RE.乃木坂学院高校演劇部物語
ドンガラガッシャン、ガッシャーン……!!
タソガレ色の枯れ葉を盛大に巻き上げて、大道具は転げ落ちた。
一瞬みんながフリ-ズした。
「あっ!」
思わず声が出た。
講堂「乃木坂ホール」の外。十三段の外階段を転げ落ちた大道具の下から、三色のミサンガを付けた形のいい手がはみ出ている。
「潤香先輩!」
思わず駆け寄って大道具を持ち上げる! 頑丈に作った大道具はビクともしない!
「何やってんの、みんな手伝って!」
フリ-ズの解けたみんなが寄って、大道具をどけはじめた。
「潤香!」
「潤香先輩!」
ズサッ!
皆が呼びかけているうちに、事態に気づいたマリ先生が、階段を飛び降りてきた。
「潤香……だめ、息してない!」
マリ先生は、素早く潤香先輩の気道を確保すると人工呼吸を始めた。
「きゅ、救急車呼びましょうか……」
蚊の泣くような声しか出ない。
「呼んで!」
マリ先生は厳しくも冷静に命じ、わたしは弾かれたように中庭の隅に飛んで携帯をとりだした。
一瞬、階段の上で、ただ一人フリ-ズが解けずに震えている道具係りの夏鈴(かりん)の姿が見えて……乃木坂の夕陽が、これから起こる半年に渡るドラマを暗示するかのように、この事故現場を照らし出していた。
ロビーの時計が八時を指した。
病院の時計だから、時報の音が鳴ったわけじゃない。心配でたまらない私たちは、病院の廊下の奥を見ているか、時計を見ているしかなかった。
ロビーには、わたしの他には、道具係の夏鈴と、舞監助手の里沙しか残っていなかった。
あまり大勢の部員がロビーにわだかまっていては、病院の迷惑になると、あとから駆けつけた教頭先生に諭されて、しぶしぶ病院の外に出た。
外に出た何人かは、そのままエントランスのアプローチあたりから中の様子を窺っている気配。
ついさっきも部長の峰岸さんからメールが入ったところだ。
わたしと里沙はソファーに腰掛けていたけど、夏鈴は古い自販機横の腰掛けに小さくなっていた……いっしょに道具を運んでいたので責任を感じているんだ。
時計が八時を指して間もなく、廊下の向こうから、潤香先輩のお母さんとマリ先生、教頭先生がやってきた。
「なんだ、まだいたのか」
バーコードの教頭先生の言葉はシカトする。
「潤香先輩、どうなんですか?」
マリ先生は許可を得るように教頭先生とお母さんに目を向けて、それから答えてくれた。
「大丈夫、意識も戻ったし、MRIで検査しても異常なしよ」
「ありがとう、潤香は、父親に似て石頭だから。それに貴崎先生の処置も良かったって、ここの先生も。あの子ったら、意識が戻ったら……ね、先生」
ハンカチで涙を拭うお母さん。
「なにか言ったんですか、先輩?」
「わたしが、慌てて階段踏み外したんです。夏鈴ちゃんのせいじゃありません……て」
「ホホ、それでね……ああ、思い出してもおかしくって!」
「え……なにが……ですか?」
「あの子ったら、お医者さまの胸ぐらつかんで、『コンクールには出られるんでしょうね!?』って。これも父親譲り。今、うちの主人に電話したら大笑いしてたわ」
「ま、今夜と明日いっぱいは様子を見るために入院だけどね」
「よ、よかった……」
里沙がつぶやいた。
「大丈夫よ、怪我には慣れっこの子だから」
お母さんは、里沙に安堵の顔を向ける。
「ですね、今年の春だって自分で怪我をねじ伏せた感じだったし。あ、今度は夏鈴のミサンガのお陰だって」
マリ先生は、ちぎれかけたミサンガを見せてくれた。
ウワーーン(;´༎ຶ༎ຶ`)!!
夏鈴が爆発した。
夏鈴の爆泣に驚いたように、自販機がブルンと身震いし、いかれかけたコップレッサーを動かしはじめた。それに驚いて、夏鈴は一瞬泣きやんだが、すぐに、自販機とのデュオになり、みんなはクスクスと笑い出した。