ひめちゃんと獅子丸は、堀之内を北にでて、岩神沼に到着です。
沼は静かです。
上の沼に行こうか
途中、高縄の摩崖仏脇を通ります。
あれ、今日は通れそうだ
長いこと参道は塞がれていて、寄れませんでした
ひめちゃんたちは、ちょっとだけご挨拶です
あとで、タバサねーちゃんと来ましょう
ここには、摩崖仏以外にもたくさんの石造物があります。
ぜひ確かめておきたいところです。
上の新沼に到着です。
南の方から、何かが飛んできました
アオサギです
朝のパトロール、終わったのかな?
普段は見えない水位の指標に乗ってます。
沼の水位はかなり下がってます。
藤の花が咲いています。
向こうに見える森のあたりが、関(せき)の摩崖仏です。
タバサねーちゃん、久しぶりにお出掛けです
高縄の摩崖仏は駐車場などないので、路上駐車です。
タバサねーちゃん&お父さんでも、通れます。
通れる内に、確認したいことがあります。
ちょっとむなしい村指定重要文化財の表示です。
長い間、ここまで到達できなかったのです
本当に久しぶりです。
もう既に、石造物がいっぱいです。
宇賀神、この辺ではあまり見ない神様です。
右は馬頭観音かな?
大岩の上にも石仏です。
もしかして、弁天様?
久しぶりだね、アタチもこの間、入れませんでした
お久しぶりの摩崖仏です
この阿弥陀三尊は、鎌倉時代に彫られたらしいといいます。
上野国山上(こうずけのくにやまがみ)の行仙上人(ぎょうせんしょうにん)と、時代が重なるかな?
今日は、阿弥陀三尊、比較的よく見えます
それにしても、こんなに劣化しながらも存在し続けているのです
多くの人に訪れてほしいものです
参道を塞がないで
さてさて、来れるうちに、石造物の確認です。
石造物は江戸時代のものでしょう。
庚申塔がメインですけど、いったいいくつあるのだろう?
百基は、優に超えるでしょうけど。
摩崖仏の東に足を踏み入れます。
道陸神、道祖神でしょうね。
タバちゃん、靴履いてないから気を付けてね
文字のデザインも色々です。
むこうは、なんとなく石仏が崩れた感じ
「安政七年」の文字が目立ちます。
世良田の毛呂権蔵が『上野国志』を著した、数年後です。
この摩崖仏は、『上野国志』には記載がありません。
同じ形は、ほとんどありません
1基だけ二十二夜塔があります。
北の方には、古墳の葺き石の山です。
ここには、大昔、古墳があったのでしょう。
石はよそから運ぶことは考えにくいです。
古墳の石を利用したかな?
とにかく人々の祈りがいっぱいこもったパワースポットだったのです。
不思議な事に、墓石は一つもありませんでした
人々の祈りの空間だったのです
パワフルな岩神様(いわがみさま)だったのです
ひさしぶりに、摩崖仏に参拝できて満足です
さて、もう一ヶ所の摩崖仏目指しましょう