【溝部視点】
2017年2月18日(土)
バレンタイン前日に、
『明日の夜、チョコレート取りに行くから』
と、鈴木にLINEしたところ、
『そんなものはございません』
と、速攻で返事がきた。なので、速攻で、
『じゃあ、明日までに用意しといて』
と、返したところ、
『バカじゃないの?』
と、返事がきて、それから既読がつかなくなった。
でも、既読をつけないでも読むことはできる。読んでるに違いない。そう思って、
『鈴木さんのチョコ欲しいなー』
『ホワイトデー、リクエストにこたえるぞー?』
『陽太にあげるチョコのおこぼれでいいから!』
スタンプ込みで山のようにメッセージを送りつけてやったら、電話がかかってきた。
『ほんとにウザいんだけど!』
おー、怒ってる怒ってる……
「まあそう言うな。明日……」
『仕事で泊まり! バレンタインの取材!』
「お。そうなのか?」
おお。仕事頑張ってるんだな。良かった良かった。
『今、準備で忙しいんだから、変なライン送ってこないで!』
「悪い悪い。じゃ、落ち着いたら連絡くれ」
で、切ろうとしたら、
『溝部!』
慌てたように呼び止められた。
「なんだ?」
『あの………土曜日の夕方、空いてる?』
「おお!?デートのお誘いか!?」
やったー!とテンションあがったけれど、『んなわけないでしょ』と速攻で否定された。
『三脚、預かったままだから』
「おお。取りにいく。取りにいく。ビデオもそれまでに仕上げとく」
『…………ありがと』
ムッとした口をしながら言ったのがわかる。昔から変わらない。
「だからお礼はチョコで~~~」
『ウルサイ』
ピッと無情に通話は切られた。
…………。
「………。ホント、つれない女だ……」
切られた電話をみながらつぶやいてしまう。
「………でもたぶん」
ふ、ふ、ふ……と笑いが止まらない。
チョコの用意、してくれる気がする。「取材先のお土産」とか言って、ムスッとした顔をして渡してくれるんじゃないだろうか。そんな鈴木の様子が想像できて楽しくなってくる。
ということで、バレンタイン当日は、昨年同様、渋谷と桜井の家に邪魔をしにいって(今年はさすがに新婚の山崎は誘えなかった……)、その後は二分の一成人式のビデオの編集の仕上げに精を出して、約束の土曜日の夕方を迎えた。
の、だけれども………
『ごめん。急用ができた。陽太に頼んでおいたから三脚受け取って』
そんな本当につれないラインが約束の時間直前に入ってきてしまい……
「母ちゃんの急用って何?」
「さあ?」
野球の練習帰りの陽太にちょうど会えたので、ユニフォーム姿のままの陽太を連れて川べりに行った。何でも、庭で素振りをすると2階の叔母さんに怒られるらしい。
「そういえばさー、お母さん、溝部の分のチョコも買ってきてたよ」
「マジかっ。やっぱりなー」
予想通りだ。素直じゃないなー。そこが面白くていいんだけど。
陽太は「うーん」と唸りながら言葉を続けた。
「だから、お母さん、溝部のこと、嫌いじゃないとは思うんだけど……」
「嫌いじゃないってなんだよ。好き、じゃないのかよ」
「うん。昨日聞いたら、好きじゃないって言ってた」
「………………う」
地味に傷つくんですけど、それ……
ガーンって顔をしていたら、陽太が、慌てたように手を振った。
「でもでも、一緒にいると楽しいって言ってたぞ」
「…………そうか」
またそれか。また、良い友達パターンか………
ゴーンと落ち込みながら土手の階段に座ると、陽太がその横にちょこんと座ってきた。
「でもさ、オレはお母さんと溝部が結婚すればいいと思ってるんだよ。クラスの友達もみんなそう言ってる」
「………………」
陽太は自分のことを「オレ」という。オにアクセントをつけて「オレ」。こないだ小学校に行って知ったけれど、男の子は「オレ」(オにアクセント)、女の子は「ウチ」(ウにアクセント)という子が多かった。その「オレ」「ウチ」という子達が、二分の一成人式の直後、陽太を取り囲んで、何かわあわあきゃあきゃあ騒いでいたけれど………
「もしかして、こないた体育館から叫んだのって、そのクラスの友達たちに言われたからか?」
陽太は式の後、「お母さんと結婚しろー!」とオレに向かって叫んでくれたのだ。あの時の鈴木の顔面蒼白っぷりは見物だった……
「うん。ハルカがさ……、ハルカって分かる?」
「おお。お前のクラスで一番かわいい子だろ?」
「…………。まあ、そうだけど」
ちょっと赤くなった陽太。陽太の美意識は正しい。オレもあのクラスだったら確実にハルカ狙いだ。
「で? そのハルカちゃんが?」
「ハルカのママが、今、お母さんと一緒に役員やっててさ……、それで、お母さんが、ライターの仕事やめるかもって話してたって……」
「…………」
どこからバレるか分かんないな……
「そしたらさ、ハルカのママが、お金持ちと結婚すればいいって言ったんだって。そしたらライター続けられるって」
「ほー」
それはナイスな提案だ。
「それで、溝部は大きい車持ってるし、金持ちに違いないって、ショウヘイと言ってて」
「ショウヘイって、セカンドの?」
「そうそう」
野球チームの一員だ。そういえば、こないだ一緒に叫んでた男子の中にいたな……
「それにさあ……」
陽太は少し言いにくそうに頬をかくと、
「オレ、溝部と一緒にいるときのお母さん、結構気に入ってんだよね……」
「オレと一緒にいるとき?」
はて?と聞くと、陽太は苦笑気味にうなずいた。
「溝部といると、お母さんいつもより元気なんだよ」
「え? いつもああじゃないのか?」
オレの中の鈴木といったら、いつもあんな感じだけど……
「全然。いつもはもっとおとなしい」
「へー……」
「千葉にいた頃なんかさ…………」
陽太は言いかけ………「まあ、いいか」と立ち上がった。
「だから頑張ってお母さんに好きになってもらって、結婚してくれ」
「そう言われても……」
そうしたいのはヤマヤマなんですが……
「そしたらさ、お母さんがライター続けられて、溝部の夢まで叶って……」
「おー」
「それにさ」
陽太はぴょんと下に飛び降り、こちらを振り返って、ニッと笑った。
「オレも、もっとたくさん練習付き合ってもらえるからいいなあとか思ってんだよなー」
「……………っ」
うわ………っ
なんだそれ。なんだそれ。なんだその笑顔。
やっぱり、陽太は鈴木によく似てる。キリッとした目もと。真っ直ぐな視線。
「陽太……」
お前がオレの息子になってくれたら、どんなに嬉しいだろう………
泣きたくなるような気持ちがしてきて、慌ててパンっと頬を叩く。泣いてる場合じゃない。そういってくれる陽太の期待にこたえたい。
「んじゃ、やるか!」
「お願いしまーす!」
野球少年らしく頭を下げた陽太。顔をあげたと同時に早速バットを構えている。
「でさー、オレ、やっぱりバットもうちょっと長く持とうかと思っててさ、ちょっと見て見て」
「おお。いいんじゃないか? そしたら、踏み込む時に、こう……」
陽太と二人、ああでもないこうでもないと、薄暗い中でやっていたら、陽太がふいに少し離れた上の道を見て、言った。
「あれ? お母さん……?」
「お?」
ゆっくり……本当にゆっくりと、土手の道を鈴木が歩いてきている。
(……鈴木?)
なんか……様子が変だな。遠いからよくは見えないけど、でも………
「お母さーん」
「鈴木ー?」
二人で手を振ると、その場で立ち止まってしまった。なんだ……?
「すーずーきー?」
「どうしたんだろ………」
陽太と二人、顔を合わせる。と、陽太が、「あ!」と言ってオレの腕を叩いてきた。
「とりあえず、鈴木、ってやめたら?」
「ええ!? あ、ああ……」
名前で呼ぶ練習をしていたのがバレたのかと思って仰け反ってしまったけれど、そんなわけはない、と持ち直す。
「鈴木じゃないとしたら……」
「お父さんは『有希ちゃん』って呼んでたけど?」
「…………」
ちゃん付けかよ……ってか、男にちゃん付けで呼ばれるキャラじゃねえだろ鈴木……
「ちゃん付けはねえな……」
「じゃあ、呼びつけ?」
「お、おお」
よし。陽太に背中を押され、練習の成果を発揮してやる。
「有ー希ー!」
「溝部、顔にやけてる」
「うるせっ」
からかってきた陽太を肘で押して、再び鈴木に向かって叫んでやる。
「有ー希ー!」
「…………………………っ」
?
鈴木がようやく反応した。なんか言ってる………
聞こえないので、もう一回叫んでやる。
「有希ー?」
……と、鈴木さん、ダダダダダダッとすごい勢いで走ってきて………
「ばか溝部ー!」
オレたちのいるところの真上から元気いっぱいに叫んできた。
「名前呼びつけにすんなー!」
でかい声……
「ほら、やっぱり元気じゃん」
ちょっと笑って陽太が言う。
「やっぱ、オレ、こういうお母さんがいいな」
「…………だな」
オレと一緒にいることで鈴木が元気になれるというのなら……そして、陽太がそういう母親でいてほしいと望むのなら、オレこそが鈴木母子と一緒にいるのにふさわしい男だ。
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お読みくださりありがとうございました!
続きまして今日のオマケ☆
オマケなのに、溝部視点(^^; 上記話のバレンタインの夜のお話。
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☆今日のオマケ・溝部視点
バレンタインの夜……
鈴木は仕事だというので、昨年同様、渋谷と桜井のマンションに遊びにいったのだけれども……
「いらっしゃーい」
「……お?」
盛大に嫌な顔をした昨年とは違い、ニコニコの桜井が出迎えてくれた。
「もうすぐご飯できるからちょっと待ってねー」
「おおお?」
なんだなんだ?
「なんだよ、去年と全然違うじゃねえかよ。去年はいつ帰るんだ、とか言ってたのに」
「まーねー」
笑顔でテーブルセッティングをしている桜井……ちゃんと3人分だ……
「あ、分かった。倦怠期だな? 二人きりじゃなくてもって……」
「ぶぶー。違いまーす」
桜井は、あはは、と軽く笑うと、
「今年は、溝部がくるかもしれないからって、昼過ぎからさっきまで思う存分ずーっとイチャイチャしてたんでーす」
「………。なんだよそれ」
さすがバカップル……
「昼過ぎからって、お前ら、仕事は?」
「慶は定休日。おれは早退~~」
「は? 早退? バレンタインだから?」
「そうそう」
「…………」
ホントにバカだ。さすがのオレも仕事は休まねえぞ……
「……で? 渋谷は?」
「今、ワイン買いにいってくれてる。やっぱり魚料理には白だって言ってさ」
「ふーん……」
キッチンに戻り作業をしている桜井の後ろの冷蔵庫を勝手に開けて、水を取りだす。もう、何度も来ているので、勝手知ったるなんとやら、というやつだ。
「あいかわらずのバカップルっぷりだな、お前ら」
「えーそうかなー」
えへへへへ、と嬉しそうに笑う桜井。別に褒めてねえぞ……
「高2の冬から付き合ってんだよな? 危機とかなかったのか?」
「危機?」
「浮気とか」
「あはははは。まさかあ。ありえなーい。絶対ありえなーい」
「…………」
軽ーく受け流す桜井……何かムカつく……
「一回も? 何も? 浮気じゃないにしても、破局の危機は?」
「うーん……あったといえばあったときもあったけど……」
「え? 何何何?」
食いついてやると、桜井は少しだけ首を振り、ポツリといった。
「まあ……全部おれのせい。ほら、おれ、ちょっと変だから」
「…………」
普通だったら「何言ってんだよ」と言うところだけれども、桜井は心療内科に通院していたと聞いている。おそらくそこらへんの話なのだろう。だから迂闊なことは言えない……
「でも、慶はそんなおれのこともずっと見捨てないでくれたんだよね……」
「………ふーん」
四半世紀を一緒に過ごすってどんな感じなんだろう。四半世紀もずっと思いあって過ごすって……
「……うらやましい」
「え?」
「え? あ。いや」
思わず本音がこぼれてしまった。いや正直、めちゃめちゃ羨ましい……。なんなんだこいつら……
「確か、お前らって、渋谷が桜井に一年以上片想いしてた……とか言ってたよな?」
「うん。そうらしいんだよねー。全然気が付かなかったんだけど」
「まあなあ……」
手早くレタスを洗っている桜井の横顔を見ていたら昔のことを少し思い出してきた。
二人セットみたいにいつも一緒に行動していた渋谷と桜井。でも桜井はバスケ部で……
「あ」
急に頭をよぎった光景。高2のとき……
「お前、女バスの先輩と付き合ってなかったっけ? 一緒に帰ったりしてたよな?」
「は?! つ、付き合ってないよっ」
分かりやすく動揺した桜井。ふーん……付き合ってないまでも、何かしらはあったっぽい……
「その話、慶の前でしないでよ?!」
「…………」
「絶対絶対しないでよ?!」
すごい動揺っぷりだ。へえ……面白いこと思い出したなオレ。
「ホントにホントにしないでよ!」
「………」
「ねー溝部っ」
「わあったわあった。しねえよ」
両手をあげてみせると、桜井は「あー、もう、変なこと思い出して……」とブツブツブツブツいいながら、作業に戻った。
「なんでそんな動揺してんだよ? やっぱ付き合ってたのか?」
「だから付き合ってないって」
「だったらなんで……」
「慶ってすごい嫉妬深いんだよ」
桜井、口がへの字になっている。
「その先輩のこともいまだに大っ嫌いで、彼女の話題が出るだけで途端に機嫌が悪くなるから恐いんだよ」
「へえ……」
「先輩、すごく良い人なのにさ……」
「…………」
良い人でも、渋谷にとっては、桜井と何かしらあったらしいその先輩は、どうやっても悪い人、なんだろう。気持ちは分かる……
「そうやってお前が『良い人』とか思ってるから、余計ムカつくんだろうな」
「う………そっか……」
桜井は心臓のあたりを押さえると、コクコク肯いた。
「気を付けます。ありがとう……。さすが恋愛経験豊富な人は違うね……」
「え、あ、まあ……」
言うほど豊富ではないけれど、こいつらよりは経験値が高いのは確かだ。ちょっといい気分になって言葉を継ぐ。
「まあ、その嫉妬も、愛されてる証拠っつーことだけどな」
「え? あ、まあ……、うん……」
えへへ、と笑う桜井。………。やっぱり微妙にムカつく。
「さー、じゃあ、口止め料は何にしようかなあ」
「え?! 口止め料?!」
「お。渋谷帰ってきた」
ガチャガチャと玄関が開く音がする。
「えええ、ちょっと、溝部っ」
「じゃー、その魚、この一番デカイやつオレな?」
「えー……」
慶にあげようと思ってたのにー……とブツブツいいながらも、桜井が肯いたところで、
「ただいまー」
渋谷が入ってきた。あいかわらずのキラキラ王子。
「お帰りなさーい! ありがとう! ご飯もう出来るよっ」
すっ飛んでいって出迎える桜井。
ああ、いいなあ……と思う。
四半世紀たっても一緒にいて。色々あったらしいけど一緒にいて。
そして、まだまだ嫉妬したりされたりするくらい想い合っていて。
そして、こうして「ただいま」「おかえり」と言い合えて。
(オレも………)
同じ教室にいた、オレと鈴木にも、そんな日が来てくれないだろうか……
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毎週火曜日と金曜日の朝7時21分頃に更新する予定です。
次回は4月25日火曜日、どうぞよろしくお願いいたします!
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