泣いてもω(オメガ) 笑ってもΣ(シグマ)
忘れ物を心理学的に説明すると、こうなるんだそうだ。
忘れ物をした場所に、もう一度行ってみたいという気持ちの現れ……だそうだ。
そう教えてくださったのは増田さんのお母さん。
今日、一年生は球技大会で学年全部でスポーツ公園に出かけていて学校に居ない。
なので、増田さんの母さんは、直接俺に電話をしてこられた。
「よかったわ、直接お会いできて」
忘れ物のスマホを差し出しながらお母さん。
ちなみに、俺はスマホを二つ持っている。正月に機種変したんだけど、前のスマホもメモ帳代わりに持っている。
あまり使わないままバッグに入れてるんだけど、コスプレ衣装に着替える時に落としたようだ。
「汐がコスプレ衣装を着たのは初めてだったんですよ」
エアコンの設定を変えながらお母さん。
お邪魔した時にはキンキンに冷えていたが、汗が引いたタイミングで温度を下げられた。行き届いたお母さんだ。
「でも、とっても似合ってました。なんというのか、俺たちはいかにもコスプレでしたけど、増田さんはいかにも月島雫でした」
「親バカかもしれませんけど、あの子の才能だと思うんです」
「そうですね、あ、いや親バカじゃなくて増田さんの才能ですよ」
「見てください、あの子の衣装です」
差し出されたのは、増田さんが着ていた雫のコスプレ衣装だ。
「……すごい」
手に取って初めて分かった。
俺たちが着ていたコスプレ衣装とはグレードが違う。セーラーの襟もしっかりしているし、打ち合わせの裏には『月島雫』と刺繍ネームまで入っている。
「一回解いて補整してから縫い直しているんです。それだけじゃなくて、雫は中学三年の設定なので……ほら」
「おーーーー!」
お母さんが示したのは袖口だった。袖口は内側が軽く擦り切れている。
「軽石で擦って時間経過を出しているんです」
「すごいですね!」
「先月、食堂で火傷しましたでしょ」
「あ、はい」
トレーを持った男子生徒とぶつかって、熱々のラーメンを三杯もかぶってしまい、小菊に命ぜられるまま保健室まで運んだのは俺だった。
「あの火傷、痕が残るって言われてたんです」
「え、そうだったんですか!」
連休の御神楽大神神社(69回『御籠りの五日間・3・御神渡り』)のことを思い出した。
風呂に裸のシグマと増田さんが入って来た。一瞬のことだったけど二人の姿は焼き付いている。
あの時、増田さんの胸には火傷の痕なんかは無かった。
「雫もわたしも火傷なんか似合わない……そう念じて、あくる日には消えてましたから」
「え、根性で治したんですか!?」
「ハハ、たまたまでしょうけど、汐には、なにか人並み外れたものがあるみたいな。それが高校に入ってからはっきり現れてきたみたいな、あはは、親ばかでしょ(^_^;)」
「いえいえ……お母さんのおっしゃる通り、なにか持っている子だと思いますよ」
「まだまだ自分の力だけでは前に進めない子だけど、よろしくお願いします」
「あ、はい」
「忘れ物をするのは、そこに、もう一度は戻って来たい気持ちの現れって云いますから」
お母さんは高校生の俺に深々と頭を下げるのだった。
☆彡 主な登場人物
- 妻鹿雄一 (オメガ) 高校三年
- 百地美子 (シグマ) 高校二年
- 妻鹿小菊 高校一年 オメガの妹
- 妻鹿幸一 祖父
- 妻鹿由紀夫 父
- 鈴木典亮 (ノリスケ) 高校三年 雄一の数少ない友だち
- 風信子 高校三年 幼なじみの神社(神楽坂鈿女神社)の娘
- 柊木小松(ひいらぎこまつ) 大学生 オメガの一歳上の従姉 松ねえ
- ミリー・ニノミヤ シグマの祖母
- ヨッチャン(田島芳子) 雄一の担任
- 木田さん 二年の時のクラスメート(副委員長)
- 増田汐(しほ) 小菊のクラスメート
- ビバさん(和田友子) 高校二年生 ペンネーム瑠璃波美美波璃瑠 菊乃の文学上のカタキ