渋沢栄一と川崎克

2024-07-04 11:28:52 | つれづれ思うまま
城びと」情報ですが…(一応会員登録させてもらってるので)

【日本100名城・伊賀上野城編】「築城の名手」に託された、時代の転換を象徴する大改修

「伊賀文化産業城」として復興>項目より
前段
『現在の天守は、昭和10年(1935)に復興された建物です。
伊賀上野の代議士、川崎克(かつ)が中心となり、
支援者の協力を得ながら私財を投じて建てました。
当時はコンクリート造りを推す意見もありましたが、
木造3重の大天守と2重の小天守として復興されました。
文化と産業の振興の拠点として「伊賀文化産業城」と名付けられます。』

『大正4年(1915)、三重県から衆議院議員に初当選しました。
このとき、川崎克に資金援助をしたのが、実業家・渋沢栄一でした。
前年に川崎克が発行した「自治新聞」の題字を、栄一が担当しています。』

やはり、その人となりが応援したくなる人を呼び込むんではないのかと、
我らが克さん(ごめん、こんな書き方をして)、偉大なる人だと今更ながら感謝あるのみ。

新しいお札と伊賀上野には縁があった、ことが嬉しい、ただそれだけですが、
そもそもなんでハタと気がついたか…
「伊賀上野城の展示に『渋沢栄一』コーナーがあったから」。
もう一回、しっかり見てこようと思います。

ではまた

お城へ行って来ました…
 

 

 

書物での紹介も
  


追記、コメントに頂いた「渋沢栄一記念財団/三重県ゆかりの地」(ご参考に)

コメント (2)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 御杖村から曽爾村へ、広い畑... | トップ | 明日7/6(土)より、レジャープ... »
最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
タイムリーな話題 (moni5187)
2024-07-04 21:09:47
をありがとうございます。
渋沢栄一記念財団>渋沢栄一>渋沢栄一ゆかりの地>三重県によりますと
https://www.shibusawa.or.jp/eiichi/yukarinochi/24.html
関与した事業として参宮鉄道株式会社が掲載されています。

紀勢本線が全通する前は、亀山~鳥羽が参宮線で。さらに大昔は、亀山~津が関西鉄道、津~鳥羽が参宮鉄道で、
一円切手(消費税導入のころ使った?)になった前島密が、関西鉄道と関係があるらしいのは、以前から知っていました。

今、更に調べると、渋沢栄一は参宮鉄道の発起人の一人で、関西鉄道の社長を努めた前島密と親交が深かったそうです。
ということは、関西鉄道の後身の関西本線も渋沢栄一と縁(ゆかり)があるわけです。
返信する
広がりますねぇ (kuro&hana)
2024-07-04 23:09:55
渋沢財団とやらの凄い記録をみて、さらに驚いているところ。
そして関西本線にまで…
どこまで影響力のある人やったんかと、教えていただきました、ありがとうございます。

お城に掲示されていた渋沢語録に
「暇ができるのを待って書を読もうとするならば
必ずや書を読む時はやってこないだろう」
いろんなことに置き換えれば「やるなら今でしょ!」なんて、勝手に解釈しておりました(笑)。

moni5187様、いつも新発見コメントありがとうございます。
返信する

コメントを投稿

つれづれ思うまま」カテゴリの最新記事