一人言(四)より
(今から20年前に書いた話。女性の結婚適齢期がクリスマスケーキだった時代です)
「イチゴのショートケーキ」
学校帰り、クリス=ライアンはいつもは素通りする本屋の前でふと立ち止まった。中で分厚い本を難しい表情で立ち読みしている斉藤香を発見したからである。
「……何読んでんだ?」
「んーーー……?」
そうっと横にいって声をかけたが、香は驚いた様子もなく、こちらを向くと、
「ちょっとね……。今帰りなの?」
「ああ。お前も? だったらせっかくだからお茶でもどう?」
「んーーーー、あんまり時間ないけどいい?」
「もちろん♪」
しかしそれから駅近くの店を数件回ってみたがどこも満席で、結局ケーキを買ってクリスの家に行く、といういつものパターンになってしまった。
「紅茶でいい?」
「あーありがとー」
リビングの大きなソファに埋もれるように香が座っている。
紅茶を渡しながらクリスはその横に腰かけると、
「就職情報誌、だったな。さっき読んでたの」
「うん……。もう就職活動しなくちゃなんないのよねー……」
香は短大の二年生になったばかり。入学してまだたったの一年しかたっていないというのに、もう次のことを考えなくてはいけないらしい。現在現役高校生をしているクリスにはちょっと想像がつかない。
「お前……就職すんの?」
「あ、当たり前でしょっ。できなかったらどうしようって悩んでんだからねっ」
「ふーん……」
カチャリとテーブルにカップを置き、香を覗き込むと、
「あと五年すればなあ……オレが雇うのに」
「五年って……あんたが大学出てからってこと? 大学出てすぐに人事に口出しできるような立場になれるの?」
「いや、そうじゃなくてさ。オレが、オレ個人で雇うんだよ」
「………」
香がいぶかしげに眉を寄せた。
「起業するってこと?」
「いや、そうじゃなくて……。ま、起業するかはどうかは、置いておいて」
「じゃ、なに? 家政婦とかも無理よ? お金もらえるほどの家事の腕ないし」
「えー家事じゃなくてさー」
「じゃ、なんなのよ? なにしろっていうの?」
「そりゃあ、もちろん……」
びしっと指さし、にーっこりと笑うと、
「子供。子供育てんだよ」
「子供? あなたの?」
「そ。オレとお前の」
「あなたと私……?」
「そっ」
「…………」
チクチクチクチク……と沈黙が流れた。
そして……
(……あれ?)
おかしい。いつもと反応が違う。
(変だなぁ……いつもならここでバキッと殴られるのがオチなんだけど……)
「………香?」
心配になって、まだ真面目な顔をしている香を見返すと、
「……ねぇ」
「はっはい?! なに?!」
「あなたと私の子供ってことは、ハーフになるのよねぇ……」
「う、うん」
「いじめられたりしないかなぁ……。あなたみたいな性格の子だったらそんなことないんだろうけど……私に似ちゃったら……」
「お前に似たら、そりゃかわいい子になるだろうな」
そっと香の頭に手を伸ばし、引き寄せた。香はあらがう様子もなく、クリスの胸に身を預けている。
「オレが守るよ。お前のことも、子供のことも、一生、さ」
「…………」
「だから、五年たったら……結婚しないか?」
「え………」
香の瞳が驚いたように見開かれる。
「………」
そのあごをとらえ、ゆっくりと顔を寄せようとしたが……、
「ちょっとまってよ、あと五年っていったわね?」
「え?ああ」
「五年っていったら、私、24、もう25になるじゃないのよっ」
「ま、そういうことになるな。だから?」
「だから?じゃないわよっ。25っていったら適齢期じゃないのっ。そんな歳までそんなあてにならない約束待ってられないわよっ」
「ひっでーなっ。ちったあオレのこと信用しろよっ」
「できないわねっ。コーコーセーのいうことなんてっ」
「ムカッお前言ってはならんことをっ」
「ホントのことでしょっ」
つーんと香がそっぽを向く。
たった二年、されど二年。二人とも社会人になってしまえば気にならない歳の差だが、片や社会人、片や学生となってしまうのは結構厳しい。
「……香」
「………」
拗ねた様子で香がこちらをむく。こうしているとこっちのほうが年上のように思えるのだが……
「オレが五年って言ったのは、学生のうちは結婚が許されないだろうからだ。でも許される方法が一つだけある……」
「なによそれ?」
「そりゃあっもっちろーん」
ガバッと元気よく香に抱きつくと、
「子供作っちまうんだよっ。子供作ろーぜっ」
「ちょっとっ何考えてんのよっばかっスケベっ」
「いーじゃねーかよっ。へるもんじゃなしっ」
「へるわよっ。減るに決まってるでしょっ」
「……へ?」
きょとんとしたすきに、香がさささささっとソファーの隅まで逃げてしまった。
クリスは首をかしげ、
「何が減るんだ?」
「減るわよ。新鮮味がっ」
「シンセンミ?」
ますます意味がわからず聞きかえすと、香が怒鳴り返してきた。
「新しい鮮やかな味よっ。それにそうよっ。こんな風に毎日会ってたりしたらそれこそ新鮮味なくなっちゃうじゃないっ」
「……? なくなるとどうなるんだ?」
「……飽きがくるわよ」
「あき? あきって、飽きるのあき?」
「……そ」
ふうっと大きく香が息をついた。ますます意味が分からない。
「なあ、それって、お前がオレに飽きるってことか?」
「ちがうわよっ。私があなたに飽きるわけないでしょっ。こんなに好……じゃないっ違うっ今の取り消しっ違うからねっ」
香は一人で言って一人で盛り上がっている。クリスの方は今の香の思わぬ発言にニヤニヤと、
「へぇぇぇぇそっかああ。香ってばそんなにオレのこと……」
「うるさいうるさいっ。私が言いたいのは……っ。こんなに毎日会ったりしてたらあなたが私に飽きるんじゃないかってことっ」
「あ? なんでオレがお前に飽きなきゃなんねえんだ?」
「だって……っ」
「こんなにお前のこと好きなのに? こんなに好きで一分でも一秒でも多く一緒にいたいって思ってるのに?」
「……」
絶句、という顔で香は口をパクパクさせている。
「お前、まだオレのこの言葉信じてくれてないのか? なら何回でも言ってやるぜ? オレはお前のこと何よりも大切に想っているし、一生かけて守りたいと思ってる。誰よりもお前のことを愛して……」
「わ、わかった……っ。わかったからもういいっ、やめてっ、恥ずかしい」
真っ赤ーーになって香が叫んだ。クリスはにっこりと、
「分かってくれた? じゃー飽きがどーのって話は……」
「……それとこれとは別よ。いくら好きでも飽きはくるわよ」
「なんだよそれっ」
「だって、例えば……あんたはイチゴのショートケーキすごく好きよね? でもそれを朝昼晩のご飯として毎日毎日食べることになったらどう? 絶対に飽きるわよ」
「………」
「私はそれが怖いのよ」
寒いかのように香が震えた。両腕で自分を抱きしめている。
「いつか……あなたが私に飽きて……他の女の子を好きになることが。あなたにはわからないよね。あなたはいつでも自分に自信あるから。私は……あなたのことずっとずーっと繋ぎ止めておける自信、ないもん。あなたが私のそばからいなくなったとき、私どうなっちゃうのかな、とか思っ……ちょ、ちょっと、何す……っ」
「香……」
引き寄せてぎゅっと抱きしめた。黒い髪に顔を埋める。
「ちょっ……離し……」
「……大好きだよ。香。絶対に絶対に離れたりしない」
「………クリス」
固くなっていた香の体から力が抜ける。
頬を囲み、額に口づける。
自分のこの気持ちが香に届くだろうか。こんなにも愛おしいと思っている心が。
絡ませた指から、寄せた頬から、伝わるだろうか……。
「大好きだよ……」
ささやき、唇をよせようとした、が、
「あ! 時間!!」
「いてっ」
いきなり香が立ち上がったので、香の頭とクリスの鼻がぶつかった。
「あ、ごめん」
「な、なんなんだよ……」
クリスが鼻を押さえながら文句を言うと、
「だから時間ないっていったじゃない。私、これから夕子と会う約束してるのよ。これ、もらっていくね」
「え、え、え?! 香?! ちょっと……」
「んじゃ、ごちそうさまーっ」
「こっこらこらこらこらーーっ。オレの分のケーキまでっ」
叫んだがむなしく部屋に響いただけである。
クリスはやれやれと息をつくとぽつりとつぶやいた。
「イチゴのショートケーキなら、毎日食べても飽きない自信あるけどなあ、オレ」
(1994.3.17,18)
はああ眠い…ただ今AM1:26。ふーっ。その後の話ですねえ。この2人にはこういう感じになってほしいんですよねー。さあいったいいつのころやらー
↑って当時19歳の私が書いています。
いったいいつのことやらーって、約20年後です!!当時の私もまさか20年後に完結するとは想像もしていなかっただろう。
(今から20年前に書いた話。女性の結婚適齢期がクリスマスケーキだった時代です)
「イチゴのショートケーキ」
学校帰り、クリス=ライアンはいつもは素通りする本屋の前でふと立ち止まった。中で分厚い本を難しい表情で立ち読みしている斉藤香を発見したからである。
「……何読んでんだ?」
「んーーー……?」
そうっと横にいって声をかけたが、香は驚いた様子もなく、こちらを向くと、
「ちょっとね……。今帰りなの?」
「ああ。お前も? だったらせっかくだからお茶でもどう?」
「んーーーー、あんまり時間ないけどいい?」
「もちろん♪」
しかしそれから駅近くの店を数件回ってみたがどこも満席で、結局ケーキを買ってクリスの家に行く、といういつものパターンになってしまった。
「紅茶でいい?」
「あーありがとー」
リビングの大きなソファに埋もれるように香が座っている。
紅茶を渡しながらクリスはその横に腰かけると、
「就職情報誌、だったな。さっき読んでたの」
「うん……。もう就職活動しなくちゃなんないのよねー……」
香は短大の二年生になったばかり。入学してまだたったの一年しかたっていないというのに、もう次のことを考えなくてはいけないらしい。現在現役高校生をしているクリスにはちょっと想像がつかない。
「お前……就職すんの?」
「あ、当たり前でしょっ。できなかったらどうしようって悩んでんだからねっ」
「ふーん……」
カチャリとテーブルにカップを置き、香を覗き込むと、
「あと五年すればなあ……オレが雇うのに」
「五年って……あんたが大学出てからってこと? 大学出てすぐに人事に口出しできるような立場になれるの?」
「いや、そうじゃなくてさ。オレが、オレ個人で雇うんだよ」
「………」
香がいぶかしげに眉を寄せた。
「起業するってこと?」
「いや、そうじゃなくて……。ま、起業するかはどうかは、置いておいて」
「じゃ、なに? 家政婦とかも無理よ? お金もらえるほどの家事の腕ないし」
「えー家事じゃなくてさー」
「じゃ、なんなのよ? なにしろっていうの?」
「そりゃあ、もちろん……」
びしっと指さし、にーっこりと笑うと、
「子供。子供育てんだよ」
「子供? あなたの?」
「そ。オレとお前の」
「あなたと私……?」
「そっ」
「…………」
チクチクチクチク……と沈黙が流れた。
そして……
(……あれ?)
おかしい。いつもと反応が違う。
(変だなぁ……いつもならここでバキッと殴られるのがオチなんだけど……)
「………香?」
心配になって、まだ真面目な顔をしている香を見返すと、
「……ねぇ」
「はっはい?! なに?!」
「あなたと私の子供ってことは、ハーフになるのよねぇ……」
「う、うん」
「いじめられたりしないかなぁ……。あなたみたいな性格の子だったらそんなことないんだろうけど……私に似ちゃったら……」
「お前に似たら、そりゃかわいい子になるだろうな」
そっと香の頭に手を伸ばし、引き寄せた。香はあらがう様子もなく、クリスの胸に身を預けている。
「オレが守るよ。お前のことも、子供のことも、一生、さ」
「…………」
「だから、五年たったら……結婚しないか?」
「え………」
香の瞳が驚いたように見開かれる。
「………」
そのあごをとらえ、ゆっくりと顔を寄せようとしたが……、
「ちょっとまってよ、あと五年っていったわね?」
「え?ああ」
「五年っていったら、私、24、もう25になるじゃないのよっ」
「ま、そういうことになるな。だから?」
「だから?じゃないわよっ。25っていったら適齢期じゃないのっ。そんな歳までそんなあてにならない約束待ってられないわよっ」
「ひっでーなっ。ちったあオレのこと信用しろよっ」
「できないわねっ。コーコーセーのいうことなんてっ」
「ムカッお前言ってはならんことをっ」
「ホントのことでしょっ」
つーんと香がそっぽを向く。
たった二年、されど二年。二人とも社会人になってしまえば気にならない歳の差だが、片や社会人、片や学生となってしまうのは結構厳しい。
「……香」
「………」
拗ねた様子で香がこちらをむく。こうしているとこっちのほうが年上のように思えるのだが……
「オレが五年って言ったのは、学生のうちは結婚が許されないだろうからだ。でも許される方法が一つだけある……」
「なによそれ?」
「そりゃあっもっちろーん」
ガバッと元気よく香に抱きつくと、
「子供作っちまうんだよっ。子供作ろーぜっ」
「ちょっとっ何考えてんのよっばかっスケベっ」
「いーじゃねーかよっ。へるもんじゃなしっ」
「へるわよっ。減るに決まってるでしょっ」
「……へ?」
きょとんとしたすきに、香がさささささっとソファーの隅まで逃げてしまった。
クリスは首をかしげ、
「何が減るんだ?」
「減るわよ。新鮮味がっ」
「シンセンミ?」
ますます意味がわからず聞きかえすと、香が怒鳴り返してきた。
「新しい鮮やかな味よっ。それにそうよっ。こんな風に毎日会ってたりしたらそれこそ新鮮味なくなっちゃうじゃないっ」
「……? なくなるとどうなるんだ?」
「……飽きがくるわよ」
「あき? あきって、飽きるのあき?」
「……そ」
ふうっと大きく香が息をついた。ますます意味が分からない。
「なあ、それって、お前がオレに飽きるってことか?」
「ちがうわよっ。私があなたに飽きるわけないでしょっ。こんなに好……じゃないっ違うっ今の取り消しっ違うからねっ」
香は一人で言って一人で盛り上がっている。クリスの方は今の香の思わぬ発言にニヤニヤと、
「へぇぇぇぇそっかああ。香ってばそんなにオレのこと……」
「うるさいうるさいっ。私が言いたいのは……っ。こんなに毎日会ったりしてたらあなたが私に飽きるんじゃないかってことっ」
「あ? なんでオレがお前に飽きなきゃなんねえんだ?」
「だって……っ」
「こんなにお前のこと好きなのに? こんなに好きで一分でも一秒でも多く一緒にいたいって思ってるのに?」
「……」
絶句、という顔で香は口をパクパクさせている。
「お前、まだオレのこの言葉信じてくれてないのか? なら何回でも言ってやるぜ? オレはお前のこと何よりも大切に想っているし、一生かけて守りたいと思ってる。誰よりもお前のことを愛して……」
「わ、わかった……っ。わかったからもういいっ、やめてっ、恥ずかしい」
真っ赤ーーになって香が叫んだ。クリスはにっこりと、
「分かってくれた? じゃー飽きがどーのって話は……」
「……それとこれとは別よ。いくら好きでも飽きはくるわよ」
「なんだよそれっ」
「だって、例えば……あんたはイチゴのショートケーキすごく好きよね? でもそれを朝昼晩のご飯として毎日毎日食べることになったらどう? 絶対に飽きるわよ」
「………」
「私はそれが怖いのよ」
寒いかのように香が震えた。両腕で自分を抱きしめている。
「いつか……あなたが私に飽きて……他の女の子を好きになることが。あなたにはわからないよね。あなたはいつでも自分に自信あるから。私は……あなたのことずっとずーっと繋ぎ止めておける自信、ないもん。あなたが私のそばからいなくなったとき、私どうなっちゃうのかな、とか思っ……ちょ、ちょっと、何す……っ」
「香……」
引き寄せてぎゅっと抱きしめた。黒い髪に顔を埋める。
「ちょっ……離し……」
「……大好きだよ。香。絶対に絶対に離れたりしない」
「………クリス」
固くなっていた香の体から力が抜ける。
頬を囲み、額に口づける。
自分のこの気持ちが香に届くだろうか。こんなにも愛おしいと思っている心が。
絡ませた指から、寄せた頬から、伝わるだろうか……。
「大好きだよ……」
ささやき、唇をよせようとした、が、
「あ! 時間!!」
「いてっ」
いきなり香が立ち上がったので、香の頭とクリスの鼻がぶつかった。
「あ、ごめん」
「な、なんなんだよ……」
クリスが鼻を押さえながら文句を言うと、
「だから時間ないっていったじゃない。私、これから夕子と会う約束してるのよ。これ、もらっていくね」
「え、え、え?! 香?! ちょっと……」
「んじゃ、ごちそうさまーっ」
「こっこらこらこらこらーーっ。オレの分のケーキまでっ」
叫んだがむなしく部屋に響いただけである。
クリスはやれやれと息をつくとぽつりとつぶやいた。
「イチゴのショートケーキなら、毎日食べても飽きない自信あるけどなあ、オレ」
(1994.3.17,18)
はああ眠い…ただ今AM1:26。ふーっ。その後の話ですねえ。この2人にはこういう感じになってほしいんですよねー。さあいったいいつのころやらー

↑って当時19歳の私が書いています。
いったいいつのことやらーって、約20年後です!!当時の私もまさか20年後に完結するとは想像もしていなかっただろう。