【真木視点】
「俺の恋人になる? 期間限定だけど」
そう言ったのは先月のこと。「3月末まで」と約束したことをチヒロは覚えていないようなので、そろそろ確認しないといけない、と思っていた矢先、
『事務所から契約更新できないと言われたので次のお仕事を探します』
と、チヒロが電話で報告してきた。よりによって、契約は3月末で切れるという。
(……心配だ)
電話の翌日に会いにいった際にも、AV出演の勧誘話を「???」という顔で聞いていたし、思えば、売春まがいなことをしていたのも、姉に唆されてのことだったらしいし、その後も友人のコータに誘われたから続けていたらしいし……。この子は警戒心とか猜疑心とか欠如しすぎていて、人に騙されて利用されることが目に見えている。
だから、
「君は世の中の真実を知るべきだよ」
思わずそんな説教までしてしまった。
(なんなんだろうな……)
自分でも、自分のこの気持ちの動きが理解できない。こんなことは初めてだ。
『恋人』と宣言したはずが、いまだに体の関係を結ぶまでにいたっていない。そんなことよりも、俺がいなくなった後の、この子のことが心配でしょうがなくて、この子の将来の筋道を立ててやらなくては、と焦っている。
(……俺は保護者か)
恋人ではなく、父親か兄にでもなったつもりか? ……まあ、それでもいいのかもしれない。どのみちあと2週間ほどで会わなくなる。どんな関係でもいい。
でも……
「君は何が好き?何をしてるときが一番楽しい?」
そんな俺の質問に、チヒロは透明な瞳で、当然、のように言う。
「真木さんが好きです。真木さんと一緒にいるときが一番楽しいです」
「…………」
そんなことを言われたら、もう会えなくなる、なんて言えないじゃないか。
「………そう」
そっと頬に触れる。出会ったときよりも、ずっと艶やかになった頬。
「俺もだよ」
優しくキスをすると、チヒロは蕩けるような笑みを浮かべた。
***
次の日の夜、チヒロからメールが送られてきた。
『母が帰ってきて就職が決まりそうです。これから面接があるのでしばらく携帯の電源を切ります』
……………。なんだそれは。意味が全くわからない。
(母、というのは、チヒロの脚の付け根に血が出るほど爪を立てていたという、あの母親か……)
チヒロが中学の時に離婚して出ていったと聞いていたが………
(あまり良い印象はない母親だけどな……)
姉のアユミからは、母親は元モデルでチヒロに似た美人だと聞いている。モデルを辞めて専業主婦になってからは、息子に自分の夢を押しつけていた、らしい。でも、家を出てからは一度も帰ってきたことはなく、もう10年会っていないと言っていた。
(とうとう帰ってきたということか。でも……)
チヒロは以前、「好きな人」を問うたとき、俺と姉のアユミと友人のコータの名だけを上げて、母親の名前は入れなかった。あの家で母親を待っていたのは、あくまで姉のためと生活のためであり、チヒロ自身は母親に対して良い感情を持っていたとは思えなかったが……
(就職………何の仕事だ?)
これから面接って、もう23時になるのに? こんな時間に面接をするようなところ……何か嫌な予感がする……
『終わったら、何時になってもいいから電話して』
そうメールしてからも落ちつかず、ウロウロと部屋を歩き回っていたのだけれども……
「………何やってんだ俺」
ガラス戸に映った自分の姿に自嘲してしまった。
やっぱり、まるで保護者だな……。
---
お読みくださりありがとうございました!
もう一つ話入れたかったのですが散漫としてしまいそうでやめたら、短くなってしまいました……
次回火曜日更新予定です。お時間ありましたらどうぞよろしくお願いいたします。
クリックしてくださった方、読みにきてくださった方、本当にありがとうございます!
立ち止まりそうなところ背中押していただきました。ありがとうございました!今後ともどうぞよろしくお願いいたします!
にほんブログ村
BLランキング
↑↑
ランキングに参加しています。よろしければクリックお願いいたします。
してくださった方、ありがとうございました!
「風のゆくえには」シリーズ目次 → こちら
「グレーテ」目次 → こちら