【哲成視点】
『オレ……白高受けるのやめる』
そう言った、村上享吾の声は震えていた。オレを抱きしめる腕も震えていた。一瞬、思考が止まってしまったけれど、
(本当はやめたくないんだろ?)
すぐに、本心に気がついた。だから、何も言わずに抱きしめ返してやった。
(オレに、何ができる?)
村上享吾は、今までオレを何度も助けてくれた。
球技大会のバレーボールでは、オレの失敗を全部カバーしてくれた。
合唱大会では、オレが歌いたい曲をクラス自由曲にするために、伴奏者になってくれた。しかもクラスを金賞に導いてくれた。
暁生に嘘をつかれて落ち込んでいた時には、抱きしめてくれた。ピアノを弾いてくれた。
ベッドで眠れなくなったことも、強引にベッドに連れ込んで眠れるようにしてくれた。
他にも、たくさん。たくさん………
だから。だから、今度は、オレがお前を助けてやりたい。
***
「高校見学、行こうぜ?」
できるだけ、明るく、何でもないように誘ってみた。
昨日はあの後、話せる雰囲気じゃなかったので、塾のプリントを渡しただけで帰ってしまったし、今日も学校で会えたけれど、何を言えばいいのか迷って何も話せなかった。
でも、帰宅後、考えに考えて、一つ案を思いついたので、家に直接誘いに来たのだ。
「高校、自転車で行ってみないか? オレ、前に白高行った時はバス使ったから、自転車で行ったことなくて」
「でも……」
「でさ!」
断られる前に、一気に言い切る。
「白高も花高も、自転車で行けるじゃん?」
「…………」
「花高の見学付き合うから、白高付き合ってくれよ?」
「…………」
村上亨吾は、白浜高校を受けないのなら、花島高校を受けるはずなのだ。
学区一番は、白浜高校。二番は花島高校になる。両校はわりと近く、毎年学校をあげての部活の交流戦があるくらい、仲がいいらしい。
「…………。分かった」
村上享吾が青白い顔のまま、コクリと肯いてくれた。
(よし!)
内心ガッツポーズをする。第一段階突破だ。
***
白浜高校は、「浜」という字がつくくせに、丘の上にある。急坂ではないものの、なだらかな坂が延々と続いていて、なにげにこれは……
「もう無理!無理無理!おりる!」
「なんだ。だらしないな」
「なんとでもいえ!」
部活をやめてから、全然運動していなかったことがたたっているのか、自転車を漕ぐ足が全然進まなくて、音をあげた。でも、村上享吾は涼しい顔をしている。何でだ!
「なあなあ!やっぱり、大通りの方が坂が緩やかじゃね?」
「でも、狭いし、バスも通ってて危ないから、先輩の話通り、この住宅街抜けてくのが正解なんじゃないか?」
「えー……」
高校からは自転車通学にしようと思っていたのに、毎朝これは思いやられる……
「とりあえず、今は押してく……」
「……まあ、毎朝通ってるうちに慣れるだろ」
「慣れるかなあ……」
ブツブツ言いながら二人並んで自転車を押して歩く。カラカラという車輪の音が二つ重なっていて、なんだか楽しい。
高校が近づくにつれ、部活をしている声や音も聞こえてきた。外周を走っているジャージ姿の生徒達も見える。
どんどん気分が上がってきた。
「いいなーいいなー白高生!」
「………村上は、高校も野球部か?」
「いや?」
グラウンドから聞こえる野球部の練習の声が気になりはするけれど、そのつもりはない。
「白高に入れたら、数学部って決めてる!」
「数学部?」
「文化祭すげー面白かったんだよー」
「へえ………」
村上に合ってるな、と、優しく微笑まれ、ドキンとなる。こういう笑顔は反則だと思う……。
「……………。そういうキョーゴは?やっぱりバスケ部?」
「どうかな……」
カラカラと車輪の音がよく響いている。
「ピアノ弾けるんだから音楽系のなんかでもいいんじゃね?」
「いや………それはないかな……」
「……………」
「……………」
村上亨吾の瞳は遠く……遠くを見ているだけだ。
(なあ、こうやって、一緒に白浜高校に通えたら、絶対楽しいぞ?)
………って、話す作戦だったんだけど、そんな雰囲気でもなくて黙ってしまう。
(キョーゴ……何考えてる?)
いつもよりも更に無口な様子に、想像以上に事態は深刻なのだと思い知らされる。
(たぶん、親に反対されたってことなんだろうけど……)
それで行きたい高校に行けないなんて……。高校に行くのは親じゃないのに。村上亨吾自身なのに。
結局、何も話せないまま、学校の周りをぐるっと一周してから、来た道を戻ることにした。
帰りは下りなので楽勝だ。
ザーッと冷たい風を受けながら下りて行って、川べりまで出た。ここでストップだ。
橋を渡って10分くらい行けば、オレの家につく。右に曲がって川沿いを進めば、花島高校につくことになる。
「花島高校は、この川沿いを真っ直ぐ上流に向かって行ったとこにあるんだよな」
「そう……らしいな」
二人で花島高校の方角をみる。空が広い……
「オレが白高、お前が花高ってなったら、ここが分岐点なんだな」
「…………」
「オレは丘をのぼっていって、お前は川をのぼってく」
「…………」
「…………」
「…………」
しばらくの沈黙の後、村上亨吾はふいっと自転車を漕ぎ出した。川上に向かって。
(………キョーゴ)
行くのかよ……
見学に行こうと自分が誘ったくせに、ガッカリしてしまう。無言で後を追いながら、ブツブツと思う。
(こうやって、一人で行くつもりか?)
オレと会えなくなるの、さみしくないのかな……。さみしいって思ってるのはオレだけなのかな……。
(キョーゴ……)
念力を送るみたいに、背中をジッと見つめながら自転車を走らせていたら、さすがに気がついたのか、村上亨吾の自転車が止まった。
「なんだ?」
「………………別に」
ムッと口を尖らせていると、村上亨吾がふっと笑った。ああ、ほら、その顔が見られなくなるなんて……
「別にってなんだ?」
「別には別に!」
引き続きムムムムっとしていると、村上亨吾は自転車を端に止めて、こちらに来てくれた。そして、軽く首をふると、
「行きたくなかったら、一人で行くから、帰っていいぞ?」
「行きたくないなんて言ってな………、あ」
言いかけて、気がついた。
そうだ。そうだよ。なんでこんな単純なことに気がつかなかったんだ!
「オレが、花島高校に行けばいいんじゃん」
「え?」
きょとん、とした、村上亨吾に指を突きつけてやる。
「だから!オレも、白高じゃなくて花高を受験すればいいんだよ!」
「何を……」
「そうすれば、オレ達一緒にいられるじゃん!」
「!」
目を見開いた村上享吾にたたみかけてやる。
「そうだそうだ!これで問題解決!よしよし!そうしよう!」
「何言ってんだよっ、お前、お母さんのために……」
「別に約束したわけじゃないし、そんなことはいいんだよっ」
母のために一番の高校に、と思ったのはオレの勝手な目標であって、母と約束したわけではない。
「母ちゃんだって分かってくれるっ」
「で、でも」
村上享吾はなぜかすごく慌てて言い募った。
「でも、それに、体育祭が楽しそうだったって、それに、数学部……」
「だからいいんだって!」
「……っ」
オレも自転車を止めて、村上享吾の前に立つと、その胸にバンッと手を当てて、言い切ってやる。
「オレはそれよりも、お前と一緒の高校に行きたい」
今、ハッキリと分かった。ずっと憧れていた白浜高校だけれども、そこに行くという魅力よりも、村上享吾と同じ高校に行けるっていうことの方が、オレにとってずっとずっと大きな魅力だ。
「オレ、お前と離れたくない」
「…………」
村上享吾は目を見開いたまま、固まってしまっていたけれども……
「村上……」
ようやく絞り出すように、そう言うと、ぎゅうううううっと抱きしめてくれた。
「オレも……お前と離れたくない」
「ん」
そのぬくもりに愛しさでいっぱいになりながら、オレも抱きしめかえす。
この愛しさを手放さないためなら、オレは何でもする。
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