「私が好きなのは、泉だから!」
そう、寺ちゃんが叫んだ。
真剣な愛の告白。予想もしていなかった。寺ちゃんが泉を好きだなんて……
でも、その後の泉の言動も、予想外のものだった。
彼氏である諒の目の前であるにも関わらず、
「え?!オレ?!マジで?!」と、目を輝かせ、
「うわ!嬉しい!マジで嬉しい!」と、大喜びしたのだ。
その時の、諒の顔面蒼白っぷりといったら、それはそれは本当に気の毒で……
そんな彼氏の様子にも気がつかないように、泉はニッコニコで寺ちゃんに笑いかけ、
「全然気が付かなかった! つか、小野寺、オレのこと『お邪魔虫』とか言ってたし、むしろ嫌われてると思ってた!」
「だって、それは……っ」
寺ちゃんは引き続き真っ赤になりながら、
「もちろん侑奈と諒君のこと思って言ったけど、でも、それで泉が侑奈と一緒にいること少なくなってくれるかなっていうのもあって……」
「あ!なるほど!そっかそっか!」
いやー嬉しいなー女子に告白されたのなんてオレ初めて!マジ嬉しい!嬉しい!
泉はそう散々「嬉しい」を連呼してはしゃいでいたけれど、
「じゃ、泉……」
と、寺ちゃんが期待を込めた目で泉を見返した瞬間、
「でも、ゴメン!」
ペコンッと思いきり頭をさげた。
***
「……で、あの馬鹿、なんて言ったの?」
「それがねえ……」
ここは泉のおうちが経営している和菓子屋さん。奥の休憩スペースで泉のお兄ちゃんとお茶を飲みながら、昨日起きた珍事(?)を報告している。
「泉、にこにこで『オレは、小一の時からずっと諒のことが好きで、やっと両想いになれたんだよ!』って」
「へえ、カミングアウトしたんだ?」
「うん……その上……」
泉は引き続き明るく宣言したのだ。
『他の奴が入りこむ隙間は1ミリもない!』と。
「うわ、それ、笑顔で言うのが優真らしい……」
「でしょー?」
あの時の諒の感動したような顔。可愛かった。
寺ちゃんは「そんな冗談で誤魔化そうとしなくてもいいじゃんっ」ってムッとして、
「だいたい、泉はずっと侑奈のこと好きって言ってた……」
「ごめん、それ嘘」
あっさりと否定する泉。ちょっと複雑。カチンとくる。乙女心は複雑なんだよ?
でも泉はニコニコと続ける。
「侑奈のことはもちろん好きだけど、それは友達として。侑奈はおれの救いの女神。親友」
「なにそれ」
女神とか親友とか持ちあげようとしてるけど、女としては下げられてる。
泉は私に向かって拝むように手を合わせると、
「侑奈には感謝してるんだよ。オレのこと何度も救ってくれたし、諒と両想いになれたのも侑奈のおかげだし」
「……あー、まあね」
うなずくと、寺ちゃんが「ホントにホントなの?」と食いついてきた。なので私も正直に、
「本当だよ。だから私も失恋したんだって」
諒を泉に取られたんだよ。
そういうと、寺ちゃんはしばらく目をぱちくりさせたあと、
「そっかあ……仲間じゃん私たち」
ふふ、と小さく笑った。
そこまで話すと、お兄ちゃんは「ふーん」とうなずいて、
「それにしても……優真ってそんなにモテないんだ? 今まで一回も告白されたことないなんて」
「うーん、そのことなんだけど……」
そのツッコミに、頬に手を当て考える。
「思い返してみると……小学校の時も中学校の時も、泉のこと好きって言ってた子、いないこともなかったんだよね……」
「でも、告白はされなかった、と」
「うん、というか……」
泉のことが好き、と水面化で噂が出た子は、その後、ことごとく諒に心変わりをしていったのだ。
そのことを言うと、お兄ちゃんは目を見開いた。
「え。それ、もしかして、諒君は優真を好きになった子にわざと近づいて……」
「うん。わざと近づいて、自分のことを好きにさせてたんじゃないかなあ……」
当時から、諒の色気は半端なくて、あの綺麗な顔にニコッとされた女子はみんな諒のファンになってしまっていたのだ。
まあ、私もそれに引っかかったクチなわけだけど……
「諒ってフワフワしてるくせに、実はすごい腹黒だよね」
「まあ本人がどこまで意識してやっていたかは分からないけどね」
苦笑気味にお兄ちゃんは言うと、お茶のおかわりを入れてくれた。
「侑奈ちゃん、本当に何も食べない?」
「うん。昨日のケーキがまだお腹に残ってる感じがして」
昨日はその後、寺ちゃんと一緒に「やけ食いだ!」と私達を振った男二人の前で、ケーキを死ぬほど食べたのだ。もちろん二人のおごりで。
今までも寺ちゃんとは気があって色々笑って話してきたけど、昨日ほどお腹の底から笑ったのは初めてのような気がする。
「と、いうことで。今日の報告は以上です」
「はい。ありがとうございました」
お兄ちゃんに深々と頭を下げられ、笑ってしまう。
泉と諒が付き合っていることを知ったお兄ちゃんに「心配だから時々様子を教えてくれる?」と頼まれてから早3ヶ月。こうして時々お店に寄ってお喋りをしている。
私たちより5歳年上のお兄ちゃんは、昔から大人っぽくて、今も変わらず大人。あのガキっぽいサルみたいな泉と兄弟だなんてとても思えない。
「じゃあ、オレそろそろ戻るね」
「うん。見ててもいい?」
「明日の仕込みだから面白くないよ?」
「いいのいいの」
親子三代ならんで作業をしている姿は、見ていて心打たれるものがある。
お兄ちゃんは私と出会った時にはもう、この和菓子屋の跡を継ぐことを決めていた。
私は今だに自分の将来のことなんて考えられないのに……
「……あ、ライトだ」
ポケットの振動に気が付いて携帯を見ると、ヤマダライトからメールが入っていた。
ライトは母親が日本人、父親がケニア人のハーフだ。
お母さんが再婚したため、先月から再婚相手の「日村さん」のおうちに住んでいる。
本当は一人暮らしを続けるはずだったのに、ご飯を食べにいったり遊びにいったりしているうちに、なし崩し的に一緒に住みはじめたらしい。
「町内会の運動会に出てほしいから、住民票移せって言われてさー。なんかメチャクチャだよ、ここの人たち」
そういいつつも、ライトは嬉しそうだった。先月の運動会では持ち前の俊足を活かして色々な競技で活躍しまくり、無事に所属する4丁目チームを優勝に導いたそうだ。
「2月にバレーボール大会があるからそれまでに練習しとけって言われてんだよね~」
そんなことをいうほど、すっかり町に馴染んでいる。だったらいっそのこと「日村」になればいいのに、ライトは母親の旧姓「山田」を名乗り続けている。
「だって、日村ライトだと、お日様にライトって、どんだけ明るいんだ!って感じがして嫌なんだもーん」
そう、ふざけたように言っていたけれど、本当は、お金持ちの日村さんの遺産相続の件で揉めるのが嫌で養子にはならない、というのが本音のようだ。お母さんに迷惑かけたくないんだろう……
そして………
今来たメールには、いつもふざけてばかりのライトとはかけ離れた、真面目な文章が書かれていた。
『父親に会いに行こうと思う』
その一文からはじまったメール……
前から会いたいと言われていたのに行かなかったのは、行ったらますます日本人じゃなくなりそうでこわかったから。
でも、ユーナちゃんたちとか、家族とか、「外人」って言わないでくれる人がいてくれるから、だからもう大丈夫な気がする。
母さんに言われた。オレの「ライト」は「光」ではなくて「正しい」の「ライト」なんだって。「自分の正しいと思う道に進め」って意味で父親が付けたんだって。
だから、行ってくる。自分探し、してくる。
本当はオレ、日本人じゃない、もう一つのオレの体に流れる血の国のことも知りたかったんだ。
「…………ライト」
最後まで読んで、ため息がでてしまった。
前を向いて歩きだしたライト……
「かっこいいじゃん」
自分の気持ちに正直になる勇気。私にも持てるだろうか……。
「あっれー?ユーナ、何やってんだ?」
「今日ボランティア教室じゃなかったの?」
思考を破る元気な声と優しい声。お店の方から入ってきたのは、私の親友二人。段ボールをそれぞれ一つずつ持っている。
「うん。早く終わったから帰りにちょっと寄ったんだよ。二人は?どうしたの?」
「うちの方に間違えて届いた荷物、店に持ってけって母ちゃんに頼まれた」
泉が「兄ちゃーん」と言うと、作業の手を止めてお兄ちゃんが顔を出した。
「ああ、ごめん。オレが配達先の指定間違ったんだ」
「お詫びに富士急連れてってー」
「またその話か……」
お兄ちゃんは車の免許を持っているので、泉は遊園地に連れて行ってくれと昨日から頼んでいるらしい。
お兄ちゃんは、うーんと唸ったあげく、
「んーじゃあ、侑奈ちゃんも一緒なら」
「え」
突然の名指しにキョトンとする。
「私?」
「こいつら二人とオレだけ、は絶対嫌だから」
「……確かに」
笑ってしまう。
「じゃあ、行こうかなー。絶叫コースターのって叫ぼうかなー」
「やった! じゃあ、決定!」
泉と諒がパンと手を合わせて喜びあう。そんな無邪気な二人の姿に自然と笑みがこぼれてしまう。
ずっとずっと想いを隠しあっていた二人。嘘の皮を脱ぎ捨てて、今、とても幸せそう。
私にも、いつか、こんな風に微笑みあえる人が現れてくれるかな……。
でも……
「ユーナ」
「侑奈」
私のことを呼んでくれる親友二人に笑い返す。
その日が来るまで……、ううん。その日が来ても。二人と一緒にいさせてね?
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お読みくださりありがとうございました!
すみません!遅刻です!
侑奈視点最終回でした。
侑奈ちゃんには、お兄ちゃんみたいな、優しくて包容力のある大人の男が似合うと思うのですけど!
そして、ライト君。前にも書いたかもなのですが、彼の存在が、1年後の浩介の決断(日本を離れる)に繋がっていくわけです。
続きは明後日、どうぞよろしくお願いいたします!
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