おもしろきこともなき世を おもしろく すみなすものは・・・

セロ弾き 呑み鉄 蕎麦打ち~趣味とともに楽しく過ごしたい今日この頃

人生の二毛作

2015-11-21 20:27:09 | 雑感
 先日、江戸にて電車に乗車中、目にとまった本。

 外山滋比古著「50代から始める知的生活術 人生二毛作の生き方」

 気になって購入してしまった。

  

 二毛作とは、一年の間に異なる作物を栽培すること。小生も、今の仕事を1度目の作付けとすると、2度目の作付けを考える時期に来ている。

 この本に引用された言葉、

 少(わか)くして学べば、則ち壮にして為すことあり

 壮にして学べば、則ちおいて衰えず
 
 老いて学べば、則ち死して朽ちず

 江戸時代の儒学者、佐藤一斎著「言志四録」に書かれている。朽ちない経験を積んでいくことが、これから必要になってくる。

 この頃のテーマ、現存12天守の制覇、酒蔵巡り、ローカル線乗車、そして、10年先を見据えて物事を考えること。5年では短すぎる。

 今からだ。
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レオンくんが旅だって1年

2015-05-31 21:50:43 | 雑感
 今日も、いつものように水を汲みに小川町・山の神に行った。ところが、今日は水が止まっていた。何かあったのか。

 ここが出ていなければ、遠野・折松で、ということになる。

 明日は、愛犬レオンくんが旅だって1年。遠野町に霊園があるので、もしかして、「こっちで水を汲んで」ということだったのかも。でも、今日は、どこで水を汲んでも、レオンくんのお墓には行く予定であった。

 小川町から遠野町まで、時間もかかるので、高速に乗ってしまいました。水を汲んだ後、霊園へ。霊園の周りにはきれいな花。手を合わせて帰ってきました。

 テレ朝で日曜の午前9時半から、「ペットの王国」が放映されている。ゴールデンレトリバーが出るたびに、レオンくんを思い出す。
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3.11

2015-03-11 23:50:27 | 雑感
 今年もやって来た。決して忘れてはいけない日。

 4年前の3.11、小生は、前の週にあったイベントの代休ではあったが、午前中は中学校の来賓(公務)。午後から東京に向かった。3.11は、新橋にあるアンテナショップ「いわき・ら・ら」の閉店の日。上司をびっくりさせ、そして、翌日は、すみだトリフォニーホールで、ダニエル・ハーディング指揮・新日本フィル「マーラー・交響曲第五番」を聴く予定であった。

 思えば、3月9日お昼前、揺れた。そして、津波注意報。そして、10日朝、また、津波注意報。今考えると、明らかに予兆だった。

 小生は、スーパーひたちで、お江戸に向かっていた。羽鳥駅の約1キロ手前、緊急停車。揺れた。1回目の揺れは、それほど感じなかったが、2回目の揺れ、恐らく、茨城県沖の地震は、電車が弾んだ。そこで、全員下車。羽鳥駅まで歩き。帰宅困難者となった小生は、小美玉市の小学校体育館で避難民生活を送った。翌日、バスとタクシーで帰宅。タクシーで原発の爆発を知ることとなった。茨城県内は停電。勿来のトンネルを過ぎると、いわきは明るい。電気のありがたみを改めて感じた。そして、その年の6月からは、危機管理部門への異動。

 今日、テレ東で「フラガールと犬のチョコ」が放映された。職場の同僚も、多数エキストラとして出演していた。あの時のフラガールの活躍は、今のいわき市の復興に、物心両面で貢献してくれているのは確かだ。奇しくも、2011年10月1日、スパリゾートハワイアンズ再開の日、小生も、スパで「いわき市の災害の状況」をお話しをした。

 常磐道が全線開通し、今日の新聞で、常磐線も全線復旧との記事があった。着実にハード的復興は進んでいる。ハートの復興はこれからなのかもしれない。

 で、職場の同僚がYoutubeに映像を提供している。感動!!

 https://www.youtube.com/watch?v=MG9hf553wmU&feature=youtu.be
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今年も残すところ・・・

2014-12-31 21:08:55 | 雑感
 今年も残すところ、3時間を切りました。

 ブログやFacebookでいろいろとカキコしましたが、新たな年も、見聞を広げていきたいと思います。

 当然ながら、観ている番組は「年またぎ酒場放浪記~開創1200年 四国お遍路歩き旅&樽酒鏡開き~」、今年も、類氏とともに、新年を迎えます。

 新たな年が、皆様にとって幸多きことを願います。

 現存天守巡り、2014年は、弘前、松本、丸岡。2015年は本州内(犬山、彦根、姫路、備中松山、松江)を制覇したいと思っている今日この頃。
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菅原文太さん逝く

2014-12-01 21:33:22 | 雑感
 今から約8年前、いわきに移住してもらおうと、商工会議所とコラボして、「いわきふるさと誘致センター」を立ち上げた。中央の「ふるさと回帰支援センター」事務局長は、高橋公さん(通称ハムさん)は、福島県出身、中学時代、いわきで過ごされた。そんなこともあって、全面的にバックアップしていただいた。

 発会式に際して、ハムさんから、ハムさんネットワークを使って「菅原文太講演会」をしよう、とのご提案。早速、段取りをして、小生、文太さんのお世話役をさせてもらった。

 イメージは、仁義なき戦い、そして、トラック野郎。ガラガラの方なのかなぁー、と思っていた。マネージャーは奥様。お会いしたが、御夫婦仲むつまじく、文太さんはとても気さくである。どうしても、酒豪というイメージであったが、実は甘党。小野町の砂糖をまぶしたドーナツの差し入れに、喜ばれていた。それを知っていたので、東京で行われた「ふるさと回帰フェア」でお会いして時には、地元のお菓子屋さんで作っているジャンボどら焼きに、文太さんの似顔絵を焼き込んでもらった。

 3回目は、とある協議会の解散式。ここでの講演をお願いした。小生、以前に面識があるとのことで、再び、文太さん付きに。湯本駅でお迎えした。やはり、奥様とご一緒。おそらく、その頃に最初の病気になられたと思われる。途中、薬局に立ち寄って、ドリンクを飲まれていた。

 以前の講演会のお話をしたら、覚えていてくれた。スパ・リゾートハワイアンズまでの道すがら、車の中でそんな話をしながら過ごした。

 今でも覚えているのが、講演会終了後の電車の時間、間に合わないかもしれない、ということで、奥様に切符を見せてもらって時間を確認するなど、事務方は焦りまくっていた。でも、結果オーライ。湯本駅では、熱烈な文太ファンが見送りに来ていた。



 この前、高倉健さんが亡くなり、そして、文太さんも旅だった。

 昭和の良き時代、社会問題を呈した映画に携わった人たちが、また、いなくなった。

 合掌
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