くノ一その一今のうち
撮影というのは水ものだ。
ちょっとしたトラブルが撮影の進行を遅らせる。
夕べ、あたしと課長代理は甲府城の地下で木下の忍びたちと死闘を繰り広げていたけど、地上の甲府城でも監督たちが、これからの撮影について頭を絞っていた。
『吠えよ剣』はアクション系エンタメドラマで、見る側は茶の間でドキドキしたりアハハと笑ってるだけでいいんだけど、ドキドキアハハにするためにはチャンネルを合わせてもらわなくてはならない。たとえ、仕事の疲れで寝てしまったり、ミカンの皮を剥いていたり、スマホの操作をしながらでも、チャンネルさえ合わせてもらっていれば視聴率が稼げる。業界用語でいう数字が取れる。
限られた予算と製作時間で成し遂げるのは大変なんだけど、監督やスタッフたちは、その限られた中で全力を尽くす。
夜間シーンの照明とエフェクトを工夫したいというので、撮影の順序が入れ替わった。夕べ稲荷曲輪で頭を絞った結果なんだそうだ。結果、まあやのシーンは明日になって、あたしとまあやは念願のお墓詣り。
幸いなことに千葉さな子のお墓は宿舎のホテルから徒歩15分。駅前の花屋でお花、仏具屋でお線香を買って墓地を目指した。
甲府の街はほど良く都会で、お寺まで歩く道筋は先日まあやと行った巣鴨の街と変わらない。でも、絶えず家々の間に山並みが覗いて、見上げた空にはトンビなんかがゆったりと飛んでいたりして、とても雰囲気がいい。
お寺の境内に入ると、赤い立札に白い字の『千葉さな子の墓⇒』が要所要所に立っていて、迷うことなくお墓にたどり着けた。
「やっと来れたぁ……」
まあやは、お墓が見えたところで立ち止まった。
瞬間、忍者であるあたしと同じ感覚かと錯覚した。
忍者は、目的の人や物を発見しても、直ぐには近づかない。周囲に気を配り、待ち伏せは無いか、仕掛けは無いか、フェイクではないかと気を配る。場合によっては、その周囲を周って調べたりする。つまりは用心する、警戒するんだ。
でも、まあやの立ち姿に警戒の色は無い。目もデフォルトのへの字だし、口もゆるいωの形、つまり嬉しいんだ。
保育所の保育参観に来てくれた時のお祖母ちゃんの感じ。
あの時は、忍者の目じゃなくて、ほんとうにお祖母ちゃんの目だった。愛想が無くて目つきの悪い子だったあたしが、みんなに溶け込めているか心配だったんだ。それで、なんの問題も無く粘土工作とかやってるのを見て、みんなに受け入れられてるって安心したんだ。なんか感謝の念さえ感じたよ。孫を受け入れてくれてありがとうって。
あれは、違うんだけどね。まあ、往年のくノ一も、孫のことになると目が曇ったのかもしれない。
でも、目の前のまあやは間違っていないと思う。幕末維新の動乱の時代を生きた薄幸の女剣士が、人々の情けや思いやり……いや、鬼小町と呼ばれたさな子に、そんなウェットな言葉は似合わない。応援したい、役に立ちたい……でもない。ボキャ貧のあたしに最適な言葉は浮かばないけど、放っておけない気持ちで引き取ったんだ。自由民権家の小田切某さん。
たしか、維新の後、千住で鍼灸院を開いたさな子さん。そこに患者としてやってきた小田切さんの奥さんが無縁仏になってはとお骨を引き取って、自分の家の墓地に並べて葬られた。
その暖かさが―― さな子さん、ここにお座りなさいよ ――という感じ。その佇まいがまあやにも分かるんだ。
納得がいったのか、墓前に進むと花活けにお花を挿して、お線香を立てて静かに合掌した。
「縁あって、さな子さんの役をやらせていただいてます。もっと早く来るつもりでしたが、段取りが悪くて今日になりました。まだまだ未熟な役者ですが、せいいっぱい頑張ります。えと……よろしくお願いします」
パンパン
「ププ( ´艸`)」
「あ、お墓だから手叩いちゃいけないよね(#^o^#)」
「いいんじゃない、まあやには神さまみたいなものなんだから」
「そ、そだよね(#^△^#)」
「そうだよ、大事なのは気持ち、心だよ……」
あ…………
まあやに「心だよ」と言って百分の一秒ほど閃くものがあった……心……なんだったんだろ、いま閃いたものは?
思い出せなくて、まあやの横に並んで手を合わせた。
ピーヒョロロ
トンビがくるりと輪を描いて、撮影と任務が無ければ、とっても雰囲気の女子二人旅になるのにと思った。
☆彡 主な登場人物
- 風間 その 高校三年生 世襲名・そのいち
- 風間 その子 風間そのの祖母(下忍)
- 百地三太夫 百地芸能事務所社長(上忍) 社員=力持ち・嫁持ち・金持ち
- 鈴木 まあや アイドル女優 豊臣家の末裔鈴木家の姫
- 忍冬堂 百地と関係の深い古本屋 おやじとおばちゃん
- 徳川社長 徳川物産社長 等々力百人同心頭の末裔
- 服部課長代理 服部半三(中忍) 脚本家・三村紘一
- 十五代目猿飛佐助 もう一つの豊臣家末裔、木下家に仕える忍者