秘録エロイムエッサイム・20
(日替わりエロイムエッサイム)
とりあえず、都内の大型ショッピングモールのイベントステージを借りることにした。
都内のホールやイベントスペースは、どこも予約が入っていて、おいそれとは借りられない。ショッピングモールも全てがイベントステージを持ってるわけではなく、とにかく会場の確保が最大の問題だった。
日本の芸能史上でも、一週間足らずで、ここまで人気の出たアーティストはいない。急激な需要に、真由の供給が追い付かない格好だ。
大江戸テレビには、正月早々スポンサーの申し込みが相次いだ。大概が中規模企業の相乗りスポンサーで、真由の番組やイベントを支えて行こうというのだ。
「正月番組の使い残しのセットで仕上げたとは思えないわね」
山田プロディユーサーは、本日の会場であるプラズマモールの舞台の仕上がりを見て大きく頷いた。
「スクラップの買い取りでしたから、並の半分の費用でいけましたよ」
美術さんは、鼻高々だった。
しかし、いかんせんショッピングモールのイベントスペースなので、正規のキャパは200ほど。椅子を取っ払い、二階のギャラリーも観客席に見立て、なんとか500は確保できた。
当然テレビ中継もしているので、テレビでも動画サイトでも観られるが、やはりライブで観たいというのが人間の心理である。
「真由ちゃん、悪いけど予定変更。30分のステージを8回でやる」
「え、8回ですか!?」
「うん、最寄りの駅の情報やら、ブログのアクセス数から、そのくらいやらないと収まらない予想なのよ」
「……いいですよ。みんなあたしの歌を聞きに来てくださるんだから、喜んでやります!」
元気のいい返事だったが、一瞬の躊躇があった。8回で、延べ40曲を歌う。自分の喉がもつか心配だったのである。
開場前から並んだ観客は1000人を超えた。そしてお年寄りの数が二割ほどと多く、急きょ前列に高齢者席……では失礼なので『人生のベテラン席』を設けた。
局の制作部も負けてはいない。スポンサーになってくれた某信金のマスコット人形が真由に似ているので、別のスポンサーが販促用に大量に持っていたギターのミニチュアをくっつけて500限定で真由のマスコットを作った。そして、これは二回目の公演で完売。なんせ原価はタダ。売価は800円(税込)にしたが、お釣りの百円玉が足りなくなると「1000円で釣りはいらない」というお客さんが増え、その日のうちにプレミアが付き、ヤフオクで5000円の値段がつくようになった。
不思議なミニコンサートだった。
下はお母さんに連れられた保育園児から、老人ホームからやってきたような80代のお年寄りまで、観客層は多彩だ。
「ありがとうございます。あたし事務所もライターさんもいないので歌える歌は、著作権にかからない昔の小学唱歌しかないんです。好きだってこともあるんですけど、こんなにたくさんの人たちが来てくださって、とても嬉しいです。ファンというのはおこがましいので、仲間のみなさんと呼ばせてもらいます。仲間のみなさん、ほんとうにありがとうございます」
二回目までは、この挨拶ですんでいたが、三回目になると名残惜しい仲間のみなさんから声がかかった。
「最後に一曲!」
「ほ、蛍の光がいいわ」
元学校の先生だったお婆ちゃんが言った。現役のころ、卒業式で歌い、歌わせかったが、現場はそんな雰囲気ではなく、学校ではほとんど歌ったことが無かった。
「それ、いいですね。この曲は、スコットランドのオールド・ラング・サインという曲が原曲なんです。もとはお別れの歌じゃなくて二人の友情の歌なんです。では、原曲の後で、一番と二番を唄います。みなさんもご一緒にどうぞ」
真美が前奏の後で静かに原曲を歌った。
Should auld acquaintance be forgot, and never brought to mind ?
Should auld acquaintance be forgot, and days of auld lang syne ?
CHORUS: For auld lang syne, my dear, for auld lang syne,
we'll tak a cup o' kindness yet, for auld lang syne.
「それ、NHKの朝の連ドラで歌ってたよ!」
「懐かしい!」
で、日本語バージョンになると、開場は大合唱になった。
孫悟嬢が、観客に紛れて来ていたのは、ウズメしか気づかなかった……。