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(BL小説)風のゆくえには~南の告白(南視点)

2014年11月30日 11時27分34秒 | BL小説・風のゆくえには~ 短編読切

 人には誰しも、人生を変えた一言、というものが存在する。
 私にとっての一言は、確実にこれだ。
 親友であり、オタク趣味の同志でもある天野っちのこの一言。

「南ちんのお兄さんって……おいしいよね」

 この一言によって、兄は「目の上のたんこぶ」から「観察対象」へと変化し、私は人生が生きやすくなった。


 私には姉と兄がいる。
 姉は10歳も年上だからあまり関係ないのだが、兄は一学年上(4月生まれと3月生まれなので歳はほぼ2歳差だけれど学年は1つしか違わない)のため、その存在は常に私について回ってきた。

 兄はきれいな顔をしている。母と姉も美人で有名だが、兄は男のくせにあの顔だから厄介だ。
 そして運動神経もいい。しょっちゅうリレーの選手など何かの選抜選手に選ばれる。
 それに頭もいい。毎回5段階評価の『5』がほとんどを占める成績表をもらってくる。
 奴の弱点は、背が低いことぐらいといえるが、その弱点を補って余りある、顔の良さ・運動神経の良さ・頭の良さがあり、周りは背が低いことなどたいした問題としていない(本人はすごく気にしているけど)。

「南ちゃんのお兄ちゃんってかっこいいよね」
「南ちゃんのお兄ちゃんってすごいよね」

 もう耳にタコができるくらい聞いてきた。これを言われるたびに妹としてはフクザツな気持ちになる。
 裏を返せば「お兄ちゃんかっこいいのに妹は…」「お兄ちゃんすごいのに妹は…」なんでしょ? って卑屈になる。

 私は、綺麗な二重の母親似の姉兄とは違い、父に似て切れ長一重の目をしている。姉兄妹で私だけ顔が違う。そして生まれつき体が弱く、小学校低学年までは入退院を繰り返していて、スポーツも勉強も遅れがちだった。
(私がそんな状態だったので、兄は両親からあまり構われずに育ったらしい。兄のことは姉が育てたようなものだそうで、そのせいで、兄はかなり重症なシスターコンプレックス(シスターっていっても姉のほうね)である)

 兄という比較対象さえいなければ、私も私でそれなりだったはずなのだ。
 遅れがちだった勉強も、体が丈夫になってきた小学校高学年からは皆を追い越すくらいになってきたし、顔もそんなに不細工ではないのだ。
 でも、完璧な兄がいるせいで、私はいくら頑張っても周りから否定されている気がしていた。

 兄のことは嫌いではない。家族内では私のほうが立場が上だし、兄自身も嫌な奴でもなかった。
 ただ、一歩家から出ると………邪魔。
 そう、邪魔、だった。存在そのものが私にとっての「たんこぶ」だった。


 せっかく小学6年生の時は、学校内で兄と比較されることのない平和な一年を過ごせたのに、中学に上がってまたしても、「渋谷さんのお兄さんかっこいいね」攻撃を受けることになる。
 6月の球技大会、兄はバレーボールをしていた。奴はバスケ部のくせに、バレーボールも上手だった。
 同じクラスの女の子たちが、「あの人かっこい~~」「渋谷さんのお兄さんなんだって!」「うっそー似てないねー」とワキャワキャ言っているのを、辟易して聞き流していたところ、

「南ちん、南ちん」
 同じクラスで、同じ文芸部員の天野っちが声をかけてきた。そして、くだんの一言を言ったのである。
「南ちんのお兄さんって……おいしいよね」
「ほえ?」
 なんのこっちゃい、と思った私の横に天野っちは座り込み、耳元で小さくささやいた。
「南ちん……客観的に、お兄さんを観察してごらん。すっごくおいしいから」
「おいしい……?」

 天野っちと私はこの4月に文芸部で出会い、ある趣味で意気投合してあっという間に仲良くなった。
 その趣味とは、いわゆる同性愛ものの漫画や小説を読んだりすること、である。
 私は入院生活が多かったこともあって、息をするように本を読んで暮らしていた。幼いころから対象年齢以上の本を読むこともしばしばだったため、気がついたら大人向けの本も読み漁っていて、気がついたら、どっぷりと同性愛ものの本にはまっていた。
 天野っちは、大学生のお姉さんの影響らしい。そのお姉さんは本当に本格的で、自分でも本を書いて自費出版までしているそうだ。

 天野っちの言葉を受け、私は視界に入れないようにしていた兄の様子を見てみることにした。
 すると……
「……おお?」
「ね?」
 私の驚きの声に、天野っちがニヤリとする。
「いや……これは……」
「でしょ?」
 私たちは校庭の隅で、うひひひひ、と怪しげな声で笑いあった。

 砂ぼこりの舞うバレーボールコート。トスを上げ続けるセッターの美形の男子。背、低め(←ここポイント)。点数が入るたび、仲間とハイタッチ。試合終了後、皆からハグされる。頭をなでられる。肩を抱かれる。などなどなど。

「絵になるのお……」
 天野っちがホヤ~という。
「これは……おいしいわ」
 納得。うんうんうなずく私。

 この日から、兄は私の「観察対象」となった。


 「観察対象」となってからは、私の兄に対する「たんこぶ感」は消え失せた。
 まわりから「お兄さんかっこいいね」といわれても、「女子に人気のある彼であったが……」と妄想の文章が頭をめぐり、へらへらしてしまうほど、私の心は以前とは180度変わっていた。


 兄には特別に仲の良い友人はいないようだった。バスケ部のみんなとつるんでいる感じだ。
 そのことに関して、天野っちは「組み合わせ自由で楽しいじゃな~い」なんて言っている。
 天野っちのおすすめは、上岡武史さんだという。でも、武史さんは本気で兄と仲が悪い(兄が姉に話しているのを聞いたが、レギュラーの座を巡って目の敵にされていて、色々嫌がらせもされているらしい)ので、それはナイと思うんだけど、天野っちは「その関係性がいいんじゃないの~」と言っている。天野っちにかかると、どんなことでも「そっち」に結び付けられてしまうのでスゴイ。

 そんなこんなで一年が過ぎ、兄、中学三年の夏。
 膝の故障により、兄はバスケ部を他のメンバーより少し早く引退することになった。ずっと頑張ってきたバスケを取り上げられた兄の心中は計り知れない。
 その上、兄の主治医となった近藤先生が、いつの間にやら姉とお付き合いすることになり、シスコンの兄は相当に荒れた。
 口数も減り、あのキラキラ感もなくなり、常にムスッとしていて、美形パワーが半減した。中学三年の多感な時期に、二つも大事なものを奪われたのだから当然といえば当然だ。

 それでもお勉強はちゃんとしていたようで、しっかりと学区内トップ校であり、県内でも1,2位を争う高偏差値である白浜高校に入学。
 はじめのうちは死んだ魚のような目で帰宅後も勉強ばかりしていたのに、3週間ほどたったある日、急に今までまったく触ろうともしなかったバスケットボールを物置から出してきて、シュート練習なんぞしはじめた。ずっと避けていた姉とも話すようになったし、キラキラ感も復活してきて、これは何かあったな、と家族の誰もが思っていた。

 そして、連休明けの木曜日。私は映画のように美しいシーンを目撃することになる。

 あの日、私は2階の窓を閉めようとたまたま窓辺に寄った。
 ふと、うちの前につながる一本道を二人乗りをした自転車が走ってくることに気が付いた。こいでいるのは男子高校生。後ろにいるのも男子高校生と気が付いた私は、内心おお!と歓声をあげた。
「男子高校生の二人乗り、いいじゃなーい」
 自転車が近づいてきて、その後ろに乗っているのが我が兄だと気が付き、再びおおお!?となった。
「……こ、これは……」
 気づかれないように、カーテンの影に隠れて様子をうかがう。
 家の前についた二人は、自転車から降りて何やら話をしていた。時々聞こえてくる言葉に「バスケ」という単語があり、兄が急に練習をはじめた原因はこの男子高校生にあるんだな、と直感的に思った。
 相手は、兄よりも背が高く、爽やか。優しそう。
「いいじゃないの……」
 お似合いだ。お似合いすぎる。私は兄にはこういう人が似合うと思っていた。
 別れ際、その男子高校生は兄に手を差し出し、ぎゅーぎゅーと握手をすると「また来週」と言って自転車にまたがった。
 そして……
 兄は、その男子高校生の背中を、見えなくなるまでずっと見送っていた。まるで映画のワンシーンのようだった。
 夕日に映えたその横顔は、切ないほど美しかった。私はこの時の兄の姿を一生忘れないだろう。


 その翌日から、その男子高校生……桜井浩介さんはしょっちゅう兄を訪ねてきたり送ってきたりした。
 夏休みはうちにも毎日のように遊びにきたので、私も少し話をするようになった。
 浩介さんは見た目を裏切らず、誠実で優しい人のようだった。

 私は一応受験生なので、夏期講習にも行ったりした。でも、志望校は天野っちと一緒の女子高と決めていたので、そんなに本気で勉強もしていなかった。担任や塾の先生にはもっと上位の高校を狙えるのに……と残念がられたけれど、天野っちと一緒にその女子高の文芸部に入るという私の決意は固い。そこの文芸部はレベルが高いのだ。


 兄観察は学校が違う分あまりできなかったけれど、様子を見る限り、2人はすごーく仲の良い「親友」という感じ。
 まあ、普通に考えてそれ以上になることはないので、そこは天野っちと妄想の世界だけで楽しんでいたんだけど……。

 でも、私は気がついてしまった。

 あれは、天野っちと一緒に兄の学校の文化祭に行った時のことだ。
 バスケ部は校庭のバスケットゴールでゲーム大会をしていた。
 5回中、何回ゴールを決められたかで、もらえる景品が変わってくるらしい。

 その様子を天野っちと私は少し離れたベンチに座って綿あめを食べながら見ていた。夏休み以降あまり観察できていなかったので興味深い。
「あ、南ちんのお兄さん、やるみたいよ」
 小柄な高校生がボールをつきながら出てきた。 
「渋谷ーお前ハンデありでやれよーっ」
 上岡武史さんが叫んだ。天野っちが「おっ」と嬉しそうな顔をする。天野っちはまだ武史さんを推しているのだ…。
 ハンデあり、というのはシュートを打つ位置を普通の人より遠くにすることだ。現役バスケ部員はみなハンデありの位置で打つらしい。
 兄は何か言い返していたが、結局ハンデありになったらしく、浩介さんが出てきて兄をハンデありの位置まで誘導した。
「………あ」
 ドキリとした。兄の肩に手を置き、何か耳打ちをした浩介さん。浩介さんを見上げて笑う兄の、その顔……。
「…………」
 兄がすっとボールを構えた。久しぶりにみるボールを手にした真剣な兄の姿。
 ボールは5球とも、すんなりとゴールした。
 わっと歓声があがる。
 一番近くにいた浩介さんが、ギュウッと兄を抱きしめた。その後飛び出してきたバスケ部員たちに囲まれて兄の姿はすぐに見えなくなったが……。
「わあっ南ちん南ちんっ」
 天野っちが興奮して背中をバンバン叩いてくる。
「なんですかあれはっなんですかーー!!」
「い、痛いよ、天野っち……」
 気持ちは分かるけど落ち着いてっ天野っち。
 バスケ部員たちにもみくちゃにされそうな兄を、浩介さんが庇って引き続き抱きかかえている。
 天野っち、大興奮。
「南ちん!私も今から鞍替えする。浩介慶派になる!」
「う、うん………」
 うなずきながらも、私もドキドキしてきた。
 真っ赤になっている兄の顔。浩介さんを見上げる目。
 それは……恋する人そのものだよ。お兄ちゃん。

「ねえ、天野っち……」
「おお、なに?」
 ワクワクしている天野っちに、私はたった今、衝動的に決めたことを告げた。
「私、女の友情より、情熱を選んでもいいかな」
「情熱? 情熱とは?」
 ほう?という天野っちの横でビシッと指さす。その先にはお兄ちゃんと浩介さん。
「私、もっと間近で2人を観察したい」
「と、いうことは……」
「志望校、白浜高校に変更する」
「おおっ」
 天野っちは、ガシッと私の手をつかみ、ぶんぶん振り回した。
「是非そうしておくれ! それで逐一報告しておくれ。私はあいにく白高行く頭ないから無理だけど、南ちんなら受かる!」
 ニコニコの天野っち。
「ごめんよ。天野っち。同じ文芸部に入るって約束してたのに」
「いいのいいの!」
 天野っちは引き続きぶんぶん振り回し続け、
「実はちょっと申し訳ないと思っていたのだよ。南ちん、もっとランク高い高校受けられるのにって。だからこれは神の啓示。神様が二人を観察しなさいといっているのだよ」
「天野っち……」
 変わらぬ友情に感謝。
 私はその日から猛勉強をはじめ、春には兄と浩介さんと同じ白浜高校に合格した。

**

 そこまで話すと、守はキョトン、いうか、ポカーンとした顔をして、
「そんな理由で、あの難関、白浜高校受験して……受かったのかよ?」
「そうよ?」
「うわ~~参考になんね~~」
 もやしのひげをポキポキ折りながら守が言う。
「なんでよ~~立派な動機でしょ」
「意味わかんねーよ」
 私の夫の息子である守は、もうすぐ中学3年生。志望校を決められないとかで、私に白浜高校を受験した理由を聞いてきたのだ。
「南ってやっぱ変だよな」
「変じゃないわよ。情熱よ情熱。世の中を動かしているのは情熱なのよ」
「意味わかんね」
 けっと守は言うと、
「はい、もやし終わった」
 ひげがなくなってすっきりしたもやしの入ったボウルを渡してくれた。
「おお。ありがと」
 守はなんだかんだと手伝いをしてくれるので助かっている。
「あとは?」
「これ、ドレッシング作ってくれる?」
 レシピのメモを顎でさすと、守は無言であちこちから調味料を出してきていたが、
「南ってさあ……」
「うん?」
「ブラコンだよな」
「え?」
 鶏肉をオーブンの天板にひきつめていた手を止める。
「ブラコン? 私が?」
「二回りも年上の父さんと結婚するくらいだから、この人ファザコンなのかな?って思ってたけど、話聞けば聞くほどブラコンだって思えてきた」
「ブラコン……そうかしら」
「そうだよ。お兄さん大好きだろ?」
「うーん……嫌いではないけど……」
 大好き、とは違う気がする。
 しばし、うーんとうなってから、真面目に答える。
「お兄ちゃんのことなんかより、沢村さんや守のことの方がよっぽど大好きよ?」
「は?」
 守はイヤ~~な顔をした。
「なんだよそれ。父さんはともかくオレを入れんなよ」
「なんでよ。私、守のことも大好きよ。前から言ってるじゃない」
「……意味わかんね」
 再び、守はけっと言うと、
「そういうこと言ってて恥ずかしくねーの?」
「あら。思いは言葉にしないと伝わらないのよ。ちゃんと言葉にしないと」
「ああ、そのセリフ……」
 記憶力の良い守は、前に私が話した話をきちんと覚えていた。
「あれだろ? 南が浩介さんをけしかけたときに言ったっていうセリフだろ」
「そうそう。よく覚えてるわね~」
 思い出す。私が高1、お兄ちゃんたちが高2のクリスマスイブの前日。ギクシャクしてしまった二人が一歩も二歩も前進したのは私のおかげなのだ。その後も私は影となり日向となり二人を支えてきた。
「影となり日向となりって?」
「聞きたい?聞きたい? ちょーっと中学生には早い話かも♪」
「………遠慮しとく。はい。ドレッシングできた」
「ありがと~~。とりあえずこれで終わりです! あとはオーブンにお任せ。お疲れ様でした!」
「ああ」
 手を洗って出ていこうとする守を呼び止める。
「守」
「なに?」
「志望校、決められないなら、一番偏差値の高い高校にすれば?」
「なんで?」
「自慢になるから」
「…………」
 ふっと守が笑った。こういう顔、沢村さんとよく似ている。
「父さん今日早いの?」
「予定では」
「じゃ、父さんに相談する」
「………あっそ」
 むーっと口をとがらせてみせると、守はひらひらと手を振りながら出て行った。
「………お兄ちゃん、失礼ね~?」
 問いかけると、タイミングよくお腹の内側がポコポコとした。
「影となり日向となり、の話、あんた聞きたい?」
 お腹をさすりながら言ってみる。
「何年後だったら話せるかな~~」
 その時のことを想像すると楽しくなってきた。
「さて。締切まであと一週間。頑張らないと!」
 私の人生、順風満帆。
 それはすべて天野っちのあの一言のおかげだ。


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