黒柴ひめちゃんの葛塚村だよりⅢ

葛塚城堀之内に住んでます。毎日歩いているひめちゃんとおかあさんの見て歩きです。時には遠くにも出かけます。

深沢郷への道(奥沢3沼から深沢郷桐生塚へ)

2020-08-03 15:30:20 | 群馬県・旧勢多郡

朝の雨を気にせず、ひめちゃんたちは、いつものちょっと遠出のお散歩ができるようになりました

昨日は小次郎パパと、諏訪神社の向こうの高台にある薬師の道を歩いてきました

細い農道ですけど、何故か薬師さまの石造物がいっぱいです。

 

今朝は獅子丸と、岩神沼の向こうを廻ってきました。

沼に鳥の影はありません。

換毛中の獅子くん、かゆかゆで、お馴染みのポーズです。

 

ひめちゃんたちのミニドッグラン入り口に、オニユリがやっと咲きました。

絶滅したと思っていたので、良かった

前はこの辺にいっぱいあったんですけど。

増えてほしいなあ

 

 

金山城主・由良成繁(ゆらなりしげ)は、「奥沢と号する地」といいました。

奥沢(桐生市新里町奥沢)は、山上より更に奥になります。

戦国時代に戦いが行われた所のようです。

水源のようで、古い地図だと、奥沢の奥に3つの沼があります。

上沼、中沼、下沼の名称があります。

その先はどうなっているのだろう?

先日、気になって出掛けてみました

 

奥沢の中沼と下沼は、ほとんど一緒、提で仕切られているだけのようです。

今の地図では、奥沢3沼ではなく、2つの沼です。

 

少し北に行くと、上沼です。

こちらは神秘的に水をたたえています

赤城山の伏流水が湧き出ているのかな?

 

さて、沼の脇の道を行くと県道333号線に突き当たります。

右折して行ってみましょう

 

何本か細い道が上(北)に向かってます。

まあ、ちょっと不安があるので、そのまま県道を下ります。

突然、神梅(かんばい)小学校が出現します

神梅は今はみどり市ですけど、かつては勢多郡神梅村です。

まもなく、国道122号線に突き当たります。

そうだ、深沢の角地蔵が近くだった

 

国道を少し上り、左折して到着です

あれ、説明板が直ってる

前回来た時は、曲がっていたのです。

ここは、天正2年(1579)に由良氏と黒川衆(深沢城の阿久沢氏や沢入の松島氏ら)が戦って、戦死者を葬った所なのです。

深沢城跡・正円寺の和尚さんが、角地蔵を建立したのですね。

 

角地蔵はあちらです。

桐生塚とあります。

ここは深沢郷・桐生塚なのです

 

今日もお姿がはっきり拝めません。

ガラス越しなので、仕方ありません。

でも、確かにお顔は四角です

9月の末に、お祭りの時、ガラス戸は開け放たれています

今年はどうかな?

 

お外の皆様、こんにちは、お久しぶりです

 

奪衣婆(だつえば)さん、よく見ると怖い

 

石幢(せきどう)の六地蔵の皆様、こんにちは

もしかしたら、まじまじのご対面ははじめてかも。

 

不動明王さま、なんとなく角地蔵の面影を感じます

写真にはでていませんけど、奥の左の森は深沢城だと思います。

本来の道は、もう少し山の中でしょうけど、奥沢と号する地から、黒川谷の深沢郷までは、案外近かったのです

現に、ひめちゃんちの近くにも、この辺りから移住んだという人々もいます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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