林 住 記

寝言 うわごと のようなもの

大入り満員

2015-01-11 | 色めがね

 

百貨店の展覧会は、客寄せのために開催するのだから、混み合っているのが当たり前だ。
連休に行く方が悪いのである。

そうはいっても、銀座松屋の古田織部展は入り過ぎ。
展示作品が小さい陶器なので、見下ろす位置に展示してある。人垣の間からちらちら眺めるのがやっとだった。

和服姿のおばさんが多く、作品の前に立ち止まり、噂話が自慢なぞ、織部とは関係ない話題に盛り上がっているのが迷惑だ。
別に、入場する必要はなかったんじゃないかぃ。

外は厳しい寒さ。会場ほか店内はむんむんする暑さで、ぐったり。
暖房温度を下げ、店員が厚着してほしいものだ。

続いて行ったのは日本橋高島屋の川瀬巴水展。

入場を待つ行列が呉服の大売り出し会場まで延びていて、織部どころではない熱気だった。
列に並ばず入口まで行き会場を覗いてみると、人山の黒だかり。版画のように小さい展示品は見えるはずがない。
昨年、破水の版画は、太田区立郷土博物館で既に見ているから、大混雑の記念品売場で絵葉書を数枚買っただけで、日本橋丸善へ。

丸善も暑かった。
気にしていた本を探す気力体力は既になくなっていた。

八重洲口の、黄昏た街の寒さが心地よかった。

茶碗は、藤田美術館蔵・御所丸茶碗「緋袴」。
古田織部について詳しい説明がある
こちらのブログから拝借しております。
この茶碗、松屋の会場にはあったかなぁ

150111


ろうばい咲く

2015-01-09 | 高麗便り

からっ風が止んだ隙に、高麗の里を歩いた。

単色の冬枯れの野に、早くも明るい春が来ている。

だが、春は束の間、一部分。また、北風が息を吹き返した。

 

寒さに負けていてはいけない。蝋梅を見習わなければ。



だなんて、思わないよ。

150109


新・戦争論

2015-01-08 | 床屋放談

文春新書「新・戦争論」は、池上彰と佐藤勝の対談集である。
池上彰が聞き役で、佐藤勝が普段報道されない世界中の紛争地の情報を、怒涛のように繰り出している。
ただ、ウクライナや中近東情勢などは、池上彰が解説役でも複雑怪奇過ぎる。
この種の話題は、パワーポイントで図解しながら、逐一解説してもらわないと。

いずれにしてもこの本は「へー、そうだったのか!?」という話を満載してるので、買って損はない。

北朝鮮の日本人拉致問題なども、ヤワな世論を逆なでするような、際どい事を遠まわしに言っている。
詳しくはご自分でお読み下さいね。

二人はどうやら、地球上から戦争は無くならない、と考えている。
話し合っても、民族と宗教(というより宗派)と資源と歴史が絡めば、相互に鉾は納められない
ようだ。
その辺の認識
は朝日新聞や大江健三郎とは大違いである。

ただ、第3次世界大戦を起こしてはいけない、日本が戦争に巻き込まれてはならない、としている。
そして以下のように続けている。

  そのためには、政治・軍事のトップから馬鹿を排除することだ。
  馬鹿な政治家・馬鹿な将軍は、かれらが自滅して終われば済む。
  しかし馬鹿がトップにいたら、国家・軍隊が全滅します。

  号泣議員がトップになったらどうします。田中真紀子も首相就任を噂された。
  恐ろしいことです。

なお、馬鹿とは情報不足、情報分析能力を持っていないトップのことを指している。
そして本題から外れて、われらの晋三クンについて、以下のような憎まれ口を叩いている。

  安倍さんを単細胞という人がいるけど、単細胞ではなく半細胞です。
  非常に近い視野しか持っていません。

  安倍さんはオバマ大統領とはしっくり行きません。
  民主的な指導者よりも、プーチンや金正恩に波長が合うようだ。

  インテリとは合わないのかな?

  プーチンも金正恩もインテリですが、ロシア的とか朝鮮的とかいう形容詞が付く。
  安倍さんの平和主義も積極的という形容詞が付きますよね。

この本の副題「僕らのインテリジェンスの磨き方」は、
第8章「池上・佐藤流情報術5カ条」をお読みくださいね。
参考になるかもしれませんよ。

150108


パピルスの舟

2015-01-07 | 歌の翼に

舟に乗るのも、舟を漕ぐのも、舟を見るのも大好きだ。
舟の歌もいい。

20代の頃、ベッツィとクリスという清潔感があるフォークソング歌手がいて、「パビルスの舟に乗って」という歌を歌ってた。
二人は「白い花は恋人の色」という歌で人気があったが、パピルスの舟の方は殆ど話題にならなかった。
明るく、トロピカルなリズムなのに、残念なことだった。

人気がなかったので youtube をいくら探しても、当然、この歌はみつからなかった。
だけどこの正月中、別の歌を探していたら、偶然「パピルスの舟にのって」が現れた。
嬉しいね。
いい年を歳をして、じじぃは繰り返し繰り返し聴きましたよ。

独り占めするのはもったいないので、一度、聴いてみて下さいね。

         「パビルスの舟にのって

                                            

同時にベッツィのインタビュー動画もあった。
音楽活動を再開したようだ。相方のクリスは今、音楽教師をしていて、人前で歌うことには全く関心がない、とか。
あれから50年も過ぎたんだから、その方が賢い生き方かもしれない。

絵は田中一村の作品です。

150107


小寒

2015-01-06 | 林住期

今日は小寒だったそうだ。
あしたからもっと寒くなるらしい。やだねぇ。

なんとなく夜になってしまった。北風が時々唸りはじめてる。

きょう一日、何をしたっけかなぁ。

でもね、カピパラだっての~んびりしてるのさ。いいじゃないか、人間だもの。

まして、じじぃだもの。

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高幡不動尊へ

2015-01-05 | 風に吹かれて

寝正月も結構草臥れるので、高幡不動尊へ初詣に行った。
失礼ながら、別に高幡のお不動様に信仰心があるわけではない。ただ、家から近く、まだ行ったことがないお寺、だからである。
また、利用したことがない西武拝島線と、多摩モノレール線に乗る楽しみがあったからでもある。

西武電車から見る、小川町から玉川上水辺りの平地林は、素敵ですな。電車が走ってるからボロが見えないのです。
屋根の上を静かに走るモノレールも素晴らしかった。関東平野の西端、奥多摩・丹沢の山塊の間に、秀麗の富士山が現れ、気宇壮大になった。
そして、じじぃが生きてる間は、絶対に噴火しないように、と祈った。

初めての高幡不動尊金剛寺は、繁盛していて良かった。
正月ももう4日目なのに、狭い境内は、アメ横みたいにごった返していた。
特に仁王門正面の不動堂と、ケバケバシイ宝輪閣前の広場は、お不動さんにお参りする人波が物凄く、君子危うきに近寄らずだ。

露店の間の狭い道を通り抜けると新しく、静かなお堂があった。奥殿(寺宝館)である。
賑わってる不動堂よりずっと小さいけれど、風格がある。
お参りする人は、ほんの10人くらいで、行列はなかった。

じじぃはここでお賽銭を奮発。

   どうぞどうぞ、今年こそブログネタがいくらでも見つかりますやうに.......。

看板によると、お不動さんはこっちが本物のオリジナル。大人気の不動堂のお不動さんは、こちらの精密な模造品なのだった。
薄暗がりでよく見えなかったが、1000年ぶりの修復を終えた、堂々たる体躯は、厳かで、本当に有難そうに見えた。
この林住記を読んだ方には、来年はこちらの本物をお勧めします。ここの坊さん、参拝客を欺くなんて、ひどいね。

平安様式で新築したという五重塔は見事だった。
近付けないので確かめられなかったけど、多分コンクリ製だと思う。
四周のコンクリ濠には分厚く氷が張り、濠の縁には昼飯を頬張る善男善女が溢れていた。

岡の中腹に鐘楼がある。見上げると形がいい。
鐘楼から境内を俯瞰すれば、お不動さんのような気分になれるかも、と大日堂脇から急坂を登ってみた。
どうってことはなかったが、山頂へ続く急な坂道がある。80何番目かの仏さんが手招きしているので、ご招待に応ずることにした。

急な坂道の頂上は高幡城址だった。
初詣なので普通の靴で上ったが、次に来るときは山歩き用の身なりで、南に続く、明るい尾根道を歩いてみたい。
高幡不動尊は、不動堂に鎮座する模造品のお不動さんよりも、こちらの88体の石仏巡りの方が、カラダにご利益がありそうだった。

ここのお不動さんを関東三大不動の一つという。あと二つはどこのお不動さんでしょうか?

150105


寝正月

2015-01-02 | 林住期

元旦の昨日は酷く寒かった。昼前には急に曇ってきて、小雪がちらつくほどだった。
本当は猫額亭でのんびりしていたかったけれど、何事にも前向きなしゃもじいに、高麗神社の初詣に誘われた。
ラジオ体操冬休み以来、日毎に堕落してゆく心身を目覚めさせるために、一緒に出掛けることにした。

かわせみ街道は渋滞が続き、排気ガスを浴びながら歩くことになる。
そこで、蝋梅が開花し始めた栗坪の集落から、細い道を辿り、かなりの遠回りになる獅子岩橋を渡り、高麗神社に着いた。
入口の鳥居から拝殿まで、既に長い行列ができていた。行列は着膨れた羊の群れのように見えた。

しゃもじぃにしては珍しく、素直に行列に加わったけれど、森生は行列が嫌いだ。
いくら神さまでも、こんなに大勢の羊たちの願いを覚えきれまい。大体、
信心は心のありようの問題で、時と所を選ばないはず。
とかなんとか屁理屈を捏ね上げ、行列には加わらず、知人が多い隣の聖天院へ、先に行くことにした。

聖天院の皆さんと久しぶりの雑談の後、昼飯は清流の谷戸にある西洋骨董食堂シェ・ノワで名物カレーライスに。
そして合計16,352歩も歩いて、坂の町のわが猫額亭に帰って来た。これは最近の3日分に当たる歩数だ。
身体は少し暖かくなったが、襟巻帽子を持ってゆかなかったので、頭が芯から冷えろれつが回らなかった。

 

昨日とは違い、今日は何にも予定が無い。本当の正月が来たようだ。
これから、思いっきり堕落して寝正月にします。
誰も来ないでね。

150102


新年のご挨拶に

2015-01-01 | 歌の翼に

あけましてお芽出とうございます。

年が改まったといっても、なんせ昨日の今日なので、抱負なんかないんですよね。困ったもんだ。

慈姑(くわい)に新芽が出たとしても、後期高齢者じゃぁね。

ま、When I grow too old to dream であります。
そこで、懐かしい名曲です。

夢見る頃を過ぎても

なお、この歌については popfreak さまのブログ「♪ blowin'in the music」もご覧くださいね。
そして本年もご愛読のほど、宜しくお願い申し上げます。

150101