一人言(五)のノートより
「いつものぬくもり」
黒髪の少女が佇んでいた。
いつものように、さみしげに、はなかげに……
「今……いくから……」
泣かないで……
両手を伸ばし、少女に触れようとした、その時、
「…………!」
少女がふっと消え、そして……
「あ……」
少年が現れた。やわらかい金の髪の少年だ。
その少年は横たわったまま、ピクリともしない。
その青い瞳がこちらを向くこともない。
なぜなら………この子は死んでいるから。
「……オレが」
殺した。よく知っている。自分が殺した……。
「……殺した。この手で……」
おそるおそる、その冷たい頬に触る。髪をなでる。
しかし、少年は動かない。……死んでいるから……。
「………死んでる……」
ふいに怖くなり、その場を離れようとした瞬間、
「!!」
少年の瞳がカッと開いた。しかしそこにはいつもの知った青い目ではなく、血の色をした真っ赤な目が……!
「なんで……っ」
『……おいていかないでよ……クリス…』
ゆっくりとした動作で少年が立ち上がった。のろのろと、しかし確かな強さで腕をつかまれる。
『クリス……クリスぅ……』
「オ……オレは……、オレはぁっ」
ふりほどけない。真っ赤な瞳が迫ってくる。
『いっしょにいてよぉ、クリスぅ……』
「や、やめ……っ」
ありったけの声で叫ぶ。
「やめろぉお!!」
「………!!」
はっと目が覚めた。体中に冷汗がはりついている。
「……夢か」
「……クリス様、大丈夫ですか?」
横から心地よい声が聞こえてきた。もちろん声の主は高村である。やさしい包み込むような瞳が自分をのぞいている。
「だいぶ汗をおかきになったようですね。きっと熱も下がったでしょう。お体お拭きします。よろしいですか?」
「あ……う、うん……」
こわれものを扱うように、高村はパジャマをぬがせ、蒸しタオルで汗をぬぐってくれる。
クリスは二日前、突然高熱を出し倒れたのだ。12年の生涯で初めての経験である。
「……高村、アリスは……?」
「お部屋にいらっしゃると思いますが? お呼びしますか?」
「いや……いるならいいんだ」
軽く頭をふり、さっきの夢を追い払おうとするが、最後のシーンが鮮明に思い出されてしまう。
真っ赤な瞳の弟……アリスの姿が。
「クリス様、何か召し上がりますか?」
「うん……」
タオルのほどよい熱さと高村の手の温かさが気持ちいい。
唯一、息をぬいて寄りかかることのできる腕だ。
「……おかゆ、がいいな。前に作ってくれたことあるだろ?」
「承知しました。できるまでお休みになっていてください」
着替えさせられて、あっという間に取り替えられた新しいシーツのベッドにもぐりこむ。
「おかゆ、は、日本人が風邪ひいたときに食べるんだよな?」
「風邪をひいた時だけではありませんが、まあそうですね」
「じゃあ、あの子も食べたことあるかな」
「ええ、きっと」
高村はニッコリと笑うと、くるりと背を向けた。
「……あ」
急に体の奥の方が、ギクリ、とした。妙にかきたてられる、ような……。
夢の中で見た赤い目が迫ってくる、ような……。
「どうかなさいましたか?」
小さなつぶやきに高村は耳ざとく気が付いたらしい。
ふりかえり、優しい瞳を向けてくれている。
「……いや。なんでも、ない……」
ホッとして、うつぶせになり枕に顔をうずめていると……
「………高村?」
頭の後ろに温かい手を感じる。
「クリス様……」
くしゃり、と髪の毛をかきまぜられる。耳元で、低い安心できる声がささやいた。
「……愛してます。クリス様」
「……変な奴」
思わずクリスは吹き出してしまった。
高村の方はそれに気を悪くした風でもなく、もう一度クリスの頭をなでると、静かに出て行った。
「本っ当に……変な奴だな……」
それを見送ったあと、クリスはしみじみとつぶやいた。
「なんでわかったんだろう」
自分が今、一番言ってほしい言葉を。
「まあ……いっか」
満たされた気持ちになる。
「……あの子にも、高村みたいな奴がそばにいてくれるといいな」
海辺の少女に思いをはせる。
自分がそばにいけるその時まで、誰かいてくれるといいんだけど。温かいぬくもりをくれる誰かが。
(1994.7.24,8.5)
---------------
↑約20年前のことなので覚えてませんが、書いたの7月24日だ。わざとかな?月の女王が降臨する予言の日じゃん。
そういえば、アリスって本編にでてきてない。
電話が一回かかってきたくらいか……。
クリスは別にアリスのこと殺してません。それにアリスの目はちゃんと青です。
でも自分のせいでアリスの足が悪くなったことに罪悪感があって、それゆえのこういう夢なんだと。
表面上はすごく仲の良い兄弟ですが、お互い気を遣いあっています。
クリスは、自分のせいでアリスの足が悪くなったこと。
アリスは、自分のせいで母親が亡くなったこと、そして怪我のことでクリスが自分に罪悪感をもっていること、で。
だからお互い、今は離れて暮らすことになってホッとしてるんだろうな~。
「いつものぬくもり」
黒髪の少女が佇んでいた。
いつものように、さみしげに、はなかげに……
「今……いくから……」
泣かないで……
両手を伸ばし、少女に触れようとした、その時、
「…………!」
少女がふっと消え、そして……
「あ……」
少年が現れた。やわらかい金の髪の少年だ。
その少年は横たわったまま、ピクリともしない。
その青い瞳がこちらを向くこともない。
なぜなら………この子は死んでいるから。
「……オレが」
殺した。よく知っている。自分が殺した……。
「……殺した。この手で……」
おそるおそる、その冷たい頬に触る。髪をなでる。
しかし、少年は動かない。……死んでいるから……。
「………死んでる……」
ふいに怖くなり、その場を離れようとした瞬間、
「!!」
少年の瞳がカッと開いた。しかしそこにはいつもの知った青い目ではなく、血の色をした真っ赤な目が……!
「なんで……っ」
『……おいていかないでよ……クリス…』
ゆっくりとした動作で少年が立ち上がった。のろのろと、しかし確かな強さで腕をつかまれる。
『クリス……クリスぅ……』
「オ……オレは……、オレはぁっ」
ふりほどけない。真っ赤な瞳が迫ってくる。
『いっしょにいてよぉ、クリスぅ……』
「や、やめ……っ」
ありったけの声で叫ぶ。
「やめろぉお!!」
「………!!」
はっと目が覚めた。体中に冷汗がはりついている。
「……夢か」
「……クリス様、大丈夫ですか?」
横から心地よい声が聞こえてきた。もちろん声の主は高村である。やさしい包み込むような瞳が自分をのぞいている。
「だいぶ汗をおかきになったようですね。きっと熱も下がったでしょう。お体お拭きします。よろしいですか?」
「あ……う、うん……」
こわれものを扱うように、高村はパジャマをぬがせ、蒸しタオルで汗をぬぐってくれる。
クリスは二日前、突然高熱を出し倒れたのだ。12年の生涯で初めての経験である。
「……高村、アリスは……?」
「お部屋にいらっしゃると思いますが? お呼びしますか?」
「いや……いるならいいんだ」
軽く頭をふり、さっきの夢を追い払おうとするが、最後のシーンが鮮明に思い出されてしまう。
真っ赤な瞳の弟……アリスの姿が。
「クリス様、何か召し上がりますか?」
「うん……」
タオルのほどよい熱さと高村の手の温かさが気持ちいい。
唯一、息をぬいて寄りかかることのできる腕だ。
「……おかゆ、がいいな。前に作ってくれたことあるだろ?」
「承知しました。できるまでお休みになっていてください」
着替えさせられて、あっという間に取り替えられた新しいシーツのベッドにもぐりこむ。
「おかゆ、は、日本人が風邪ひいたときに食べるんだよな?」
「風邪をひいた時だけではありませんが、まあそうですね」
「じゃあ、あの子も食べたことあるかな」
「ええ、きっと」
高村はニッコリと笑うと、くるりと背を向けた。
「……あ」
急に体の奥の方が、ギクリ、とした。妙にかきたてられる、ような……。
夢の中で見た赤い目が迫ってくる、ような……。
「どうかなさいましたか?」
小さなつぶやきに高村は耳ざとく気が付いたらしい。
ふりかえり、優しい瞳を向けてくれている。
「……いや。なんでも、ない……」
ホッとして、うつぶせになり枕に顔をうずめていると……
「………高村?」
頭の後ろに温かい手を感じる。
「クリス様……」
くしゃり、と髪の毛をかきまぜられる。耳元で、低い安心できる声がささやいた。
「……愛してます。クリス様」
「……変な奴」
思わずクリスは吹き出してしまった。
高村の方はそれに気を悪くした風でもなく、もう一度クリスの頭をなでると、静かに出て行った。
「本っ当に……変な奴だな……」
それを見送ったあと、クリスはしみじみとつぶやいた。
「なんでわかったんだろう」
自分が今、一番言ってほしい言葉を。
「まあ……いっか」
満たされた気持ちになる。
「……あの子にも、高村みたいな奴がそばにいてくれるといいな」
海辺の少女に思いをはせる。
自分がそばにいけるその時まで、誰かいてくれるといいんだけど。温かいぬくもりをくれる誰かが。
(1994.7.24,8.5)
---------------
↑約20年前のことなので覚えてませんが、書いたの7月24日だ。わざとかな?月の女王が降臨する予言の日じゃん。
そういえば、アリスって本編にでてきてない。
電話が一回かかってきたくらいか……。
クリスは別にアリスのこと殺してません。それにアリスの目はちゃんと青です。
でも自分のせいでアリスの足が悪くなったことに罪悪感があって、それゆえのこういう夢なんだと。
表面上はすごく仲の良い兄弟ですが、お互い気を遣いあっています。
クリスは、自分のせいでアリスの足が悪くなったこと。
アリスは、自分のせいで母親が亡くなったこと、そして怪我のことでクリスが自分に罪悪感をもっていること、で。
だからお互い、今は離れて暮らすことになってホッとしてるんだろうな~。