三田市議会議員 肥後淳三のウェルビーイング(幸せ)日記

幸せな出来事、その日の思いをブログにしたためます。        皆さんと一緒に幸せを追求しましょう!

地方公会計の行方 ~でも国の会計は?~

2013年07月05日 | 監査委員関連
 昨日大阪市内で一般社団法人地方公会計研究センター主催による「地方公会計の今後の推進について」と題したセミナーが開催され、会派議員全員で本セミナーを受講しました。
 会場近くの地下鉄本町駅で下車しますと報道カメラを撤去中。なんでも先ほどまで維新の会の橋下氏が応援演説をしていたようです。
 生の橋下節を「聞きたかったなー」と思いつつ会場へ辿り着きました。

 会場は、ほぼ満杯。議員、行政財政担当者の200人近くが申し込んでおり、公会計への関心の高さを示しています。
 さて、地方公会計については、平成18年8月に地方自治体に行政改革の推進に関する法律で作成が求められ、これまで現金主義会計のみの会計から発生主義会計の要素を取り入れた「財務4表」(貸借対照表、行政コスト計算書など)いわゆる民間企業で一般的に取り入れている会計システムを構築して、フルコスト情報やストック情報を把握することで、現在の現金主義会計を補完させるために導入が進められたものです。

 しかし、財務諸表を揃えると言っても現在示されている公会計指標が基準モデル、総務省改定モデル、東京都モデル、大阪モデルなどいくつも生まれており、総務省研究会で統一した見解が出されるのかどうかに注目が集まっています。

 昨日のセミナーでは、総務省から財務調査課長補佐鷲頭氏からの作業の進捗状況の報告もありましたが、国のとりまとめについては、今月末に一応の中間報告がなされるようです。
 さて、話は公認会計士でもある研究センターの中神氏からの「公会計をどのように役立てるのか」に切り替わります。
 

 公会計のモデルについて注目が集まるが、実はどのモデルを使おうが肝心のデータがしっかりしていなければ何もならない。特に自治体の持っている公共施設台帳を進化させた固定資産台帳により資産をしっかり把握しその上で複式簿記を整理する。
 また、固定資産台帳を作成する際には、丸投げ(外部委託)は避けること。
 何故、このシステムを構築することが必要か。それは、将来の自治体の負担を大きく占める公共施設の建設費や維持管理費がいくらかかるのかの総額が掴めること。
 市民にも市民センターや公民館建て替えや利用料金の改定の際には、これらのコスト計算による数値で説明し納得してもらのはこれから当然になってくると想われます。
 三田市でも水道ビジョンで将来の負担が浮かび上がってきています。
 三田市の新成長戦略プランでも詳細は分かりませんが、公共施設マネジメントの構築が謳いこまれました。一般会計で維持をしている公共施設の将来負担の全体像を浮かび上がらせる固定資産台帳をぜひ作成していただき、今後の三田市の運営に活かしていただきたいと思います。
 
 セミナーでは、ある15万人規模の自治体の資産更新にかかる資金不足額の計算をシミュレーションした結果も出されておりました。これによると、2011年現在で資金残高が44億円あったものが、約30年後には900億円の資金不足、40年後には1400億円の資金不足に陥ると言うのです。
 15万人の自治体の姿ですので、規模が大きい自治体ほど公共施設の多さを考えると資金不足額が多くなると予想されます。
 これを見せられると自治体の資産管理は、「データ」を重要視した管理にしていかなければなりません。

 さて、現在国や地方公共団体の債務は、1000兆円を超えると言われています。
 これは、現状で借金している額。
 国は地方自治体に「公会計の勧め」を提案しておりますが、肝心の国の公会計はしっかりと構築されているのか?と疑問が湧いてきました。
 国の保有している道路や建造物施設はぞっとするくらいあると思います。
 その維持管理費、更新費用は今後数十年先をみると莫大な金額になると思います。
 会計士の中神氏も言っていましたが、高速道路は維持管理だけしておれば、未来永劫車を走らせることができると思っていては大間違いであり、建て替えが必要な時が必ずやって来る。姿あるものは老朽化は避けられない。
 至極ごもっとも。トンネル事故では、維持管理方法の在り方が問われましたが、現状の高速道路やトンネルもまた更新時期が来るのです。
 国会では、公共施設の全体像にかかるコストの話は出ていなかったように思います。
 全体像が分からないのに、新たな高速道路建設で何兆円が必要だ!との議論が先行するのは本末転倒ではないでしょうか。
 
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フィリピンの活動報告~未来ある子どもたちのために~

2013年07月03日 | 活動報告
 今日は、午前9時~夕方6時30分まで平成24年度の企業会計(水道事業、市民病院事業)決算審査等を実施。帰宅後に急いで食事をとり、今年3回目(7月13日開催)となるゆりのき台小学校の「体育館に泊まろう!避難体験」の話し合いで20時30分に小学校へ。
 小学校に集まったのは、ゆりのき台地域の防災リーダーの皆さん。応急担架づくりや当日のスケジュールなどの打ち合わせをして22時前に帰宅しました。
 さて、昨日2日午後1時30分~三田市まちづくり協働センターで開催されたフィリピンのスラム街で活動するお二人の女史の話を聞かせていただきました。本日のブログは、日本人女性が展開している心温まるお話を掲載します。

 お話は、冨田江里子氏と倉本陽子氏。
 冨田氏は、フィリピンへ夫の仕事の関係で行かれたのが縁となり「診療所」の開設を始めました。それも貧困地域での開設。冨田氏はもともと助産師でもあり、当初はお産を助けることを手掛ける予定だったが、子どもや男性も病気を診てもらうために並び始め、今では診れるものはなんでも診るクリニックとして開設している。
 もちろん医師免許がないので、手術などは、できませんが・・・。
 フィリピンのお産は、寝たらだめ座ったらだめ、「立って産みなさい」が慣例となっており、助産師さんは妊婦のお腹を強く押して出産をさせる。これが逆に死産につながっている。
 
 また、貧困がもたらすものは「売春」によって生きるしかない女性が多く、父親の違う兄弟はざらにいる。また、兄弟、姉妹が多く満足に食事も与えられないために、子を簡単に養子に出してしまう。養子に出された子は、どちらかと言うと家の手伝いを中心にやらされており、育ての親はもちろん、実母からも満足な愛情を注がれて育っていないため、心が歪んだ成長をしてしまう子が育ってしまう。

 そのような状況のクリニックにボランティアで手伝ったのが倉本氏、冨田氏は兼ねてから親の愛情を受けられずに間違った行動をとってしまう子どのたちに何とか「考える力」を付けたいと思っていた。倉本氏は、冨田氏の意向を受ける中でクリニックの近くにWISH HOUSEを開設。ここは、満足に学校に行けない子どもたちのたまり場。一緒に遊んだり、叱ったり、ほめたりするうちに子どもらしい心を取り戻し大人としての考える力を身につけさせていくと言う。
 
 
 冨田氏や倉本氏は言います。「1週間でも2週間でもこのハウスに来てください。何も特別なことは要りません。子どもたちと一緒に遊び、ふれ合ってくれるだけで十分なのです」「子どもたちは、大人とふれ合うことで大きく成長してくる」と言うのです。

 また、子どもたちが「かわいそう」などの感情は一切不要。
 貧乏だけど彼らは精いっぱい生きています。昔の日本も戦後食べ物がなかった時代がそうでした。特に近代の栄養学は、この国には、当てはまりません。牛肉が食べられなくても土地のものを食べている限り生きていけます。しかし、最近、フィリピンも経済のグローバル化で害のあるミルクや食品が入り込み、これまで子どもや大人に見られなかったアトピーや癌が多くなってきているとのことでした。
 「日本に時折帰ってきて思うことがあります。日本人は冷たくなった。他人を思いやる気持ちがなくなってきている」とも。日本の電車に乗り込み赤ちゃんが泣いていると「うるさい!」と言う方がいます。しかし、フィリピンでは、誰かれなしに泣く子を代わる代わる子をあやしてくれる。この姿、一昔前の日本では当たり前の姿だったに違いありません。
 日本人は、経済成長とともに大切な心を何処かに置き去りにしてきたようです。

 冨田氏や倉本氏のこれらの活動。未来ある子どもたちのための実践活動に心を打たれました。
 

 
 
 
 
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被災者のコミュニティ崩壊を止められない?!

2013年07月01日 | 防災・減災
 今朝の神戸新聞に神戸社協のボランティアセンターの記事が出ていました。
 最近東日本へのボランティアが減ってきている。その理由は、現地までの費用負担が大きいこと。
 神戸からは、幾度かボランティアバスを出しているが、都度満員になっている。自己負担は5千円程度で済むから・・・。
 現地の方々への支援は、初期の炊き出しや家屋からの泥出し作業がほぼ終了し、現在は、被災者とのふれあいや引っ越しボランティアにシフトしてきているとのことです。
 ボランティアはまだ求められている。ボランティアに対する交通費の助成制度は現在まったくありません。
 きっかけがあれば・・・と思い三田発のボランティアバスへ申し込んだものの仕事が入り込んで断念して以降ボランティアでの参加はできていません。

 日々の仕事に追われ、この瞬間も被災者の方々の多くが仮設住宅での生活を余儀なくされていることへの思いも薄らぐことがあります。
 被災者は「忘れられる」ことが一番怖い。何事もなかったように動いている日本の雰囲気が怖い。と言います。
 

 先ほど見たTVでは、福島原発20キロ圏内から避難している被災者と各政党代表の国会議員の論戦がありました。
 除染作業を何故行うのか?「いつかは故郷に帰ることができるとの希望を持たせるため」なのでしょうか。
 ある議員が言います。「福島原発はまだ廃炉が済んでいないのに住めると言う方がおかしいのでは・・・」
 私は、その通りだと思います。
 でも、ある議員は「20年後30年後に希望を持って生きてほしい。だから除染は進める」との発言。
 この答弁に被災者から「20年後に私はここにいないかもしれないのですよ!」(拍手!)
 
 20年後に「除染され元通りになりました!さー。村民の皆さん!どうぞ住んでください!」と自信を持って言われても、コミュニティは崩壊していると誰しも分かります。
 そのことが分かっているのに、何故国は次の一手が打てないのでしょうか?
 福島原発の事故は国の責任でないからですか?
 
 国は、避難している町民や村民に少なくともコミュニティ形成について責任を持って対応出来ないのでしょうか?
 時間が経てば経つほど、難しくなって来ます。
  
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ハザードマップづくりでまち歩き

2013年07月01日 | 防災・減災
 6月最終となった30日(日)午前9時から三田市藍本曲り区のハザードマップづくりに初参加しました。

 スタート地点となる「曲り区公会堂」には、地元の方4名、防災安全課職員2名、そして各地域から防災リーダーの6名が集まり、三田市ハザードマップを基に地区の特徴、等高線入り地図での地区の範囲などの説明を受けた後、公会堂をスタートしました。
 

 曲り区名の由来は、武庫川の上流部で武庫川が大きくヘアピンカーブのように曲がっていることからこの名前が付いているとの説明を受けました。公会堂のあるこのエリアは、過去の大雨でも武庫川の反乱にあったことはないとのことですが、武庫川が高水位になった時に区内に流れている農業水などの排水ができなくなることでの浸水被害は過去も発生しているようです。
 曲り区は、大きく曲った内のエリアと橋を渡った外のエリアとに分かれており、区の守備範囲はかなり広いのです。
 しかし、世帯数自体は、20数世帯とそんなに多くはありません。

 私たちは、まず区内に流れている武庫川周囲を確認。
 
 武庫川の流れはゆるやかで、写真でも分かるように砂や土がたまりやすくなっています。草木が結構多い茂り、その合間を縫って水が流れている様子が分かります。逆にこの環境でホタルなどの水生動物が守られているとの説明にも納得。

 また。先ほども述べましたように農業用水兼雨水の排水路の確認も入念に行いました。
 

 私たちは、JR福知山線の下部を流れる水路や近くのため池も確認させていただきました。
 大雨の時は線路が浸かってしまい電車の運行にも支障がでるとのことです。
 排水先は、ため池ですが、ため池とJR線排水路の高さが十分確保されていないために起こる構造上の現象のようです。
 

 公会堂に戻ったのは11時30分過ぎ。2時間以上のまち歩きでしたが、抜群の自然環境とは裏腹に急傾斜地も存在しており災害に備えたハザードマップづくりの必要性を感じました。
 今回は初回の集まり、次回は今回のまち歩きをベースにして地元の方々との意見交換などが実施される予定です。

 
 
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