登場人物
渋谷慶…大学3年生。身長164cm。天使のような美貌。でも性格は男らしい。
桜井浩介…大学4年生。身長177cm。表・明るく、裏・病んでる。
二人は高校時代からの親友兼恋人(慶は浪人したのでまだ3年生)。
慶がここ最近ずっと、授業・勉強・部活・バイトが忙しくて、予定が合わず、浩介の精神状態が心配……な、1996年5月10日(金)のお話。
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<慶視点>
最近忙しくて浩介とまともに会えていない。昨年、浩介がPHSを買ったおかげで、一応ほぼ毎日電話はできてるのだけれども……。
(あー……しまったなあ……)
昨日電話した際に、今日こそは会いたいって言われていたのに、予想通りバイトの延長を頼まれてしまった。一年前からアルバイトをしているこのホテルのレストランは、シフトの時間をかなり自由に決めさせてもらえることと、時給がそこそこ良いところが気に入っているので、無下に断ることもできず……。
(浩介、さすがに怒るかなあ……)
もう3回目のキャンセルだ。おれだって浩介に会いたい。けれども、今のうちにバイトをしてある程度貯めておかなくては、学年が上がってバイトができなくなってからキツクなる、と部活の先輩方に散々脅されているのだ。
(わかってもらうしかないよなあ……)
普通のサラリーマン家庭のくせに、浪人して医学部に行かせてもらっているのだ。これ以上親を頼ることはできない。教科書代や部費や自分の小遣いくらいは自分で捻出しなくては……
20時から30分だけ休み時間をもらえたので、ホテルを抜け出して、外の公衆電話から電話をしてみると、
『慶っ』
「……早っ!」
かかった途端に取られて驚いてしまう。
(どんだけ電話待ってたんだよ……)
そう思うと心苦しい……。でも、言わないわけにはいかない。
「ごめん、バイト終わらなくて……」
『え』
浩介の驚いたような声。う……ホントごめん……。
「あの、明日の夜なら空いてるから、だから……」
『やだ。今日会いたい』
「え」
今度はこっちが驚いてしまう。いつもだったら「じゃあ、明日ね」と引き下がってくれるのに、やっぱりさすがに怒ったか、と思って焦る。
「あの、浩介」
『今日、1分でいいから会いたい』
「1分て」
『今日じゃないとダメなの』
「なんで?」
『………なんでも』
意味が分からない。でも、今日は23時半の閉店までいてほしいといわれている。終電に間に合わないので仮眠室で寝かせてもらって、早朝帰る予定だ。だから、どうあっても今日会うというのは無理……
「ごめんな。明日の朝、始発で帰って荷物取って、それから……」
『知ってる。明日は朝から部活なんでしょ?』
「うん……ごめん」
大学からは水泳部に入った。縦横の人間関係が広がり、色々な情報も入ってくる上に、泳ぐこともできるので一石二鳥三鳥となっている。ただ、平日の早朝練習とは別に、土日にも時々練習や試合が入ってくるため、デート(デート?)の時間が……
しばらくの沈黙のあと、浩介がポツン、と言った。
『慶……もしかして、おれに会いたくない?』
「は?」
何言ってんだ?
「んなことあるわけねえだろ」
『だって』
「……………」
いや、疑いたくなる気持ちは分かる。これだけキャンセルされたらおれだって……
「会いたいに決まってんだろ」
少しでもその気持ちを晴らしてやりたくて、強めに言い募る。
「会いたいよ。すっげー会いたい。お前の頭グチャグチャになるまで撫でまわしたい。お前の肩のとこにおでこグリグリ押しつけたい」
『慶』
「ぎゅーって抱きしめたい」
自分で言っていて、本当にそうしたくてたまらなくて切なくなってきた。なんでおれ、お前に会えないんだ?
「なあ、浩介……、お前は? おれに会いたい?」
『当たり前でしょ』
浩介のフワッとした笑顔が見えたような気がした。
『おれはね……今日、どうしても慶と握手がしたいの』
「握手?」
手を繋ぐ、じゃなくて、握手?
「なんで握手?」
「それは」
「え」
電話の声と肉声が重なって驚いて振り返る。電話ボックスの外に……
「浩介……」
「今日がはじまりの日、だからだよ?」
扉が開き、外の清々しい空気と一緒に浩介が立っていた。
<浩介視点>
PHSを買ったおかげで、慶と連絡が取れやすくなった。でも、その副産物として、母の干渉がさらに酷くなってしまった。
帰りが少し遅くなるだけで、何回も電話がかかってくる。やめてくれと何度言ってもやめてくれない。電源を切ってしまいたいけれど、慶からかかってくるかもしれないと思うとそれもできない。
だから慶に会えたら、すぐに電源を切ることにしている。慶に会うため以外にPHSに用はない。電源を切るとようやく少し自由になれた気がする。
「はじまりの日って?」
公園のベンチに並んで座った途端に慶が聞いてきた。大きいカバンを膝の上に置いて、その下でコッソリ手を繋ぐ。慶の温かい手が気持ちいい……。
その柔らかい感触を味わいながら、ニッコリと答える。
「6年前の今日が、高校入って初めて話した日、なんだよ?」
「え、そうなのか?」
キョトンとした慶。やっぱり当然、覚えていなかったようだ。
でも記憶を辿るように、うーんと唸ると、
「そういや連休明けくらいだったか……。あ、それで握手、な!」
「うん」
それは覚えていてくれたらしい。慶と初めて話した時、つい握手を求めてしまったのだ。懐かしい高校一年生……。
慶も懐かしそうに目を細め、
「そうか。6年前か……、って、あれ?」
首をかしげておれを見上げた。
「お前、なんで去年も一昨年もその前も言わなかったんだ? 今年初めて気がついたのか?」
「あ………ううん」
まずい、と一瞬戸惑ったけれども、すぐにポーカーフェイスで答える。
「そういうこと言うの、鬱陶しいかなあと思って今まで言わなかっただけ」
「別に鬱陶しかねえよ」
「そう? じゃあこれからは毎年言おうかな」
慶の手をニギニギとすると、慶も少し笑ってきゅっと力を入れてくれた。
(………嘘ばっかり上手くなるな)
ニギニギしながらも、心の中に黒いものが広がっていく。
本当は、高3の時から5月10日だということは分かっていた。ただ、それと同時に気がついてしまったのだ。
一周年記念であるはずの、高校2年生の5月10日。おれは女子バスケ部の美幸さんに惹かれはじめたばかりで彼女のことで頭がいっぱいで、その日が一周年だということをすっかり忘れていたのだ。
(不覚だ……当時のおれのバカ……)
慶に一周年の時のことを思い出させたくなくて、言うに言えてなかった。
(でも、ようやくこれからは毎年言える)
さすがにもう高2の時のことを思い出すことはないだろう、と思って言ってみたら案の定だ。慶はおれの嘘を疑いもせず信じてくれた。ホッとしたような、後ろ暗いような複雑な気持ちになる。でも、それでも記念日を祝いたかった。慶との良い思い出は何度でもお祝いしたい。でも……もう、時間だ。
「慶、そろそろ戻らないとじゃない?」
「あー……」
行きたくなさそうに唸りながら、おれの肩におでこを押しつけてきた慶。
「慶……」
愛しい……。心の中の黒いものが少しずつ晴れていく。
ひとしきりグリグリとすると、慶はすっくと立ち上がった。
「明日は、もう少しゆっくり会えるから」
「うん」
「ごめんな」
そして、おれの髪をぐちゃぐちゃぐちゃとかきまぜてから、きゅっと頭をかき抱いてくれた。
ああ……おれは愛されている。
「じゃ」
「うん」
おれも立ち上がり、慶に向かって手を差し出す。
「よろしくお願いします」
「……うん」
慶が笑いながら手を出してきてくれたので、その手を両手で強く握りしめる。ギュウギュウギュウと握りしめる。
6年前の今日、こうしておれ達は始まった。
6年前と違うのは、慶もギュウッと握り返してくれること。
そんなことを思っていたら、慶がニッといたずらそうな笑顔を浮かべた。
「浩介」
「え? わっ」
いきなり引っ張られて前のめりになる……と。
(……慶)
ほんの一瞬だけ、唇を重ねられた。心臓がキュッと締めつけられる……
「6年前はまさかこんなことするようになるとは思いもしなかったな」
「……うん」
本当に。おれはあの日、憧れの『渋谷慶』と出会えたということだけで胸がいっぱいだった。
おれの感慨をよそに、慶は引き続きいたずらそうな笑顔のまま言った。
「明日はもっとすごいことしような?」
「…………」
………。
憧れの『渋谷慶』からそんなこと言われるとは、6年前は夢にも思わなかったな……。
意識を飛ばしていたため反応できずにいたら、慶が眉を寄せて、軽く蹴ってきた。
「なんだよ? したくねえのかよ?」
「………まさか」
尖らせた慶の可愛い唇に、そっと唇をよせる。
「すごいこと、を妄想してたとこ」
「なんだそりゃ」
慶が笑いながら胸のあたりに拳を押しつけてくる。
「じゃあ、明日はその妄想を現実にしような?」
「え、ホントに!? ホントに現実にしていいの?」
「え?」
言うと、慶が途端に心配そうな顔になった。
「お前……何考えてた?」
「それは……とても口では言えない」
「…………」
慶はこめかみのあたりをグリグリと押さえながら、一歩一歩と後ろ向きに歩きだし、10歩離れたところで顔を上げた。
「じゃ、明日な」
「ん」
「今日終わったら電話してもいいか?」
「もちろん!」
「じゃ、あとで」
そして、颯爽と走っていってしまった。相当照れたようだ。
「慶……」
その後ろ姿を見送りながら強く強く思う。
来年も再来年も、こうして一緒にいたい。「はじまりの日」を一緒に過ごしたい。
慶の手の温かさを思い出しながら、両手をギュッと胸の前で握りしめた。
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お読みくださりありがとうございました!
今からちょうど20年前のお話。今まであまり書けていなかった、大学時代の慶の生活をのぞいてみました。
更新していないのにも関わらず、見に来てくださった方、クリックしてくださった方!! 本当に本当にありがとうございます!
昨日、出先で数時間時間が空いたため、スマホで書いてみました。
私の性格の問題点でもあるのですが、中途半端だとモヤモヤするので、できないならできない!やるならやる!と0か10かハッキリさせたくて……
それで休止宣言したのですが、頭の中では色々な時代の二人の話がグルグル回っていてどうしてくれようって感じなのです。
でも、今、再開したら、絶対に中途半端になるし……と迷いましたが……
こうして見に来てくださる方、クリックまでしてくださる方がいてくださる、ということに背中を押していただきまして、決めました。
今後は、外出した際の空き時間にスマホで書いて、書き終わったら更新させていただこう、と。
そんな感じなので、読み切りばかりの超不定期更新になってしまいますが、生活が落ちついてパソコンの前に座れるようになるまではそんな感じで……
ご期待に添えるお話が出てくるかどうかはあいかわらず自信がないのですが、今までと変わらず、勝手に再生されてくる二人の物語を、ひたすら書き写して行きたいと思っております。
あらためまして。どうぞよろしくお願いいたします!
そしてこの場をお借りして……。
更新していないのにもかかわらず見に来てくださった方、クリックまでしてくださった方、
読切やら、「あいじょうのかたち」等の長編やら、BLじゃないお話まで読んでくださった方……
ありがとうございます、では、この感謝の気持ちがいい尽くせなくてもどかしいのですが、他に思いつかないので言わせていただきます。
本当に本当に本当にありがとうございます!よろしければ今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
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