<登場人物・あらすじ>
渋谷慶……小児科医。身長164センチ。中性的で美しい容姿。でも性格は男らしい。
桜井浩介……フリースクール教師。身長177センチ。慶の親友兼恋人。
高校2年生のクリスマスイブ前日から、親友兼恋人となった慶と浩介。
それから、紆余曲折ありつつも、揺るぎない愛を貫いて約25年。
現在、ラブラブ同棲中。友人や職場にもカミングアウト済み。浩介の両親との長年の確執も解消しつつあり、いまだかつてないほどの幸せの絶頂にいる………はずなのに?
2017年2月現在のお話。浩介視点でお送りします。
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『風のゆくえには~秘密のショコラ』
最近、慶の様子がおかしい。
おれに隠れて携帯をいじっていることが多い。
「何してるの?」
聞くと、慌てて画面を閉じて「いや、別に」とか「ちょっと調べ物」とか……
決定的におかしい、と思ったのは日曜日の朝。
マンションのエントランスで、バッタリと出くわした小柄で綺麗な女の人に、
「あ、渋谷さん。こんにちは」
と、にっこりと挨拶されたんだけど、慶は明らかに動揺して「あ、ああ、どうもっ」とか言いながら、さっさとエントランスから出て行ってしまい……
「………慶?」
「なんだ」
慶は話しかけられたくないように先をスタスタと歩いていて……
「さっきの人、誰?」
「誰って、中村さん。同じマンションだろ」
「そうだっけ……」
中村……聞いたことあるようなないような……。慶は社交的なのですぐにあちこちに知り合いができる人ではあるけれど……
「なんで慌ててるの?」
「別に慌ててねえよ」
「…………」
あやしい。あやしい。絶対あやしい……。
その日も隠れてメール打ってたっぽくて……
(浮気? ………まさかなあ)
そう思いつつも、否定しきれない自分がいる。
愛されている自信はある。愛で包んでいる自信もある。
でも、どうしても、おれが慶に与えられないものがある。
それは……結婚。そして、子供。
一年以上前、慶に子供が欲しいか聞いた時には「欲しいと思ったことはない」と即答してくれた。
でも、ここ最近、訳あって同級生の小学生の息子と過ごすことがあって……先日も言っていたのだ。「子供ってやっぱり可愛いよな」と……。
(子供……欲しくなったとか)
同性のカップルでも子供を持つことはできる。でも、おれはやはり、子供を持つことはどうしても考えられないのだ。両親とは和解できた、とはいえ、体に染みついている親子関係に対する恐怖心を完全に払拭することはできなくて……
(もし、慶が子供を欲しいと思ってるのなら……)
おれはどうしたらいいんだろう……
翌月曜日も、慶はコソコソとメールのやりとりをしていた。なんとなく、あのエントランスで会った人なんじゃないだろうか、と思ってしまって……
(慶……ごめん)
慶がお風呂に入っている間に、慶の携帯に手を伸ばした。こんな風に疑って携帯を盗み見るなんて初めてのことだ。
震える手を何とか落ち着かせながら、操作をして……
(ああ………)
激しく後悔した。「恋人の携帯を勝手に見ても、良い事なんて一つもない」というのは本当だ。
「慶………」
体中の力が抜ける……
慶の携帯に映し出されたメールには……
『それでは明日、11時にお待ちしています。302号室です。お間違えありませんように!』
送信者名は『中村優花』。あのエントランスであった美人も『中村』さん……
「明日……明日って……」
火曜日。慶は休みだ。そして、明日は……バレンタインだ。
***
火曜日の朝、普通の顔をしていたつもりだったけど、やはり不自然だったらしい。慶は「具合悪いのか?」と心配してくれた。
「大丈夫。ありがとう……」
おれが学校を休んだら、『中村優花』のところには行かないでくれるのだろうか……とも一瞬思ったけれど、この一回を止めたところで、その先がなくなるという保証はどこにもない……
「慶は今日の予定は……?」
「ああ……」
慶はふいっとおれから目線を外すと、
「日中ちょっと出かけるけど、お前が帰ってくるまでには帰ってくる」
「…………」
やっぱり、言ってくれないんだ……
やっぱり、言えない相手なんだ……
もし、なんでもなかったら……例えば、男手の必要な……テレビの配線を繋げるのを頼まれた、とかそういうことなら、普通に言えるはずだ。隠すということは、何かあるということで………
正直に、携帯を見たと言って問いただせばいいのかもしれない。でも、そんなことを言って、信頼を失うのも怖い……
結局、何も言えないまま出勤した。でも、相当顔色が悪かったらしく、一時間目が終わった時点で「帰りなさい」と校長にまで言われてしまい、帰宅させてもらうことになった。情けないというかなんというか……
そして……
(タイミング良いんだか悪いんだか……)
マンションの下の公園についたのがちょうど11時少し前。今帰って、出かける慶と鉢合わせになるのが怖くて、立ち止まってしまった。
(302号室……)
あそこらへんだろうか……、と、薄暗い気持ちでマンションを見上げて、何分くらいたっただろう………
「!!」
息を飲んで、咄嗟に木の後ろに隠れた。
慶と『中村優花』がベランダに出てきたのだ。
小柄で美人な彼女は、慶ともお似合いで……そうして並んで立っていると、二人はまるで夫婦のようだ。
(本当に……本当に)
失ってしまうのだろうか……
おれは、この愛しい人を、失ってしまうのか……
(……嫌だ)
嫌だ。慶……慶、慶。お願いだから……
黒く深い嫉妬心が体の隅々まで広がっていく。苦しい……苦しい、苦しい……
胸を押さえ、しゃがみこみ、何とか冷静になろうと、何度も何度も深呼吸をしていたのだけれども……
ふいに、頭の中に響いてきた声にハッとした。
『嫉妬に怒り狂った恋する男の顔をしてる』
高校2年の時に、写真部の先輩に言われたセリフ……
(変わってないな……おれ)
あの時も、慶の隣に立っている真理子ちゃんに嫉妬して………それで、慶への気持ちが『恋』だと気がついた。
(ああ……あれから四半世紀たつっていうのに……)
いまだに、おれは慶に『恋』をしている……
すとん……と何かが体の中に落ちてきたような感覚がきた。
おれは少しも変わらない。……いや、あの頃よりも、もっと深く、あなたを愛している。
『愛してる……』
耳元で囁いてくれた慶の声……
一緒に過ごした年月を想って、左薬指にはめたお揃いのリングを撫でる。
おれは、この恋も愛も、永遠に続くと信じている。
***
それからすぐに、302号室に向かった。
四半世紀たった今、おれはもう、何も知らない高校生でもないし、逃げてばかりだった20代でもない。
(きっと、何か理由があるはず)
もし……もしも、慶の心が揺らいで、彼女に向きそうになっているというのなら……
(思い出してもらおう)
今まで過ごしてきたたくさんの時間を。想いを。おれの愛を………
緊張しながらインターフォンを鳴らす。当たり前だけど、うちと同じ音……
ドドドド……と心臓の音が耳にうるさいほど響いている中………
『どうぞー? 開いてるから入ってきてー?』
………………は?
スピーカーから聞こえてきた女性の涼やかな声に、耳を疑う。
開いてるから入ってきて……?
「??? 何で???」
分からないまま、ドアを開ける。あ、ホントに鍵かかってない……
「…………わ」
思わず声が出てしまった。
窓から差し込む明るい光………玄関にまで漂ってくる甘ったるい香り……
「早かったね~、カホちゃん。車停め……、あれ?」
言いながら奥から出てきたのは、エプロン姿の『中村優花』さんで………
「渋谷さんの彼氏さん!」
おれを見るなり、彼女は「わあ!」と嬉しそうに笑って手を打ち、「え、え?」と、戸惑っているおれをほったらかしにして、奥の部屋に戻りながら叫んだ。
「渋谷さーん! 彼氏さんいらっしゃいましたよー?」
「え?!」
そして、奥の部屋から、眩しい光を背に現れたのは……エプロン姿の慶。
「わっ!何でお前……っ、あ!お前も貼り紙見たのかー!」
「え」
貼り紙?
「バカだな、予約制って書いてあったのに、突然来ても材料ねえぞっ」
「え……」
予約制?? 材料??
「あ、それに、エプロン! 悪い、おれ、お前のやつ勝手に持ってきちゃったから無かっただろ!」
「???」
エ、エプロン???
ま、まったく話が読めない……
と、そこへ、急に玄関が開いた。
「遅くなってごめんなさーい!」
明るい女性の声に、奥に引っ込んでいた中村さんも「カホちゃん!良かったー」とパタパタと戻ってきた。
「車大丈夫だった?」
「言った通り、あのトラックすぐいなくなったから、あそこに停められたよー」
「あ、良かった! 渋谷さん、ありがとうございました」
「やっぱり待ってて正解でしたね」
慶までも、うんうん、と肯いていて……。な、なんなんだ……
「って、えと?」
カホちゃん、とやらが、おれに向かって首を傾げた。
「もしかして、付き添いですか?」
「あ、すみません、こいつ、予約してないのに来ちゃって……」
だ、だから、予約って、なに? 付き添いって……
「いえいえ、予備の分ありますから大丈夫ですよ? 彼氏さんもどうぞ?」
「えと……」
予備? 中村さんの謎の言葉に首を傾げたところで、慶にバンッと腕を叩かれた。
「いいって言ってくれてるんだからお言葉に甘えようぜ?」
「う……うん」
慶に促され、なんだかよく分からないまま、中に入っていくと、そこにはあと3人、エプロン姿の女性がいて……
「はい。お待たせいたしました! これで全員揃いましたのではじめさせていただきます」
中村さんが、ぱんっと手を合わせて宣言した。
「今日皆さんで作るのは『フォンダンショコラ』です。難しそうにみえて、案外と簡単にできますのでご安心ください」
フォンダンショコラ……、中身がトロッと出てくるチョコレートのお菓子だ……
「浩介」
コソッと慶がおれにささやいてきた。
「荷物そこの和室に置いて、手、洗ってこい」
「あ……うん」
言われるまま手を洗いに行き……冷たい水で手を濡らしていくうちに、ようやく頭の整理がついてきた。
ここは料理教室で、今日のメニューは『フォンダンショコラ』で、今日はバレンタインデーで。慶はおれに内緒で手作りのチョコをプレゼントしようとしてくれてたってこと……?
(あ……中村さんって……)
思い出した。時々、エントランスの掲示板に張ってある料理教室のチラシ。その名前が「中村」だった。だから、なんとなく聞いたことあるような気がしてたんだ。慶がコソコソとメールしていたのは、このチラシを見て予約を入れていたってことだろう……。
そしてたぶん、さっきベランダに二人で出ていたのは、カホちゃんとやらが「来客者用駐車場がいっぱいで車が停められない」とか連絡してきて、それをベランダから確認した慶が、今停まっているトラックはすぐいなくなるからそのまま待て、と指示した、ということだ。
(おれ、バカ……バカ過ぎる……)
考えてみればすべて辻褄があう。一時でも慶を疑った自分が情けない。そして、あらためて、慶はやっぱりおれのことだけを想ってくれてるってことが叫びだしたいくらい嬉しい……
戻るともう作業が始まっていた。2人組で作るということで、当然、おれと慶は一緒のチームだった。
「お前、仕事は? 早退?」
「うん」
「バレンタインだから早退ってどんだけだよ」
「うん。ホントだね」
嬉しすぎて顔が締まらない。バレンタインに一緒にチョコのお菓子を作れるなんて……
「お二人は、お付き合いされてどのくらいなんですかー?」
隣で作業している女性が普通のことのように聞いてきた。さっきも、中村さんはおれのことを「彼氏さん」と言っていたし、どうやらここにいるメンバーにはカミングアウト済みのようだ。でも、誰も奇異の目で見ないでくれているのが嬉しい。
「えーと、25年……」
「え?! 小学生から付き合ってんの?」
「えええっ、いえいえいえ、高校2年からで……」
「うそ、じゃあ、今……42歳?」
「わ!見えない! 二人とも若ーい!」
女性陣は手と口が同時に動くから感心する。
「じゃあ、25回目のバレンタイン?」
「いえ、26回……」
「おれにとっては27回目!」
慶がなぜか勝ち誇ったように言うと、当然、女性陣がその言葉に食いついてきた。
「え、渋谷さんにとってはって?」
「片想いしてたってこと?」
「そうそう」
わーとか、きゃーとか、みんな楽しそうだ……
「あー、こんな量のバター、太りそ~」
「その分、運動しないと」
慶は女性陣の声に少し笑いながら、刻んだチョコとバターを混ぜている。
「お子さんいらっしゃるおうちは、リキュール無しでもいいですよ」
さっきまでママ友トークに花を咲かせていた中村さんが、パッと先生の顔に戻って言った。
「お好みで少々多めでも」
「………どうする?」
首をかしげて聞いてくれる慶が、愛しくて、愛しくてたまらない。
「慶にまかせる」
「んー……」
じゃあ、分量よりちょっと多め。と言って、大さじ1を溢れさせながらボウルに入れた慶。溢れたリキュールが、溢れた愛情のようで嬉しい。お酒とチョコとバターの匂いで、お腹も胸も一杯になってくる。
「あーこれだけでもう旨そう……」
「楽しみだね」
目がキラキラしてる慶。ああ……なんて幸せなバレンタインだろう。
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お読みくださりありがとうございました!
更新していない間も、ランキングにクリックしてくださった方、本当にありがとうございます!!読みに来てくださった方もありがとうございます。
感謝の気持ちをこめて~~の、今年の!バレンタインネタでございます。
3月1日に再開と書いてたんですけど、バレンタインネタを3月にアップするのも……と思いましてアップさせていただきました。
前回、2002年の20代の暗~い浩介先生で終わってたのですが、今回は2017年2月(今現在)の40代のちょっと前向きな浩介先生です。
ちなみに細かい設定ですが、中村さんは慶たちと同じ歳。子供が4人います。今回の参加者は、みんな中村さんのママ友達でした。午後からもう一回教室があって、そちらにはマンションのおば様方とか近所の方とかが参加されてます。……ってどうでもいいですね^^;
後編は早ければ明日、遅くとも明後日には更新させていただこうと思っております。(←追記。やっぱり明日は無理そうなので明後日更新したいと思いますっっ)
後編……めっちゃ真面目な話になりそうなんですけど……あ、いや、いつも真面目な話ばかりでm(__)m
よろしければ、続きも宜しくお願いいたします!
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