最初はSAH

2000.11にくも膜下出血(SAH)発症。無事後遺症もなく生還。今興味あること:脳のこと,教育のこと,テニスのこと

シンポジウム 社会を輝かせる女性たちー広岡浅子の拓いた日本の女性高等教育、そして世界へー

2016-02-25 14:18:00 | Weblog

一昨日、文京シビックホールで開催されたシンポジウム
「社会を輝かせる女性たち」
~広岡浅子の拓いた日本の女性高等教育、そして世界へ~

を聴いてきました。

このシンポジウムは文京区と日本女子大の共催で催されたものです。
開場時間の少し前に行ったら、もう入口に長い列が出来ていてビックリ!

NHK朝ドラ「あさがきた」の主人公のモデル広岡浅子は、
日本で最初の女子大学の設立に尽力した人で、
今まさにドラマでも毎日その話が放送されています。

最初に「あさがきた」の時代考証をしている鹿児島大名誉教授 原口泉氏が、
「広岡浅子の生きた時代」と題して講演。

一夫多妻が法律的に認められていたり、
良妻賢母が女性の鏡とされていた幕末から明治のこの時代に
どのようにその天性の商才を発揮していったかを
ドラマの裏話(こっちの方が多かったか?)を混ぜながら、
語られました。

次に日本女子大の卒業生で建築家 妹島和代氏の講演。
(ルーブル美術館別館、金沢の21世紀美術館等を設計。建築界の ノーベル賞といわれるプリツカー賞受賞)
日本女子大で建築を学び、そして卒業後どんな思いで建築設計の仕事をしてきたかを語られました。
*公園のような建物 *内部空間と外部空間が繋がる建物
を創りたくて設計してきたという話しを、氏の作品を映しながら説明してくださって、面白かったです。

そして、原口氏、妹島氏に日本女子大前学長 蟻川芳子氏、UN WOMAN 日本事務所長 福嶌香代子が加わって、
日本の女性高等教育の歴史、そして今に繋がる世界で活躍する女性たちについて
パネルディスカッションが行われました。

ちょっと、日本女子大の学校説明会っぽい感じもあったけど、
広岡浅子が熱い思いで日本初の女子大をつくり、
その後、たくさんの後輩女性が後に続き、活躍していったことを知りました。

余談で原口氏が繋がるという意味で五代友厚の曾孫五代富文氏(1932-)が国産H2ロケット開発を主導していた人だと話されて
これまたビックリポン!
コメント
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