【哲成視点】
冬休みが始まった。
塾の冬期講習があったので、31日まで毎日村上享吾に会っていた。
塾の帰りに少しだけうちに寄って、ピアノを弾くことも今までと変わらない。変わらないけれど………
「村上?」
「……っ」
ふいに名前を呼ばれたり、ふとした時に手が触れたりすると、ドキッとしたりして、オレはなんだかオカシイ。オカシイけれど……
(なんか……ちょっと、楽しい)
一緒にいられて楽しいのはもちろんのこと、そうしてドキドキしたりするのが、余計に楽しい。
元旦から3日間だけ会えなかったけれど、4日には朝から塾で会えて、帰りももちろんうちで遊んだ。
(やっぱり、いいな)
村上亨吾と一緒にいると、なんだか気持ちがフワフワしてくる。
いつのころからか、村上亨吾はピアノで簡単な曲を弾く時は、オレに隣に座るように手招きするようになった。
だからこの日も 4日ぶりに隣にならんでピアノを聴きながら、いつものようにお喋りをしていた。
「暁生が、もううち借りないでよくなったって言ってたんだよ」
毎年恒例の、暁生の家族とうちの家族で一緒に行く初詣のときに、言われたのだ。
「年明けからは、高校の寮の集会室の大型スクリーンを使わせてもらえるとかで、うちのテレビ使わなくても良くなったんだって」
勉強会に関してはそれで大丈夫だろうけど、彼女との時間はいいのかな? と思ったけれど、余計なことは言わなかった。正直、オレとしては、使わなくて良いならそれに越したことはない。
「………そうか。良かったな」
「うん。まあ、ベッドに寝られなくなった件は、キョーゴのおかげで治っ……、あ」
自分でいいかけて、「あ」と口を閉じた。
(そうだよ。あの朝、キョーゴの……)
布団の中で感じた熱くて固い感触を思い出して慌ててしまう。
でも、そんなオレのワタワタには気がついた様子もなく、村上享吾はキレイなメロディを奏で続けているので、ちょっとホッとする。
あの件に関しては、今まで一度も言及したことはない。というか出来るわけがない。オレもつられて勃ちそうになったなんて、知られるわけにはいかないだろ。
(キョーゴ、完全に寝ぼけてたしな。覚えてないんだろうな)
村上享吾にとっては記憶にないことだけれども、オレにとっては、忘れられるわけがない経験で……
(あれ以来、オカシイし……)
今までは普通にくっついていられたのに、今はこうして並んでいるとドキドキしてくる。でも、それでも、くっついていたくて……
「………村上」
「……っ」
ふいに、ピアノを弾くのをやめた村上享吾にドキッとする。
「何……」
「…………」
「…………」
「…………」
黙っているので、オレの様子が変なことに気づいたのかと、違った意味でもドキドキしていたのだけれども………
「オレの今年の初夢に、お前出てきた」
「初夢?」
全然違う話でホッとする。でも、「どんな夢?」と聞いたオレに、村上享吾は無表情のまま、あっさりと、言った。
「あの時みたいに、ベッドで一緒に寝てる夢」
「!」
ギクッとしつつも何とか留まった。
(ベッドで寝た時は、何もないから大丈夫。問題は翌朝、布団で寝た時のことだから。大丈夫大丈夫……)
冷静に自分を落ちつかせる。と、村上享吾は、肩をすくめていった。
「オレは寝たかったのに、お前が延々としりとりを続けようとするから、なんとか『ん』のつく言葉を捻りだそうと悩んでるところで目が覚めた」
「………。へ?」
しりとり? んがつく言葉?
思わず吹き出してしまう。
「なんだそれーおもしれー」
「おもしろくない。今年も、お前に振り回されるっていう暗示かと思って、正月早々、戦々恐々とした」
「なんでだよっ」
腿をバシッとたたいてやる。と、奴はちょっと笑ってから、言葉を継いだ。
「…………でも。今年も一緒にいられるっていう暗示か、とも思って……、嬉しかった」
「…………」
「…………」
「…………キョーゴ」
キュウウッと胸が痛くなる。なんでだろう。なんでこんなに胸が痛くなるんだろう。
再びはじまる綺麗な旋律……。こうしてずっとずっと聴いていたい。
コツンと村上享吾の肩に頭をのせると、コツンと頭に頭が落ちてきた。こんな時間が今年も続くんだ。
【享吾視点】
浮かれていた。完全に浮かれていた。
定期テストで初めて本気を出せたことにも、志望高校を学区トップの高校にできたことにも、険悪だった松浦暁生とほんの少し分かり合えたことにも、浮かれていた。
そして何より、村上哲成と、今までと違う、フワフワとした関係となったことに、浮かれていた。
一緒にいると嬉しい。楽しい。愛しい……。村上が、時々、手が触れたりすると、恥ずかしそうに笑ったりするのも、いい。
こういう状態を「恋」というのではないか、とも思う。でも、オレ達は同性なので、それはない、と思う。おそらく疑似恋愛的なものなのだろう。あの時、勃ってしまったのも、そういうことだと思う。
でも。
どう考えても「恋」の対象ではないけれど、村上はオレにとって特別な存在である、ということは確実だ。
正月明けに久しぶりに会えて、やっぱりフワフワと幸せな気持ちになって……。塾の帰り、いつものように村上の家に寄ったのだけれども、気がついたら夕飯の時間をとっくに過ぎていたので、慌てて帰ることにした。村上と一緒にいると楽しくて時間もすぐに過ぎてしまう。
「また明日」
「おお」
玄関先でも思わず、ギュッと抱きしめると、村上は照れたように笑った。
(やっぱり、いいな)
村上の笑顔はいい。その顔に満足してから帰路についた。
手元に残る村上の温もりに、幸せな気持ちが押し寄せてくる。
村上は幸せをくれる。オレの中の本気を引き出してくれる。見守ってくれる。一緒にいようとしてくれている。村上がいてくれれば、オレは何でもできる気がする。
そんなフワフワした気持ちのまま自宅玄関を開けた途端、
「享吾! ちょっと留守番頼む!」
「え」
父が飛び出して行った。ものすごく慌てたように……
「留守番?」
ってどういうことだろう? 母と兄はいないってことか?
頭の中をハテナでいっぱいにしながらリビングに入っていき……愕然とした。
「………泥棒?」
いつもはきれいに片づけられているリビングに、物が散乱している。棚の上に並んでいたはずの本や書類がまき散らされているようだ。
そんな中、ソファーに沈み込むように兄が座っていて………
「……兄さん?」
そっと声をかけると、兄はふいっとオレに目を向けた。そして、
「おかえり、享吾。遅かったな」
と、寂しそうに、笑った。
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