創作小説屋

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月の王子(11/12)

2008年03月11日 10時54分31秒 | 月の王子(R18)(原稿用紙40枚)
 いつものようにベランダに出て、チェアに寝そべる。でも、手にしているのはお酒ではなく、ミネラルウォーター。
 しばらくすると、月が陰った。ゆっくり目を開けると、彼の綺麗な瞳があった。
「旅行、行かなかったの?」
「うん」
 あれから、救急車で病院に運ばれた。当然、旅行は延期になった。
「今日はお酒じゃないんだ?」
「うん」
 コップの中の水は、月明かりに照らされ美しい光を放っている。
「そうだよね。子供できたんだもんね」
 彼はそっと私のお腹に手をあてた。
「ボクの子、だね」
「うん」
 彼がお腹に耳をつける。
「……トクントクンって言ってる」
「うん」
 肯きながら、涙が出てきた。
 病院での検査の結果、妊娠二ヶ月と分かった。夫は大喜びで、仙台の義母に電話で報告していた。その横顔を見ていたら、複雑な気持ちでいっぱいになった。
 彼が優しく唇で涙を拭ってくれる。
「ボクのこと、気がついちゃったんだよね?」
「うん……」
「ごめんね。隣に住んでるって嘘ついてて」
 彼の手が頭を撫でてくれる。
「今日はね、お別れを言いにきたんだ」
 ああ……絶望が押し寄せる。
「どうして? 今までみたいに少しの時間会えるだけでいいのよ。それ以上は望まないよ」
「ごめんね。そういう訳にはいかないんだよ」
 彼の唇が柔らかく額に触れた。
「じゃあね、お姉さん。元気でね」
 静かに立ち上がり背を向ける彼。月光が彼を包み込む。
「待って!私……っ」
「ごめんね」
 ふわり、と身軽に彼は手摺に上った。そして……飛び降りた。
「待って!待って!」
 慌てて手摺に駆け寄る。彼がしたように手摺に上ろうと、腕に力を入れた。が、
「何やってるんだ! 危ないだろ!」
 いきなり後ろから抱きすくめられた。夫だった。もがく私を夫が手摺から引き離す。
「お前一人の体じゃないんだぞ!」
 耳元で怒鳴られて、はっとした。お腹に手をあてる。彼の一部。私が守るべきもの。愛しい命……。
「何か落としたのか?明日の朝取りにいこうな。体、大事にしてくれないと困るよ」
 夫の声が遠くから聞こえる。
「産まれてくるの楽しみだなあ。オレとお前、どっちに似てるんだろうなあ」
「………」
 力が抜けた。ぐったりとした私を後ろから抱きしめたまま、夫が月を見上げた。
「ここからだと月がよく見えるんだな。知らなかったよ」
 月は何事もなかったように、青白く浮かんでいる。
コメント
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