【哲成視点】
『また明日』
って、抱きしめてくれながら言ってたのに、翌日、村上享吾は塾に来なかった。先生に聞いたら「しばらく休む」と電話連絡があったそうだ。
その翌日も、そのまた翌日の冬休み最終日もこなかった。それで、塾の先生から預かったプリントを渡すことを口実に、帰りに家に行ってみることにした。先生には学校で渡せばいいと言われたけれど、明日までなんて待っていられない。
(しばらく休むって、具合悪いのかな……)
家にいないかもしれない……と思いつつ、村上享吾の家の玄関のインターフォンを鳴らしてみた。
「………。いない、か」
しばらく待ったけれど、反応がなかった。一応、もう一回鳴らしてみた。けれども、やっぱり反応はない。がっかりだ。
(明日からの学校も来ないのかな……)
あーああ。とため息をつきながら、背を向けて、マンションの廊下を歩きかけた。けれど、玄関が開く音が聞こえてきて、「お!」と飛び上がってしまった。
「おおっ。キョーゴ!」
振り返ると、村上享吾が立っていた。……でも、顔色が悪い。目の焦点が合ってない……?
「キョーゴ……?」
「…………村上」
村上享吾はポツン、と言って、両手を伸ばしてきた。ので、急いで駆け寄ってやる。
「どうし……」
「村上」
最後に会った時のようにふわりと抱きしめられ、ドキンとなる。でも、その後に告げられた言葉に、思考が止まってしまった。村上享吾は、オレをギュウッとしながら、小さく、小さく、言ったのだ。
「オレ……白高受けるのやめる」
【享吾視点】
兄の話によると、母は突然、棚の上のものをあちこちに投げつけ、投げるものがなくなると、フラリと家を出て行ってしまったそうだ。その直後に帰ってきた父が、慌てて母を探しに外に出て行ったけれど、見つからず……
翌日の朝、母のかかりつけの皮膚科から連絡があって、母の居場所が分かった。
母はうちの路線の終点の駅で、終電時間が過ぎてもベンチに座っていたところを駅員に保護されたらしい。精神的に不安定で名前も言えない状態だったため、警察を呼ばれ、それから病院に連れていかれ、そこで身分が分かるものを探されて、出てきたのが、財布の中の皮膚科の診察券だった、というわけだ。
翌朝、皮膚科の診察時間に連絡がとれ、うちに連絡が回ってきた、と父に教えられた。
(オレのせいだ……)
父が母を迎えに行っている間、オレはリビングのソファーから動けなくなっていた。
(オレが、白高受けるっていったり、松浦のこと殴ったりしたから)
母を追い詰めてしまった。その上、最近も、毎日村上の家に入り浸って、帰りが遅くなって心配かけて……
「亨吾、何か食べよう」
「………いらない」
兄の言葉にも首を振った。食欲なんてない。
兄は心配そうに色々声をかけてくれたけれど、兄にも申し訳なくて、顔をあげることもできなかった。
その日の夜遅く、父は一人で帰宅した。
「お母さんは、しばらく入院することになったよ」
「入院?」
具合悪いの?と聞いたら、父は困ったように首を振った。
「体は何ともないんだけど、心がね……」
「……………」
「ちょっと……疲れちゃったみたいで」
「……………」
ああ……やっぱりオレのせいだ……
それなのに、オレは、浮かれてて、母の気持ちにも気がつかなくて……バチがあたったんだ。母と約束してたのに。目立たないようにするって、みんなと同じようにするって、約束してたのに。せっかく、兄も落ち着いてきていたので、昔みたいな明るい家族に戻れたかもしれないのに……
『できるのにやらないのはズル』
そう、村上は言っていた。本気を出す楽しさを、村上が思い出させてくれた。
でも。
オレはそんなことしちゃいけなかったんだ。
***
次の日も、その次の日も、塾には行かなかった。母の病院にお見舞いに行こうとしたけれど、父に止められてしまった。
「ちょっと、まだ、早いかな」
父はそういって、無理やりな笑顔を作った。父は会いに行っているのに、オレと兄は行ってはダメだという。母にとって、オレたち子供は精神的負担になっている……ということだ。
(オレは、どうすればいい)
自問したけれど、答えは簡単に出てくる。
みんなと同じように、目立たないように、母の負担にならないように……村上哲成に出会う前のオレに戻ればいい。
志望校も、学区2番の高校に変えよう。そこで、普通の成績をとって、普通の大学をめざして、普通に、目立たないように、生きていけばいい。
(………村上)
あのクルクルした瞳を思い出して胸が苦しくなる。
『本気、出せ』
そう言って、手を包み込んでくれた。
『行こう!行こう!白高行こう!』
はしゃいで背中を叩いてくれた。
あの温かい腕を、柔らかい頬を、全部忘れて、オレは村上に出会う前のオレに戻らなくてはならない。村上にはもう触れない……
そう、思ったのに。
「おおっ。キョーゴ!」
突然、家を訪ねてくれた村上哲成のはしゃいだ声に、そんな決意もアッサリと崩れ去ってしまった。
「…………村上」
手を伸ばすと、タタタッと駆け寄ってきてくれた、その小さな体を抱きしめる。この温もりを手放すなんて……
でも……でも。オレは……オレは。
「オレ……白高受けるのやめる」
なんとか絞り出して言葉にすると、村上はしばらくの無言の後……ゆっくりと、優しく、抱きしめ返してくれた。
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