昨夜は、ひさしぶりに近隣六軒の会議だった。
しかし、ほとんど「いつもの雑談大会」になってしまった。
先日、隣接する「素晴らしく環境のよい空き地」に、マンション建設のお知らせが届き、
「いよいよ来たのか」という声とともに、「もめますね」という声が相次ぎ・・・
やはり“このような会議を定期的にもつ”ということになってしまった。
そうした経緯から、昨夜は「第一回目の近隣会議」だった。
これから建設会社との確認・折衝作業になっていくのだろう。
しかし、それにしても、この辺りの皆さんは、本当にホットだ。
近所付き合いのイメージを超えて、とてもとてもハートがあったかい。
余計なバリアーをはることなく、人が人と“かかわっている”。
ただ単に“かかわっている”のだ。
遅れてきた“ほろ酔いのWさん”の言い訳をさえぎり、Wさんのコートを脱がしながら
「そんなこといいから、とにかく、ほら、座りなさいよ」といさめるTさん。
それを見ていた皆の間に笑いが起こり、それに反応するTさんは、
「だって、うちの息子と同い年なんだもの」と、満面の笑み!
1年前に奥様を亡くしてしょげているWさんは、そういう親しみある会話が嬉しくて、
「皆がいて、こういう時間があるから、引っ越せないんだよなぁ」とつぶやく・・・。
それに、昨夜は申し送りなど何もしていないのに、其々が一品持参して集まって来た。
参加者全員各々に「焼きたて食パン」のおみやげを持参してきたYさんは、
「おいしいから、皆に食べてほしくって・・・持って帰ってね」と微笑む。
私はホシイモ持参で、他の皆さんも、煎餅やら和菓子やらを持参して・・・(笑)。
残ったお菓子類は、袋に分配されて「おみや」になって、持ち帰らせていただいた。
当地は、季節になると、ウグイスが鳴く。
暖かくなると“窓を開けて就寝する”のだが、朝は“鳥達の鳴き声”で目が覚める。
この環境がなくなってしまうのが、本当にツライ。
近隣対策会議の要点も、一応絞られてきたのだが・・・・・
Wさんは「ウグイスの住処を守れ」と力説。皆の思いも、全く一緒だ。
こういう自然が身近に感じられる環境でいるからこそ、こういう近隣との付き合いも
残っているわけで・・・それは自然と触れ合うことによって、“人間的な心持ち”も
いつまでも人々の心の底に残っていくものだと、私は確信している。
自ずと、自然を敬う気持ちや、自然の有難さを感じるし・・・それは、まさに
「命を感じること」ができるということでもある。
目の前の動物・鳥・虫・植物・・・そして、自分自身の・・・。ひいては、人間の・・・。
“命が見えている”ということは、人に対する対応も違ってくるものだと思うし、
人々が人として持ちうる感覚や常識観念などを培う手助けを、「自然」はしてくれている。
その人が自覚していなくても、“実際はそういう効果があったりするのではないか”と、
私は思う。しみじみ思う。
だから、今回のことは、かなりショックだし、哀しい。
マンション建設は止められないだろうが、こういう想いまでもが「何でもない」と
思われてしまうことには耐えられない。
やるせない・・・。
「主張しよう」という姿勢をお互いに確認して、「よりベターな状態で暮らしたい」と
マンション建設に関しての“細かい確認”をしていこうということになった。
私としては父が心配で、落ち着かないままの会議(20:00開始~)だったが、
3時間という区切りのよいところで父の目が覚めたようで・・・「ラッキー」だった。
次回の会議は、お金持ちのWさんの“アレンジ&おごり”で「夕食会」になるそうな。
申し訳ないけど、ちょいと楽しみ・・・。
何が食べられるのかなぁ。(いやしんぼうサクレツ!)
しかし、ほとんど「いつもの雑談大会」になってしまった。
先日、隣接する「素晴らしく環境のよい空き地」に、マンション建設のお知らせが届き、
「いよいよ来たのか」という声とともに、「もめますね」という声が相次ぎ・・・
やはり“このような会議を定期的にもつ”ということになってしまった。
そうした経緯から、昨夜は「第一回目の近隣会議」だった。
これから建設会社との確認・折衝作業になっていくのだろう。
しかし、それにしても、この辺りの皆さんは、本当にホットだ。
近所付き合いのイメージを超えて、とてもとてもハートがあったかい。
余計なバリアーをはることなく、人が人と“かかわっている”。
ただ単に“かかわっている”のだ。
遅れてきた“ほろ酔いのWさん”の言い訳をさえぎり、Wさんのコートを脱がしながら
「そんなこといいから、とにかく、ほら、座りなさいよ」といさめるTさん。
それを見ていた皆の間に笑いが起こり、それに反応するTさんは、
「だって、うちの息子と同い年なんだもの」と、満面の笑み!
1年前に奥様を亡くしてしょげているWさんは、そういう親しみある会話が嬉しくて、
「皆がいて、こういう時間があるから、引っ越せないんだよなぁ」とつぶやく・・・。
それに、昨夜は申し送りなど何もしていないのに、其々が一品持参して集まって来た。
参加者全員各々に「焼きたて食パン」のおみやげを持参してきたYさんは、
「おいしいから、皆に食べてほしくって・・・持って帰ってね」と微笑む。
私はホシイモ持参で、他の皆さんも、煎餅やら和菓子やらを持参して・・・(笑)。
残ったお菓子類は、袋に分配されて「おみや」になって、持ち帰らせていただいた。
当地は、季節になると、ウグイスが鳴く。
暖かくなると“窓を開けて就寝する”のだが、朝は“鳥達の鳴き声”で目が覚める。
この環境がなくなってしまうのが、本当にツライ。
近隣対策会議の要点も、一応絞られてきたのだが・・・・・
Wさんは「ウグイスの住処を守れ」と力説。皆の思いも、全く一緒だ。
こういう自然が身近に感じられる環境でいるからこそ、こういう近隣との付き合いも
残っているわけで・・・それは自然と触れ合うことによって、“人間的な心持ち”も
いつまでも人々の心の底に残っていくものだと、私は確信している。
自ずと、自然を敬う気持ちや、自然の有難さを感じるし・・・それは、まさに
「命を感じること」ができるということでもある。
目の前の動物・鳥・虫・植物・・・そして、自分自身の・・・。ひいては、人間の・・・。
“命が見えている”ということは、人に対する対応も違ってくるものだと思うし、
人々が人として持ちうる感覚や常識観念などを培う手助けを、「自然」はしてくれている。
その人が自覚していなくても、“実際はそういう効果があったりするのではないか”と、
私は思う。しみじみ思う。
だから、今回のことは、かなりショックだし、哀しい。
マンション建設は止められないだろうが、こういう想いまでもが「何でもない」と
思われてしまうことには耐えられない。
やるせない・・・。
「主張しよう」という姿勢をお互いに確認して、「よりベターな状態で暮らしたい」と
マンション建設に関しての“細かい確認”をしていこうということになった。
私としては父が心配で、落ち着かないままの会議(20:00開始~)だったが、
3時間という区切りのよいところで父の目が覚めたようで・・・「ラッキー」だった。
次回の会議は、お金持ちのWさんの“アレンジ&おごり”で「夕食会」になるそうな。
申し訳ないけど、ちょいと楽しみ・・・。
何が食べられるのかなぁ。(いやしんぼうサクレツ!)