し。

ただ一難去ってまた一難。困った後遺症があり、三日間、ブログを休んでしまった。
記事を更新する気持を、鼻水が流し去ったみたいだ。

毎日寒くて高麗川さえもが凍りついていた。しょうがないかもね。

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奔流

2013-01-24 | 病院巡り

 

春を思わせる穏やかな一日だった。

しかし悲しいことに、使い古した脳味噌が融けて鼻水になり、流れ出している。
奔流は、ティッシュで栓をしても止まらない勢いだ。

 顔走る鼻水に濡れしちり紙の 舞ひ散る春になりにけるかも
                                       
.........森生皇子 

ティッシュ1枚まるまる使用では鼻栓が大きくなり、飲食の邪魔をする。
そこで、2枚に裂いて左右の鼻腔に詰めるのでありまする。
それを何度も繰り返すと......。

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臨時休業

2013-01-23 | 病院巡り

今朝は、起きる前から鼻水の大洪水です。

普段はくしゃみ3回ルル3錠ですが、今度ばかりは全然効きません。
熱はなく、病院へは行きません。

猛烈な鼻水とくしゃみに、よく効く売薬があったら、教えてくださいませ。

こういう日に何かすると、碌なことはありません。
「林住記」はお休みにします。

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終の棲家は

2013-01-22 | 林住期

NHK特別番組「終の住処はどこに・老人漂流社会」を見た。

見たくはなかったが、現実を知らなくては間近な分れ道で、適切な選択ができないので見た。
内容は想像どおりの暗澹たる状況だった。
だれもがこういう状態に堕ちる恐れがある、と思った。

 今、高齢者が自らの意思で「死に場所」すら決められない現実が広がっている。
 一人暮らしで体調を壊し、自宅に居られなくなり、病院や介護施設は満床で入れない「死に場所なき高嶺者」は、
 
短期入所できる施設を数ヶ月おきに漂流しなければならない。

 超高齢社会を迎え、一人暮らしの高嶺者は今年500万人を突破する。
 「住まい」を追われ、「死に場所」を求めて、漂流する高齢者が溢れ出す異常事態が、既に起き始めている。

日本は今、東京オリンピックを誘致するどころではないのである。

番組中、意外なところがあった。

 80代になっても働いていた元運転手は5年前に妻に先立たれ、体調を崩し、一人で生活できなくなった。
 現在は8万円の年金に生活保護費を加え、施設を転々としている。
 住み慣れた町営住宅も整理すると、手元に残ったものは妻の遺骨と位牌。他には残高14万円の通帳だけである。
 身体は利かないが意識は正常である。

最後(と思われる)転居に際し、行政職員が終末医療について本人の意思を確認した。
延命治療を望まず自然死を希望するのかと思ったら、驚くべし。なんと、最後まで治療を希望したのだ。
もちろん希望は記録されたけれど、そういうものかなぁ、と感じ入った。

医学の際限の無い進歩は考えものである。
僧侶、神父牧師など宗教家は人間の最期について、もっと語るべし。

再放送は23日深夜、つまり1月24日(木)0時25分~1時14分です。

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賞味期限切れ

2013-01-21 | 林住期

鼻水が止まらない。熱はないし食欲はあるのでインフルエンザではないようだ。
インフルウィルスにしても、賞味期限を過ぎたじじぃなんぞを、相手にしていられまい。

昔は毎年インフルエンザに罹っていた。
ところがここ20年、予防注射無しで、流行に取り残されている。
体質が頑健になったのではない。鼻水洪水症状は年がら年中である。

念のために今日は篭城。
夕飯は熱々のポトフにしよう、と冷蔵庫から材料を掻き集めた。

冷凍温野菜。.....れれれ、賞味期限が11年4月4日だわ。
ポトフスープの素。これはまだ新しく12年11月3日。
月日の経つのは早いものだ。

まぁいいや。キャベツはないけどお雑煮に使った人参がある。
ベーコンは賞味期限を過ぎてまだ半月。
これらに新玉葱とウィンナソーセージを加え、自己責任による人体実験を開始した。

出来上がった熱々ポトフは美味かった。
加熱が全てを解決し、身体への影響は今のところ無いようだ。

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この冬いちばん

2013-01-19 | 高麗便り

今朝も寒かった。この冬いちばんの寒さだったそうだ。

毎朝いちばんが続き、水道管が凍結する前に、脳内血管が凍結しております。
だが鼻水はとめどもなく流れ出る。まだ完全に凍結してはいないようだ。

きのうの夕方、暖かくなろうとして巾着田へ行ったのは失敗だった。

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とりあえず

2013-01-18 | 林住期

モノを探していることが多い。
残り時間をムダに使っている、と痛感する毎日だ。

使ったものは予め決めておいた場所に戻せばいい、なんて分かっている。
場所は決めてあるが、使った後に「とりあえず」その辺においておくのがいけないのだ。

机の上がいよいよ収拾つかなくなり、整理整頓を始めた。

文庫本はとりあえずここに置く。
保険証と診察券はとりあえずこっちにまとめる。
小銭入れはとりあえずあそこしまう。

通帳はとりあえずあっちだ。
そうこうしているうちに、とりあえずだらけになった。

きょうの整理整頓はとりあえず、ここまで。

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女性の社会進出

2013-01-17 | 重箱の隅

日本は先進国では最低なのだそうだ。
森生は、外で働く意思と能力がある女性の邪魔をする気はない。

女性が家を出て、外で稼いでくれるなら頼もしいことだ。
反対どころか、是非そうして頂きたい。

しかし、マスコミの言い方は専業主婦を意図的に貶めているような気がする。
子育ての難しさばかりを強調しているような気がする。

日本の女性は、以前から家庭の財布をしっかり握っているはずだ。
その握り具合は先進国の中で、何番目なのだろうか。マスコミは分析し報告する義務がある。

欧米の物差しだけが物差しではない。

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ラ・ボエーム

2013-01-16 | 歌の翼に

    「 La Boheme 」

シャルル・アズナブールが切々と歌う「ラ・ボエーム」は、意味も知らずにただ好きな歌だった。
歌の名前と、饒舌な歌詞の日本語訳を調べて、ますます好きになった。

    ラ・ボエームとはジプシー(ロマ人)のように何事にも囚われずに自由に生きる人々のこと。
    ジプシーはチェコのボヘミア地方に多く住んでいたのでボヘミアンともいう。
    19世紀末、パリに住む芸術家気取りの人々がボヘミアンと自称した。

ふ~む、そういうことだったのか。
「何事にも囚われずに生きるぞ」と森生も宣言したいところだが、そうもゆかない中途半端な今日この頃。
アズナブールじいさんの歌でも聴きながら、見果てぬ夢を追うしかないわぃ。

    半世紀も前に買い、愛蔵しているLPレコードに、ラ・ボエームが入っている。
    この記事に貼り付けたくてyoutubeを探しても、派手な舞台で歌うラ・ボエームばかりった。

    レコードのアズナブールはオーケストラの伴奏が素晴しいんですね。
    速度を上げながら歌い切ると、木琴を中心にした伴奏は更に早くなり、猛烈な速度で消えて行く。

    なんだかボヘミアンやアズナブールの人生が羨ましい。

 

今日も、用事も約束も、林住記の原稿さえもなかった。
それで、ラ・ボエームを聞きながら氏原忠夫の卓上暦を眺めていて気が付いた。

おやおや、一月も、はや後半だ。
今年も残すところあと350日しかない。
光陰はヤだ。如しどころではないのである。ヤになるね。

........ラ・ボエームか。

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みぞれ

2013-01-15 | 知ったかぶり

昼過ぎに激しく降ったけれど、やがて雨になり、今朝はな~んにも無し。
高麗の里より南にある東京の大騒ぎが嘘のようだ。

降っている最中、某局のアナ君が駅前広場で興奮していた。

  「雨混じりの湿った雪が猛烈に降っております」

その雪は「みぞれ」のことではないでせうか。みぞれは漢字で書くと、

  

             ですが.......

なぜ雨冠に英なのだろうか。きのうは一日中猫額亭に閉じ篭り考えた。
雪、霰、雹。漢字の不思議。

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砧公園に春

2013-01-14 | 風に吹かれて


砧公園の片隅に建つ世田谷美術館はアルハンブラ宮殿に似ているようだ。
東急田園都市線用賀駅は、西武鉄道では見られない、巨大で現代的な装いの駅である。
用賀駅から砧公園までは、設計家が凝りに凝った緑道で、「いらか道」という名前が付いている。



用賀駅から美術館前までをバスで行くのは勿体ない。
歩けば凡そ2~30分。「いらか道」の小細工を楽しめる。
砧公園。
開花し始めた蝋梅に早春の香りが。



「成人の日は初雪」という予報が嘘のような、春めいた一日だった。

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松本俊介展

2013-01-14 | 色めがね

 Y市の橋

昨年は、36歳で亡くなった「不世出の才人」松本俊介の生誕100年だった。
世田谷美術館で開催している「松本俊介展」を観に行った。(1月14日で終了です)

実は、松本俊介の絵で思い出す作品は2点しかない。他の絵を観たことがなかったからだ。
その2点は、小さな町を背景に大きく描いた作業服姿の自画像と、横浜の運河に架かる橋の絵である。
自画像の方は半世紀も前に、鎌倉にある神奈川県立近代美術館で観たことを今でもはっきり覚えている。

2点はどれも色彩が暗く好きな絵ではなかったが、一種独特の詩情と迫力があり、記憶に残る絵だった。

松本は早世した画家なので作品数は少ないだろうと想像していたが、多数の作品で大きな展覧会になっていた。
初めて観た作品群はどれも松本俊介そのものであり、見応えがあった。

ただ、人物像はバタ臭かったり、無愛想だったりして、ちょっと不気味であまり好きにはなれない。
暗く淀んだ雰囲気の、松本俊介が創造したと言われる街の風景画が、どれも良かった。

風景画だったら持ち帰って、猫額亭に飾っても合う、欲しいなぁ、と思った。

寒さが続くのに、わざわざ世田谷まで行くことは無い、と迷いながら出かけた松本俊介展。
会場を出る時には「来て良かった」と思えた。

立てる像

会期があと一日で終わるので、入場客が多かった。
たまたま寒さが緩んだ所為か、会場は暑く、みぞおちに汗が流れ、絵を鑑賞する邪魔になった。
会場職員が防寒服を着ても差し支えない。室温を下げて欲しかった。

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