(1993年にノートに書いたものを写したものです↓)
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三月八日、夜十時二十分。
卒業式を終えて四日目。おれ達は卒業旅行という名目で、一般客に交ったスキーツアーに参加している。バスで夜に出発し、翌朝早くスキー場に到着する予定だ。
「クジ引きで席順決めるからなー」
元クラス委員長がクジをもって歩きまわっている。せっかく男子十三人、女子十一人の参加なのだから、男女の組で席を決めるというのだ。
「運のない男二人だけは男同士なー」
「はいはいはいっおれが慶の隣に座りますっ」
「却下。希望は一切受け付けない」
つーんっと委員長が浩介の意見を一蹴した。
「せっかく二年の時のクラスのだから慶と一緒なのにーっ」
くやしそうに言う浩介に、おれはやれやれと息をついた。
そう。今回の旅行は元二年十組のメンバーで行くことになったんだ。二年の時も仲が良かったから、三年生になってからも何度もクラス会をやっていた。浩介と同じクラスになったのは二年の時だけだからすごく運がいいと思う。こうして一緒に旅行ができるのだから。
が、しかし……
「お前、渋谷と部屋別々だからな」
「なんで?!」
「三人部屋と四人部屋なんだよ。お前らと一緒になった奴がかわいそうだろ」
「なんで……?」
「目の前でイチャつかれてみろ。誰だってやだろ?」
「………」
反論できない浩介に委員長がクジを差し出す。
「………四番」
「渋谷は?」
「………あれ?」
ひらいてみたが紙は真っ白だった。
「何も書いてないけど?」
「ああ、そりゃハズレ。お前男と一緒な」
ニヤッと笑い、委員長は背を向けた。
「……ずるい。いいな。慶の隣の奴……」
「かわいい子だといいな?お前の隣」
ひやかし気味に浩介をのぞきこむと、
「よくない。慶の隣がいい」
真剣な顔をして浩介がいうから、今さらながら赤くなってしまった。
「お、お前な……」
「部屋も違うなんて……期待してたのに……」
「……なにを?」
「………」
それきり浩介は黙ってしまった。
なにをって……なにをだろう……。
十時半をまわり、バスは動き始めたが、
「………」
気持ち悪い……。酔ったかもしれない……。
「渋谷? 顔色悪いぞ?」
「……大丈夫……」
なんとか返答する。おれの隣はクジをつくった張本人の委員長だった。自分で企画しておいて自分が男同士になるとは思ってもみなかっただろう。
「悪いけど……もう寝る……」
「ああ。本当に大丈夫か?」
心配してくれる委員長に軽くうなずくと無理やりにでも眠ってしまおうと目をつむった。後ろの方の席でタバコを吸っている客がいるらしく、空気が濁っていてなおさら気持ち悪い。新鮮な空気を入れたいが、このくそ寒いのに窓なんてあけたら大ヒンシュクだろう。
「桜井くんもこれ食べないー?」
「あ、ありがとう……」
ななめ前に座っている浩介たちの会話が耳に入ってくる。
「……なーにいってんだか……」
けっこう楽しそうじゃねぇか。勝手にやってろっ。
なんてこと思ってたら本気で吐きそうになってきた。
「……酔い止め」
万が一のために持ってきていた薬をだすと、ジュースと一緒に飲み込んだ。本当は水でなくちゃいけないらしいけど、背に腹は代えられない。第一、今ごろ飲んでも遅いような気もする。
「大丈夫か?」
「うん……」
委員長に適当に返事をして再び目をつむった。
胃の中がぐるぐるしてどうにかなりそうだ。喉元まで何かが上がってきてぐっと口を引き締める。
重くなった頭を窓におしつけ寝ようとするけれど、すきま風が入ってきてすごく寒い。ジャンパーをかぶってそれをふせごうとすると、今度は苦しくなってくる。
「……眠るぞ」
自分に暗示をかけてシートにうずくまった。がたがたと振動が伝わってきて体の奥がゆすぶられる。
気持ち悪い、気持ち悪い、吐きそうだ……!
夢と現実をいったりきたりしながらどのくらいたったのだろうか……
「………慶……」
揺れが止まった。優しい声が耳元でする。
「大丈夫?」
これは夢か? 委員長がいた席に浩介がいる。
「……大丈夫じゃねぇよ……今にも吐きそうだ……」
小さく言いかえすと、いきなりふわりと温かい物に包まれた。心地よい感触……。
「よっかかって。このほうが楽でしょ?」
「ああ……」
浩介の肩と胸の間に頭をおく。伝わってくる体温が気持ちいい。
「……委員長は?」
「おれの席。変わってくれたんだ。今、ドライブインだよ。外に出る? トイレは?」
「平気……」
トクントクンと心臓の音が聞こえる。
「慶……」
「ん……?」
回された手にわずかに力がこもった。
「おやすみ」
そっとおでこに口づけられる。
「ん……」
安心できるぬくもり。やすらげる腕の中。
「おやすみ……」
浩介の匂いを感じながら、いつの間にか眠ってしまった。
人がざわめく音がして、ふっと目を覚ますと、
「慶? 起きた?」
上から声がして見上げると、浩介の顔があった。
「あれ……?」
どういうわけかおれは浩介の膝枕で寝ていた。眠っているうちに頭がおちてしまったようだ。
「具合どう?」
「うん。寝たら大丈夫になった。……浩介、寝れたか?おれここにいて」
ぼんやりというおれに、浩介はにっこり笑って、
「うん。もちろん。慶がそばにいるのってやすらげる」
「……そ」
嬉しいかもしれない……同じこと思ってたんだ。浩介。
「朝っぱらから愛の語らいか?」
突然横から委員長の声がしておれは慌てて飛び起きた。
「どこが愛の語らいだっ」
恥ずかしさでおれが大げさに叫ぶと、委員長は白々と、
「それのどこが愛の語らいじゃないんだ? 膝枕までして」
「………」
「邪魔しないで、委員長」
浩介がわざとらしくおれの肩を抱きよせる。おいおい……。
「邪魔したいわけじゃないんだけどな。もう着くから荷物取りにきたんだよ」
いいながら網棚からカバンをおろし、
「邪魔したな。どうぞ続けてください」
と、委員長が元浩介の席に戻っていくと、
「……では、遠慮なく……」
「おいおいっこらっ浩介っなにするつもりだっ」
「だから続きっ」
「なんの続きだっなんのっこら」
ジタバタとその腕から離れようとすると、いきなりきつく抱きしめられた。
「こらっ浩介っ」
「んーーー慶の匂いがする……」
み、耳元でささやくなっ。
「はなせよっなぐるぞっ」
「やだっ。だって気持ちいいんだもんねー」
そりゃおれだって気持ちいいし温かいしこのままでいたいんだけどさっ。だっだけどっ。
「………桜井くんと渋谷くんって……」
案の定、前の席と後ろの席の女子が上からおれたちを見下ろしてぽつりと、
「やっぱり本当にウワサ通り……」
「ちがうちがうちがうっ」
「違わないよっ慶っ大好きっ」
「お前っ誤解を招くようなこというなっ」
「誤解じゃないもんっ本当だもんっ」
「はなせーっ」
わきゃわきゃと騒いでいると、女子たちは、
「ほんと、仲良しだねー」
といって、顔をひっこめた。毎回この調子だからウワサを信じている奴はほとんどいない……はずだ。
「あ、忘れてた」
急に浩介が小さくつぶやいた。
「おはよう、慶」
そして、まわりに気づかれない角度ですばやく頬にキスしてくれた。
「……おはよう」
一番やすらげる場所は互いの腕の中。
いつまでもそうあってほしい……。
(1993.3.20)
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93年3月。私が高校を卒業してすぐに書いたお話です。
実際に本当に卒業旅行でスキーにいったので、その時の経験を元に書いています。
当時、今ほど禁煙分煙が盛んでなかったので、普通にバスでたばこ吸われてました。
は~慶と浩介幸せそうだな~…。
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三月八日、夜十時二十分。
卒業式を終えて四日目。おれ達は卒業旅行という名目で、一般客に交ったスキーツアーに参加している。バスで夜に出発し、翌朝早くスキー場に到着する予定だ。
「クジ引きで席順決めるからなー」
元クラス委員長がクジをもって歩きまわっている。せっかく男子十三人、女子十一人の参加なのだから、男女の組で席を決めるというのだ。
「運のない男二人だけは男同士なー」
「はいはいはいっおれが慶の隣に座りますっ」
「却下。希望は一切受け付けない」
つーんっと委員長が浩介の意見を一蹴した。
「せっかく二年の時のクラスのだから慶と一緒なのにーっ」
くやしそうに言う浩介に、おれはやれやれと息をついた。
そう。今回の旅行は元二年十組のメンバーで行くことになったんだ。二年の時も仲が良かったから、三年生になってからも何度もクラス会をやっていた。浩介と同じクラスになったのは二年の時だけだからすごく運がいいと思う。こうして一緒に旅行ができるのだから。
が、しかし……
「お前、渋谷と部屋別々だからな」
「なんで?!」
「三人部屋と四人部屋なんだよ。お前らと一緒になった奴がかわいそうだろ」
「なんで……?」
「目の前でイチャつかれてみろ。誰だってやだろ?」
「………」
反論できない浩介に委員長がクジを差し出す。
「………四番」
「渋谷は?」
「………あれ?」
ひらいてみたが紙は真っ白だった。
「何も書いてないけど?」
「ああ、そりゃハズレ。お前男と一緒な」
ニヤッと笑い、委員長は背を向けた。
「……ずるい。いいな。慶の隣の奴……」
「かわいい子だといいな?お前の隣」
ひやかし気味に浩介をのぞきこむと、
「よくない。慶の隣がいい」
真剣な顔をして浩介がいうから、今さらながら赤くなってしまった。
「お、お前な……」
「部屋も違うなんて……期待してたのに……」
「……なにを?」
「………」
それきり浩介は黙ってしまった。
なにをって……なにをだろう……。
十時半をまわり、バスは動き始めたが、
「………」
気持ち悪い……。酔ったかもしれない……。
「渋谷? 顔色悪いぞ?」
「……大丈夫……」
なんとか返答する。おれの隣はクジをつくった張本人の委員長だった。自分で企画しておいて自分が男同士になるとは思ってもみなかっただろう。
「悪いけど……もう寝る……」
「ああ。本当に大丈夫か?」
心配してくれる委員長に軽くうなずくと無理やりにでも眠ってしまおうと目をつむった。後ろの方の席でタバコを吸っている客がいるらしく、空気が濁っていてなおさら気持ち悪い。新鮮な空気を入れたいが、このくそ寒いのに窓なんてあけたら大ヒンシュクだろう。
「桜井くんもこれ食べないー?」
「あ、ありがとう……」
ななめ前に座っている浩介たちの会話が耳に入ってくる。
「……なーにいってんだか……」
けっこう楽しそうじゃねぇか。勝手にやってろっ。
なんてこと思ってたら本気で吐きそうになってきた。
「……酔い止め」
万が一のために持ってきていた薬をだすと、ジュースと一緒に飲み込んだ。本当は水でなくちゃいけないらしいけど、背に腹は代えられない。第一、今ごろ飲んでも遅いような気もする。
「大丈夫か?」
「うん……」
委員長に適当に返事をして再び目をつむった。
胃の中がぐるぐるしてどうにかなりそうだ。喉元まで何かが上がってきてぐっと口を引き締める。
重くなった頭を窓におしつけ寝ようとするけれど、すきま風が入ってきてすごく寒い。ジャンパーをかぶってそれをふせごうとすると、今度は苦しくなってくる。
「……眠るぞ」
自分に暗示をかけてシートにうずくまった。がたがたと振動が伝わってきて体の奥がゆすぶられる。
気持ち悪い、気持ち悪い、吐きそうだ……!
夢と現実をいったりきたりしながらどのくらいたったのだろうか……
「………慶……」
揺れが止まった。優しい声が耳元でする。
「大丈夫?」
これは夢か? 委員長がいた席に浩介がいる。
「……大丈夫じゃねぇよ……今にも吐きそうだ……」
小さく言いかえすと、いきなりふわりと温かい物に包まれた。心地よい感触……。
「よっかかって。このほうが楽でしょ?」
「ああ……」
浩介の肩と胸の間に頭をおく。伝わってくる体温が気持ちいい。
「……委員長は?」
「おれの席。変わってくれたんだ。今、ドライブインだよ。外に出る? トイレは?」
「平気……」
トクントクンと心臓の音が聞こえる。
「慶……」
「ん……?」
回された手にわずかに力がこもった。
「おやすみ」
そっとおでこに口づけられる。
「ん……」
安心できるぬくもり。やすらげる腕の中。
「おやすみ……」
浩介の匂いを感じながら、いつの間にか眠ってしまった。
人がざわめく音がして、ふっと目を覚ますと、
「慶? 起きた?」
上から声がして見上げると、浩介の顔があった。
「あれ……?」
どういうわけかおれは浩介の膝枕で寝ていた。眠っているうちに頭がおちてしまったようだ。
「具合どう?」
「うん。寝たら大丈夫になった。……浩介、寝れたか?おれここにいて」
ぼんやりというおれに、浩介はにっこり笑って、
「うん。もちろん。慶がそばにいるのってやすらげる」
「……そ」
嬉しいかもしれない……同じこと思ってたんだ。浩介。
「朝っぱらから愛の語らいか?」
突然横から委員長の声がしておれは慌てて飛び起きた。
「どこが愛の語らいだっ」
恥ずかしさでおれが大げさに叫ぶと、委員長は白々と、
「それのどこが愛の語らいじゃないんだ? 膝枕までして」
「………」
「邪魔しないで、委員長」
浩介がわざとらしくおれの肩を抱きよせる。おいおい……。
「邪魔したいわけじゃないんだけどな。もう着くから荷物取りにきたんだよ」
いいながら網棚からカバンをおろし、
「邪魔したな。どうぞ続けてください」
と、委員長が元浩介の席に戻っていくと、
「……では、遠慮なく……」
「おいおいっこらっ浩介っなにするつもりだっ」
「だから続きっ」
「なんの続きだっなんのっこら」
ジタバタとその腕から離れようとすると、いきなりきつく抱きしめられた。
「こらっ浩介っ」
「んーーー慶の匂いがする……」
み、耳元でささやくなっ。
「はなせよっなぐるぞっ」
「やだっ。だって気持ちいいんだもんねー」
そりゃおれだって気持ちいいし温かいしこのままでいたいんだけどさっ。だっだけどっ。
「………桜井くんと渋谷くんって……」
案の定、前の席と後ろの席の女子が上からおれたちを見下ろしてぽつりと、
「やっぱり本当にウワサ通り……」
「ちがうちがうちがうっ」
「違わないよっ慶っ大好きっ」
「お前っ誤解を招くようなこというなっ」
「誤解じゃないもんっ本当だもんっ」
「はなせーっ」
わきゃわきゃと騒いでいると、女子たちは、
「ほんと、仲良しだねー」
といって、顔をひっこめた。毎回この調子だからウワサを信じている奴はほとんどいない……はずだ。
「あ、忘れてた」
急に浩介が小さくつぶやいた。
「おはよう、慶」
そして、まわりに気づかれない角度ですばやく頬にキスしてくれた。
「……おはよう」
一番やすらげる場所は互いの腕の中。
いつまでもそうあってほしい……。
(1993.3.20)
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93年3月。私が高校を卒業してすぐに書いたお話です。
実際に本当に卒業旅行でスキーにいったので、その時の経験を元に書いています。
当時、今ほど禁煙分煙が盛んでなかったので、普通にバスでたばこ吸われてました。
は~慶と浩介幸せそうだな~…。
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