先に我に返ったのは私の方だった。
「ねえ、ここ教室! 次の人が入ってきたりしたら……」
「ああ……大丈夫。綾さん一番最後だから。個人面談の順番決めたの私よ?」
「…………。ちょっと待って」
なんとかあかねの強い腕から抜け出る。
「知ってたの? 私が美咲の母親だって」
「知ってたよ。だから美咲さんの担任になったんだもん」
「………え?」
見上げようとして、やめた。真正面から顔をみられる自信がない。
「それどういう………」
「まず、二年生の担任になる希望出してそれが受理されたのね。そのあと5クラスのうちのどのクラスの担任になるかは先生たちで決めるから、それもうまいこと手を回して、無事に美咲さんのいるクラスをゲットいたしました♪」
語尾に音符マークがついている。
「いつから………知ってたの?」
「2か月前」
手振りで椅子をすすめられ、ストンと座る。その横にあかねも座る。
2か月まえということは………。
「3月の演劇部の公演、見にきてくれてたでしょ?」
「うん……」
「で、最後の顧問の挨拶の時にステージに立ったでしょ?私」
「うん。でも………」
あんな大人数の中から私を見つけたというの?
「すぐにわかったよ。綾さんの姿見たとき、心臓止まるかと思った」
「あかね……」
それは私も同じよ?
「それでね、隣に座ってる制服着た女の子が娘さんだろうと思って、学校戻ってから速攻で集合写真チェックしたの」
あかね。あいかわらずの整った顔。今年40歳になるとは思えない。
「あんな遠くからよく見えたわね……」
「私、視力2.0あるから」
あかねは得意げに笑った。
「それにしたって、よく分かったわよね。私のこと……」
「分かるよ~。綾さん、全然変わってないもん」
どこがよ。あなたとは違って、すっかりおばさんになってるっていうのに。
「……変わったわよ」
「変わってないよ。あ、眼鏡は変わったね。前の銀縁も良かったけど、今の縁無しも似合ってる……」
「そういう問題じゃなくて」
思わず手で制すると、あかねはふわりと笑って、
「綾さん。私は綾さんがどこにいても、どんな姿になっても見つけられる自信あるよ?」
「………」
すっと手を握られた。あかねの温かい手。
「……っ」
とっさに払いのけてしまった。
19年前は、白くて滑らかだった私の手。よくあかねが指先にキスしてくれた。
今の節ばった私の手……見られたくない。
ビックリしたような顔をしたあかね。
「ごめん。人妻に手出しちゃまずいね」
おどけたように両手をあげた。でもショックを受けていることが伝わってくる。
「……ごめん。そうじゃなくて……」
いや、そうなのか。というか……
「そういうあかねだって、人妻、でしょ?」
「私? 違うよ」
ケロリとあかねが言う。
「え? だって、名字が……」
「ああ、母が離婚したから、母の旧姓に戻っただけだよ」
「え?」
確かお母さんはあかねが中学の時に再婚したと言っていた。それがまた離婚したということ?
「今さら変えるの面倒だから、木村の名前で分籍しようかと思ったんだけど、母がどうしても自分の籍に入れって言ってね」
「そうなんだ……」
「私、結婚もしてないのに3回も名字変わってるんだよね~。はじめは篠原で、小学校あがるときに一之瀬になって、中学あがってから木村、それで大学卒業してからまた一之瀬」
「……」
「木村は画数少ないから気に入ってたんだけどね」
あかねはなんでもないことのように言うが、ここまで来るのには波乱があっただろう。
あかねはニコニコと言う。
「私が男と結婚なんてするわけないじゃなーい」
「そう……なの?」
「気にしてくれてたの? 綾さん。嬉しいな」
「…………」
口調まであいかわらずだ。19年前にタイムスリップしたよう。何も変わっていない。
ふっと息をつく。ようやく少し落ち着いてきた。
「あかねが教職課程取ってたのは知ってたけど、本当に先生になるなんて思いもしなかった。演劇の道にいくのかと思ってた」
「んー……母の離婚が決まって、安定した職につかないとって思ったところもあるんだけど、もう表舞台はいいかなーと思って」
「……」
お母さんとは確執があったのに……。
19年。19年で色々なことがあったのだろう。
「でもやっぱり先生になって正解。こうして綾さんと繋がりを持つことができた」
「…………」
どこまで本気なのか分からない。
「でも、こんな偶然……」
「偶然じゃないよ?」
あかねはニッコリと言う。
「5年くらい前かな……綾さんが日本に帰ってきてるって噂聞いたの。その時すぐに探して会いに行きたかったけど、追い返されたりしたら悲しいから、我慢我慢。と思って、綾さんと確実に繋がりを持てる方法を考えたの」
「え……」
「で、たぶん娘さんを母校に入学させるんじゃないかな? と思って、この学校にきたってわけです」
「え……」
この学校に、きた……?
「ここ名門だもんね。母と子、どころか、おばあちゃんから3代続いてこの女子校って子も多いでしょ?」
「そうだけど……、でも……」
「私、演劇部の顧問としては結構有名なのよ? 前の学校でもその前の学校でも全国大会に行かせてるし。その実績をこの学校へのアピール材料に使って、一昨年、無事にこちらで採用していただきました。娘さんの在学中に間に合って良かった」
ピースサインをするあかね。
「え……じゃ、本当に私のために……?」
「うん。もちろん。まあ、万が一、娘さんが入学してこなかったとしても、綾さんの卒アルとか見られたから、それだけでもこの学校にきた甲斐はあったけどね。中学生の綾さん可愛かった~」
「そんな……」
呆気にとられてしまう。
「なんでそこまで……」
「なんで?」
あかねが首をかしげる。
「なんでって決まってるじゃない?」
「え?」
「20年たったら確かめに行くっていったでしょ?私」
「………っ」
うそ…………
「あ、ごめん。まだ19年だった。あと一年待たなくちゃいけなかったか………」
「ちょ、ちょっと待って。そういう問題じゃなくて、本当に、そんな……」
確かに、別れる時に、あかねは言った。
住む場所も変えない。電話番号も変えない。いつでも私のところに帰ってきて。
それでも帰ってこなかったら、私の方から会いに行く。
20年後、綾さんが幸せかどうか、確かめに行く。
「会いにきたよ。綾さん」
「あかね……」
すっと手を取られる。今度は強く握られ離せない。
「綾さん……」
あかねの漆黒の瞳が真っ直ぐに見つめてくる。
「今、幸せ?」
「…………」
即答でうなずけない私……。あかねに気づかれてしまう……。
うつむいていたら、昔と同じように軽く指先にキスされ、パッと離された。
「じゃ、佐藤さん。個人面談、はじめましょうか?」
「…………」
あかねが机を挟んだ正面の席に移り、トン、と書類をそろえた。私もキスされた指をぎゅっと握りしめて座りなおす。
顔をあげたあかねは、もう先生の顔になっていた。
「佐藤さん……大変申し上げにくいことなんですが」
「はい」
ドキリとする。まるで別人だ。
「美咲さん、イジメに加担していると思われます」
「……………え」
その言葉に一気に現実に引き戻された。
美咲が………イジメ?
「一緒に対応を考えていきましょう」
一之瀬先生が、力強くうなずいた。
----------------------------------------------------------
あかね、ストーカーみたいで怖い……。
と、思わないでもない今日この頃……。
まあでも、あかねさん、19年間散々遊んでますからね。
でも、綾さんを上回る人には出会えなかった。
というか、あくまで綾さんが本命で、他は遊びと割り切って付き合っていた。
2か月前、綾さんを発見してからは、女関係全部清算して、今は綺麗な身です。
綾さんは今つらい状況に置かれています。
そんな話が次回に続く。また来週の月曜日。
でも、その前に。
どうもこの「~光彩」長くなりそうな予感がしてきた…
終わるまで我慢できないので、明日は慶と浩介の話を書こうかなあと思ったり。
R18のね…頭の中にとめておかれてニヤニヤがとまらなくて変な人になってるから今わたし。
吐き出そう吐き出そう…。
「ねえ、ここ教室! 次の人が入ってきたりしたら……」
「ああ……大丈夫。綾さん一番最後だから。個人面談の順番決めたの私よ?」
「…………。ちょっと待って」
なんとかあかねの強い腕から抜け出る。
「知ってたの? 私が美咲の母親だって」
「知ってたよ。だから美咲さんの担任になったんだもん」
「………え?」
見上げようとして、やめた。真正面から顔をみられる自信がない。
「それどういう………」
「まず、二年生の担任になる希望出してそれが受理されたのね。そのあと5クラスのうちのどのクラスの担任になるかは先生たちで決めるから、それもうまいこと手を回して、無事に美咲さんのいるクラスをゲットいたしました♪」
語尾に音符マークがついている。
「いつから………知ってたの?」
「2か月前」
手振りで椅子をすすめられ、ストンと座る。その横にあかねも座る。
2か月まえということは………。
「3月の演劇部の公演、見にきてくれてたでしょ?」
「うん……」
「で、最後の顧問の挨拶の時にステージに立ったでしょ?私」
「うん。でも………」
あんな大人数の中から私を見つけたというの?
「すぐにわかったよ。綾さんの姿見たとき、心臓止まるかと思った」
「あかね……」
それは私も同じよ?
「それでね、隣に座ってる制服着た女の子が娘さんだろうと思って、学校戻ってから速攻で集合写真チェックしたの」
あかね。あいかわらずの整った顔。今年40歳になるとは思えない。
「あんな遠くからよく見えたわね……」
「私、視力2.0あるから」
あかねは得意げに笑った。
「それにしたって、よく分かったわよね。私のこと……」
「分かるよ~。綾さん、全然変わってないもん」
どこがよ。あなたとは違って、すっかりおばさんになってるっていうのに。
「……変わったわよ」
「変わってないよ。あ、眼鏡は変わったね。前の銀縁も良かったけど、今の縁無しも似合ってる……」
「そういう問題じゃなくて」
思わず手で制すると、あかねはふわりと笑って、
「綾さん。私は綾さんがどこにいても、どんな姿になっても見つけられる自信あるよ?」
「………」
すっと手を握られた。あかねの温かい手。
「……っ」
とっさに払いのけてしまった。
19年前は、白くて滑らかだった私の手。よくあかねが指先にキスしてくれた。
今の節ばった私の手……見られたくない。
ビックリしたような顔をしたあかね。
「ごめん。人妻に手出しちゃまずいね」
おどけたように両手をあげた。でもショックを受けていることが伝わってくる。
「……ごめん。そうじゃなくて……」
いや、そうなのか。というか……
「そういうあかねだって、人妻、でしょ?」
「私? 違うよ」
ケロリとあかねが言う。
「え? だって、名字が……」
「ああ、母が離婚したから、母の旧姓に戻っただけだよ」
「え?」
確かお母さんはあかねが中学の時に再婚したと言っていた。それがまた離婚したということ?
「今さら変えるの面倒だから、木村の名前で分籍しようかと思ったんだけど、母がどうしても自分の籍に入れって言ってね」
「そうなんだ……」
「私、結婚もしてないのに3回も名字変わってるんだよね~。はじめは篠原で、小学校あがるときに一之瀬になって、中学あがってから木村、それで大学卒業してからまた一之瀬」
「……」
「木村は画数少ないから気に入ってたんだけどね」
あかねはなんでもないことのように言うが、ここまで来るのには波乱があっただろう。
あかねはニコニコと言う。
「私が男と結婚なんてするわけないじゃなーい」
「そう……なの?」
「気にしてくれてたの? 綾さん。嬉しいな」
「…………」
口調まであいかわらずだ。19年前にタイムスリップしたよう。何も変わっていない。
ふっと息をつく。ようやく少し落ち着いてきた。
「あかねが教職課程取ってたのは知ってたけど、本当に先生になるなんて思いもしなかった。演劇の道にいくのかと思ってた」
「んー……母の離婚が決まって、安定した職につかないとって思ったところもあるんだけど、もう表舞台はいいかなーと思って」
「……」
お母さんとは確執があったのに……。
19年。19年で色々なことがあったのだろう。
「でもやっぱり先生になって正解。こうして綾さんと繋がりを持つことができた」
「…………」
どこまで本気なのか分からない。
「でも、こんな偶然……」
「偶然じゃないよ?」
あかねはニッコリと言う。
「5年くらい前かな……綾さんが日本に帰ってきてるって噂聞いたの。その時すぐに探して会いに行きたかったけど、追い返されたりしたら悲しいから、我慢我慢。と思って、綾さんと確実に繋がりを持てる方法を考えたの」
「え……」
「で、たぶん娘さんを母校に入学させるんじゃないかな? と思って、この学校にきたってわけです」
「え……」
この学校に、きた……?
「ここ名門だもんね。母と子、どころか、おばあちゃんから3代続いてこの女子校って子も多いでしょ?」
「そうだけど……、でも……」
「私、演劇部の顧問としては結構有名なのよ? 前の学校でもその前の学校でも全国大会に行かせてるし。その実績をこの学校へのアピール材料に使って、一昨年、無事にこちらで採用していただきました。娘さんの在学中に間に合って良かった」
ピースサインをするあかね。
「え……じゃ、本当に私のために……?」
「うん。もちろん。まあ、万が一、娘さんが入学してこなかったとしても、綾さんの卒アルとか見られたから、それだけでもこの学校にきた甲斐はあったけどね。中学生の綾さん可愛かった~」
「そんな……」
呆気にとられてしまう。
「なんでそこまで……」
「なんで?」
あかねが首をかしげる。
「なんでって決まってるじゃない?」
「え?」
「20年たったら確かめに行くっていったでしょ?私」
「………っ」
うそ…………
「あ、ごめん。まだ19年だった。あと一年待たなくちゃいけなかったか………」
「ちょ、ちょっと待って。そういう問題じゃなくて、本当に、そんな……」
確かに、別れる時に、あかねは言った。
住む場所も変えない。電話番号も変えない。いつでも私のところに帰ってきて。
それでも帰ってこなかったら、私の方から会いに行く。
20年後、綾さんが幸せかどうか、確かめに行く。
「会いにきたよ。綾さん」
「あかね……」
すっと手を取られる。今度は強く握られ離せない。
「綾さん……」
あかねの漆黒の瞳が真っ直ぐに見つめてくる。
「今、幸せ?」
「…………」
即答でうなずけない私……。あかねに気づかれてしまう……。
うつむいていたら、昔と同じように軽く指先にキスされ、パッと離された。
「じゃ、佐藤さん。個人面談、はじめましょうか?」
「…………」
あかねが机を挟んだ正面の席に移り、トン、と書類をそろえた。私もキスされた指をぎゅっと握りしめて座りなおす。
顔をあげたあかねは、もう先生の顔になっていた。
「佐藤さん……大変申し上げにくいことなんですが」
「はい」
ドキリとする。まるで別人だ。
「美咲さん、イジメに加担していると思われます」
「……………え」
その言葉に一気に現実に引き戻された。
美咲が………イジメ?
「一緒に対応を考えていきましょう」
一之瀬先生が、力強くうなずいた。
----------------------------------------------------------
あかね、ストーカーみたいで怖い……。
と、思わないでもない今日この頃……。
まあでも、あかねさん、19年間散々遊んでますからね。
でも、綾さんを上回る人には出会えなかった。
というか、あくまで綾さんが本命で、他は遊びと割り切って付き合っていた。
2か月前、綾さんを発見してからは、女関係全部清算して、今は綺麗な身です。
綾さんは今つらい状況に置かれています。
そんな話が次回に続く。また来週の月曜日。
でも、その前に。
どうもこの「~光彩」長くなりそうな予感がしてきた…
終わるまで我慢できないので、明日は慶と浩介の話を書こうかなあと思ったり。
R18のね…頭の中にとめておかれてニヤニヤがとまらなくて変な人になってるから今わたし。
吐き出そう吐き出そう…。