ライトノベルセレクト・150
(はがない 慕情編)
背中をドンと小突かれた。
振り向かなくても分かっている、光子だ。
僕は心の準備をしてから振り返った……光子がSLみたく盛大に白い息を吐きながら立っていた。
「せ、せめて上野まで送ってやったらえがったのに!」
予想通りの田舎言葉で、光子が口を開いた。近くにいた女子高生の群れがチラ見している。
彼女たちは、今日が卒業式だったんだろう。お揃いのカーネーションと、証書入れの筒を持っている。
その両方が、僕の視野の端っこで、眩しく心に刺さる。
「こごじゃ、話せね。上に上がろ」
僕は、普段なら東京弁が喋れる。でも、このシチュエーションでは田舎言葉しか出てこない。
同郷の優衣が、夢を捨てて田舎に帰る。僕は黙って見送るしかなかった。そして、しつこく残っている光子に田舎言葉で責め立てられては、たった一年の東京弁なんか飛んでいってしまう。
「なして、そっちの道えぐの!?」
僕は、坂の上から降りてくる卒業したての女子高生たち。その群れの中をさかのぼって歩いていく気にはなれなかった。
「乃木坂学院、今日が卒業式だったのね」
やっと気づいた光子がポツンと言う。それで分かってくれたんだろう。反対の北側の道を黙々と並んで歩いてくれた。
「優衣、なんか言ってだった?」
「……あんたらは、がんばってねって、言ってだった」
「で、裕太は言えだんが?」
「言えね……胸つまってまって」
「なんで、あだしに声かげねの? なんで、スマホの電源切るん?」
「優衣も、切ってえだべ」
「優衣も、おかちゃん倒れねがったら…………悔しいね!」
「光子は、気持ちのまんま出ちまっがらよ……」
「気持ちのまんま出さねば、出さねで後悔するよりなんぼましか。裕太も優衣も分がっでねえ!」
光子は、信号待ちの間に落ちていたアルミ缶をぐちゃぐちゃに踏みつぶした。
僕は、それを拾い上げて、自販機の横の空き缶入れに捨てた。
カチャン……行儀のいい音がした。
「なんで、そんなとごだげ、律儀なんよ!」
僕は振りかえれなかった。
「はがない夢だけんじょ、はがないがら、ええごどもあんだ。伝わるごどもあんだ。口さ出したらアメユジュみでに消えるもんもあんのだ」
「はがないまんまで、ええんだが……せめで、せめで、優衣のごど好きだっで言えんね!」
そのとき、降り止んだと思った雪がチラホラふってきた。
「上野の駅が、地上にあっだらは、もう少しばっか、かっけーね」
「はんかくせえ……!」
光子は、それでも頬にかかる雪が涙とまぎれるまで、待ってくれた……。
(はがない 慕情編)
背中をドンと小突かれた。
振り向かなくても分かっている、光子だ。
僕は心の準備をしてから振り返った……光子がSLみたく盛大に白い息を吐きながら立っていた。
「せ、せめて上野まで送ってやったらえがったのに!」
予想通りの田舎言葉で、光子が口を開いた。近くにいた女子高生の群れがチラ見している。
彼女たちは、今日が卒業式だったんだろう。お揃いのカーネーションと、証書入れの筒を持っている。
その両方が、僕の視野の端っこで、眩しく心に刺さる。
「こごじゃ、話せね。上に上がろ」
僕は、普段なら東京弁が喋れる。でも、このシチュエーションでは田舎言葉しか出てこない。
同郷の優衣が、夢を捨てて田舎に帰る。僕は黙って見送るしかなかった。そして、しつこく残っている光子に田舎言葉で責め立てられては、たった一年の東京弁なんか飛んでいってしまう。
「なして、そっちの道えぐの!?」
僕は、坂の上から降りてくる卒業したての女子高生たち。その群れの中をさかのぼって歩いていく気にはなれなかった。
「乃木坂学院、今日が卒業式だったのね」
やっと気づいた光子がポツンと言う。それで分かってくれたんだろう。反対の北側の道を黙々と並んで歩いてくれた。
「優衣、なんか言ってだった?」
「……あんたらは、がんばってねって、言ってだった」
「で、裕太は言えだんが?」
「言えね……胸つまってまって」
「なんで、あだしに声かげねの? なんで、スマホの電源切るん?」
「優衣も、切ってえだべ」
「優衣も、おかちゃん倒れねがったら…………悔しいね!」
「光子は、気持ちのまんま出ちまっがらよ……」
「気持ちのまんま出さねば、出さねで後悔するよりなんぼましか。裕太も優衣も分がっでねえ!」
光子は、信号待ちの間に落ちていたアルミ缶をぐちゃぐちゃに踏みつぶした。
僕は、それを拾い上げて、自販機の横の空き缶入れに捨てた。
カチャン……行儀のいい音がした。
「なんで、そんなとごだげ、律儀なんよ!」
僕は振りかえれなかった。
「はがない夢だけんじょ、はがないがら、ええごどもあんだ。伝わるごどもあんだ。口さ出したらアメユジュみでに消えるもんもあんのだ」
「はがないまんまで、ええんだが……せめで、せめで、優衣のごど好きだっで言えんね!」
そのとき、降り止んだと思った雪がチラホラふってきた。
「上野の駅が、地上にあっだらは、もう少しばっか、かっけーね」
「はんかくせえ……!」
光子は、それでも頬にかかる雪が涙とまぎれるまで、待ってくれた……。