昨日12月9日(土)から30日(土)まで、ルネがMr.バンクスを演じるミュージカル『メリー・ポピンズ』が、モントリオールのサン・ドゥニ劇場Théâtre St-Denisで再々演されています。
10代の頃、ルネは第3回東京音楽祭世界大会でグランプリとフランク・シナトラ賞を受賞し、世界から注目されるアイドルになったことで、カナダと日本以外にも活動の範囲を広げて行きました。
仏系カナダ人であるケベックの歌手にとって、フランスでのデビューは憧れでした。ノーベル・レコードもルネのデビューの機会をうかがっていたので、世界的な音楽祭でのグランプリ受賞は絶好のチャンスでした。
ルネが川添象郎氏に見い出され、カナダから遠い異国日本の東京音楽祭にエントリーされることとなった最初のきっかけは、1973年6月末、パリのマキシムで催された、ユニセフのキャンペーン・ソング『美しい星』のプロモーションのカクテル・パーティーでした。ルネ友のみなさんもご存知のとおり、『美しい星』は、『ミドリ色の屋根』を作曲した村井邦彦氏の曲ですね。このパーティーは、フランスで人気の少年歌手グループ『レ・ポピーズ』がこの曲を歌うことになったお披露目でもありました。
※過去ログ「もう一つの『美しい星』」参照
http://green.ap.teacup.com/rene_simard/492.html
※過去ログ「Les Poppysの『美しい星』」参照
http://green.ap.teacup.com/rene_simard/749.html
そこに居合わせたカナダの音楽出版社キャロル・ミュージック社長クリスチャン・ルフォール氏が、この曲がルネに合っていると判断して楽譜を持ち帰り、ルネが歌った『美しい星』のレコードが日本に送られました。そして、それを聞いた川添氏がルネの声に惚れ込み、東京音楽祭にルネを出場させるための曲を村井氏に依頼したのでした。川添氏は自らカナダに渡り、ルネのレコーディングにも立ち会いました。
※過去ログ「1974年5月18日の記事「ルネ・シマール 未来の日本のアイドル」」参照
http://green.ap.teacup.com/rene_simard/747.html
ルネは第3回東京音楽祭世界大会に出場するために来日する前にパリに行っており、グランプリを受賞して世界から注目されたのを機に、以前から望んでいたイギリス系カナダでの活動はもちろん、フランスとアメリカでもデビューを果たしました。1974年の12月には、パリのオペラ座でのリサイタルや人気のTV、ラジオ番組に出演し、日本ではシルヴィー・バルタンとの共演が話題になりました。
また、この時ルネは、全ケベック人の名において、モントリオールからボーイング747で巨大なクリスマス・ツリーをフランス国民に贈っていますが、現在日本では、神戸港開港150年目を記念してメリケンパークに設置された「世界一のクリスマス・ツリー」が大炎上しているようですね。米ニューヨークのロックフェラーセンター前のツリーより高い『世界一』を目指したというクリスマス・ツリー。ルネがパリに送った巨大なツリーも、フランスで話題になったことでしょう。
https://matome.naver.jp/odai/2151096619493076101
そして、ルネはフランスに行った時、日本に来た時同様、お休みの日は観光も楽しんでいたようです。
今回は、ルネがパリ観光をした時の画像を紹介いたします。
過去ログでアップしている写真もありますが、まとめ記事ととらえていただければ幸いです。
♪L'histoire de René Simard ...... Archive personnelle de Normand Daoust ルネのフランスでの様子はこちらでご覧ください。
▲凱旋門(左)と セーヌ川クルーズの船上からのエッフェル塔(右)を背景に記念撮影
▲左は1974年6月の初来日前 右は1974年12月のパリでの活動中 エッフェル塔を背景に
▲1974年12月のパリでの活動中 シルヴィー・バルタンの案内でパリ観光
▲ルネのフランスでの様子を伝える新聞記事より
ルネの『パリの休日』、お楽しみいただけたでしょうか?
ルネは活動の拠点を故郷ケベックに絞り、歌手としてだけでなく、新人の発掘やディレクターの仕事を手掛け、俳優としても活躍してきました。12月は30日までほぼ休み無しで舞台に立つ日々。身体には十分に気を付けて、千秋楽まで無事にMr.バンクスを演じ切って欲しいです。
♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
三毛猫姐御だより
ミイ姐御の最近のマイ・ブームは、折りたたみ式のたらいの空き箱に入ること。ムリムリっと入るので、箱は変形しています(笑)。毎晩の日課なので処分できません★ 上から見ると、まるで亀! シマ姉家ではこの状態を『ミイ亀さん』と呼んでいます。
そして、義父の椅子を占領し(左上)、息子のサブバックに入り(右上)、箱や袋を見つけると必ず1度入ってみるミイ姐御です。12月に入ってから、早朝パトロールは暖かくなってから(笑)。トイレも寒い時はお家トイレ。座っている人の膝は全部ミイのおざぶ(座布団)と化しているシマ姉家です(爆★)
10代の頃、ルネは第3回東京音楽祭世界大会でグランプリとフランク・シナトラ賞を受賞し、世界から注目されるアイドルになったことで、カナダと日本以外にも活動の範囲を広げて行きました。
仏系カナダ人であるケベックの歌手にとって、フランスでのデビューは憧れでした。ノーベル・レコードもルネのデビューの機会をうかがっていたので、世界的な音楽祭でのグランプリ受賞は絶好のチャンスでした。
ルネが川添象郎氏に見い出され、カナダから遠い異国日本の東京音楽祭にエントリーされることとなった最初のきっかけは、1973年6月末、パリのマキシムで催された、ユニセフのキャンペーン・ソング『美しい星』のプロモーションのカクテル・パーティーでした。ルネ友のみなさんもご存知のとおり、『美しい星』は、『ミドリ色の屋根』を作曲した村井邦彦氏の曲ですね。このパーティーは、フランスで人気の少年歌手グループ『レ・ポピーズ』がこの曲を歌うことになったお披露目でもありました。
※過去ログ「もう一つの『美しい星』」参照
http://green.ap.teacup.com/rene_simard/492.html
※過去ログ「Les Poppysの『美しい星』」参照
http://green.ap.teacup.com/rene_simard/749.html
そこに居合わせたカナダの音楽出版社キャロル・ミュージック社長クリスチャン・ルフォール氏が、この曲がルネに合っていると判断して楽譜を持ち帰り、ルネが歌った『美しい星』のレコードが日本に送られました。そして、それを聞いた川添氏がルネの声に惚れ込み、東京音楽祭にルネを出場させるための曲を村井氏に依頼したのでした。川添氏は自らカナダに渡り、ルネのレコーディングにも立ち会いました。
※過去ログ「1974年5月18日の記事「ルネ・シマール 未来の日本のアイドル」」参照
http://green.ap.teacup.com/rene_simard/747.html
ルネは第3回東京音楽祭世界大会に出場するために来日する前にパリに行っており、グランプリを受賞して世界から注目されたのを機に、以前から望んでいたイギリス系カナダでの活動はもちろん、フランスとアメリカでもデビューを果たしました。1974年の12月には、パリのオペラ座でのリサイタルや人気のTV、ラジオ番組に出演し、日本ではシルヴィー・バルタンとの共演が話題になりました。
また、この時ルネは、全ケベック人の名において、モントリオールからボーイング747で巨大なクリスマス・ツリーをフランス国民に贈っていますが、現在日本では、神戸港開港150年目を記念してメリケンパークに設置された「世界一のクリスマス・ツリー」が大炎上しているようですね。米ニューヨークのロックフェラーセンター前のツリーより高い『世界一』を目指したというクリスマス・ツリー。ルネがパリに送った巨大なツリーも、フランスで話題になったことでしょう。
https://matome.naver.jp/odai/2151096619493076101
そして、ルネはフランスに行った時、日本に来た時同様、お休みの日は観光も楽しんでいたようです。
今回は、ルネがパリ観光をした時の画像を紹介いたします。
過去ログでアップしている写真もありますが、まとめ記事ととらえていただければ幸いです。
♪L'histoire de René Simard ...... Archive personnelle de Normand Daoust ルネのフランスでの様子はこちらでご覧ください。
▲凱旋門(左)と セーヌ川クルーズの船上からのエッフェル塔(右)を背景に記念撮影
▲左は1974年6月の初来日前 右は1974年12月のパリでの活動中 エッフェル塔を背景に
▲1974年12月のパリでの活動中 シルヴィー・バルタンの案内でパリ観光
▲ルネのフランスでの様子を伝える新聞記事より
ルネの『パリの休日』、お楽しみいただけたでしょうか?
ルネは活動の拠点を故郷ケベックに絞り、歌手としてだけでなく、新人の発掘やディレクターの仕事を手掛け、俳優としても活躍してきました。12月は30日までほぼ休み無しで舞台に立つ日々。身体には十分に気を付けて、千秋楽まで無事にMr.バンクスを演じ切って欲しいです。
♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
三毛猫姐御だより
ミイ姐御の最近のマイ・ブームは、折りたたみ式のたらいの空き箱に入ること。ムリムリっと入るので、箱は変形しています(笑)。毎晩の日課なので処分できません★ 上から見ると、まるで亀! シマ姉家ではこの状態を『ミイ亀さん』と呼んでいます。
そして、義父の椅子を占領し(左上)、息子のサブバックに入り(右上)、箱や袋を見つけると必ず1度入ってみるミイ姐御です。12月に入ってから、早朝パトロールは暖かくなってから(笑)。トイレも寒い時はお家トイレ。座っている人の膝は全部ミイのおざぶ(座布団)と化しているシマ姉家です(爆★)