漆黒のブリュンヒルデQ
おーい、玉ちゃーーん!
地上から声がかかった玉ちゃんは「おお! いっき行っど!」と薩摩弁丸出しで屋上の階段を降りて行った。
屋上でお弁当を食べ、並んで昼寝でもしようかと思ったら、フェンスにもたれた背中で正体が知れたのか、下級生たちに―― いっしょに遊ぼう! ――と、声を掛けられたところだ。
玉ちゃんは人徳があって、子どもがやるような遊びで人を和ませ、熱中させてしまう。
鬼ごっこ、かくれんぼ、石けり、馬飛び、だるまさんがころんだ……今では幼稚園の子どもでもやらないような遊びで、下級生や同級生と無邪気に遊んでいる。
ひところは、なんとか標準語を喋らなくてはと気を張っていた玉ちゃんだが、遊びの最中には、どうしても薩摩弁が出てしまう。今では、お仲間たちも薩摩弁に慣れてしまい、玉ちゃんは日常生活でも、ほとんど薩摩弁で通すようになった。
孤高というほどではないが、わたしは一人でいることの方が多い。
ヴァルキリアで戦に明け暮れていたころもこうだったから、これは戦乙女の習い性だろう。
付き従っていたのは従卒のレイア一人だった。
レイアは元々はヴァルハラ(父オーディンの居城、つまりわたしの家)での、わたしの侍女だった。
いつもニコニコして気難しいわたしを和ませてくれていた。戦に出るようになると、自分も鎧兜に身を包んで従者として付き従ってくれた。
回復魔法が得意で、少々の傷ならば数秒手をかざすだけで治してしまう。
特に、わたしには効果があって、普通の怪我人なら、ポーションを使ったうえ、数分かかるものが数秒で済んでしまう。
さほど変わらぬ歳なんだが、顔も見たことが無い母とは、レイアのような者なのかと思ったりしたぞ。
そのレイアでさえ、霊水であるエルベの水をもってでしか手に負えない傷を負ってしまった。
レイアの能力が落ちたのではない、度重なる戦の傷で治りが遅くなってきた。
それに、あのエルベの水に移ってしまったレイアの思念だ。
レイアは、父オーディンとトール元帥の話を聞いてしまっていたのだ。
―― 姫が選ぶ戦死者は……のちに蘇ってラグナロク(最終戦争)の戦士になるのだ。あれの本当の使命は戦に勝つことではない、ラグナロクの戦士を選ぶことなのだ ――
レイアは、それを聞いてしまい、胸の奥底に仕舞っておいた。
―― お可哀そうに……姫は、最後の戦いを終えて安息の地に送ってやるために戦死者を選んでおられたのに、戦死者は再び蘇ってラグナロク(最終戦争)の戦士にならされる ――
それが、エルベの水に移ってしまったのだ。
歴戦の勇士たちに、ようやくの安息を与えてやるつもりが、さらなるラグナロクの苦難を与えていたのだ。
体中の血が逆流し、父と対決した末に、この世界に来てしまった。
この世界では、大陸からやってきた魔性の者と対決したこともあったが、主に、名前も失うほどに迷った霊魂を救ってやっている。
その大方は、先の大戦で命を落とした者たち。その大半は1945年3月の大空襲で、自分の名前も思い出せぬほどに身を焼かれた者たちだ。
公称6万、実数は10万を超える。まだまだ道半ば……まあいい、因果なことだが戦乙女は歳を取らん。
ぼんさんが屁をこいた……?
キャハハ なにそれ!? へんなの! やだあ! あ、動いちゃった! 見づげだ見づげだ! アハハハ
ああ、『だるまさんがころんだ』の関西バージョンか。
同窓の嬌声も、屋上に居れば子守唄に聞こえなくもない。
これにレイマが小さく子守唄など口ずさんでくれたら……熟睡できそうだ……ぞ……
それは、しっこくじゃのう。
隣で声がして、いっぺんに目が覚めてしまった( ゚Д゚)!
☆彡 主な登場人物
- 武笠ひるで(高校二年生) こっちの世界のブリュンヒルデ
- 福田芳子(高校一年生) ひるでの後輩 生徒会役員
- 福田るり子 福田芳子の妹
- 小栗結衣(高校二年生) ひるでの同輩 生徒会長
- 猫田ねね子 怪しい白猫の猫又 54回から啓介の妹門脇寧々子として向かいに住みつく
- 門脇 啓介 引きこもりの幼なじみ
- おきながさん 気長足姫(おきながたらしひめ) 世田谷八幡の神さま
- スクネ老人 武内宿禰 気長足姫のじい
- 玉代(玉依姫) ひるでの従姉として54回から同居することになった鹿児島荒田神社の神さま
- お祖父ちゃん
- お祖母ちゃん 武笠民子
- レイア(ニンフ) ブリュンヒルデの侍女
- 主神オーディン ブァルハラに住むブリュンヒルデの父