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BL小説・風のゆくえには~続・2つの円の位置関係2

2019年03月15日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 続・2つの円の位置関係

【享吾視点】

 白浜高校に入学して、自分は井の中の蛙だったのだと、思い知らされた。入学早々の実力テストで、わりと本気をだしたのに、30番台を取ってしまったのだ。

「32番ならいいじゃねーかよ! オレなんか109番だよ!」

 村上哲成がプンプン怒りながら言っているのが面白くて可愛くて、我慢できずグリグリ頭を撫でまわしていると、偶然、同じ中学だった渋谷慶が通りかかった。渋谷にも話を振ってみると、渋谷は綺麗な顔を真っ青にして、ボソッといった。

「おれ、392番……」
「え、マジで?」
「とにかく英語が悪すぎた。エゲツナイあの長文」
「なー。さすが白高!レベル高いよなー」
「だなー」

 小柄な二人が絡んでいる様子を見るのは、中学の頃から好きだった。何だか癒される。思わず、少し笑ってみていると、「何笑ってんだよー!」と村上に横から抱きつかれた。

「いいよなーキョーゴは!英語得意だもんな!」
「だよなー最後の学年末テストも学年一位だったもんなー?」

 二人に口々に言われたけれど、「そんなことはない」と手を振ってやる。

「オレ、今回、英語9位だったぞ」
「え! マジかよ」
「キョーゴが9位って……1位の奴、どんなガリ勉君なんだろうな?」
「なー?」

 すげーな。白高。さすがだよな。

 3人でうんうん肯き合う。肯き合いながらも、楽しくて楽しくてしょうがない。このレベルの高い環境で、自分の実力を試せる。それがどんなに嬉しいことか。
 そして、オレの横には、オレの本気を引き出してくれる村上がいる。

「じゃ、帰ろうぜー? 渋谷はバスだっけ?」
「うん。だからこっちの門。じゃーなー」
「じゃーまたー」
「またな」

 渋谷に手を振り、オレと村上は駐輪場に向かう。

「なーキョーゴー。英語復習したいー」
「そうだな。あ、オレも数学でお前に聞きたいところがある」
「おー。じゃ、うち寄って」
「おお」

 二人で話しながら自転車にまたがり、坂道をおりていく。風が心地よい。

 こんなに、おれは……自由だ。


***


 村上哲成とは言うならば『友達以上恋人未満』の関係を続けていた。

 オレの気持ちは、自分でも清々しいと思えるほど、真っ直ぐに、村上だけに向いている。かといって、村上にそれを強要するつもりがないことは、中学の頃から変わっていない。


 11月の文化祭前に、数人の女子から告白されたときも、キッパリと断った。なんの躊躇もなかった。

「キョーゴ、ホントにいいのか?」

 告白されたことを知った村上に、心配げに言われた。

「オレのせいで断ってるんじゃ……」
「お前が気にする話じゃない」

 グリグリと頭を撫でてやると、村上はあからさまにホッとした顔をして、ポツンと言葉を継いだ。

「オレな、自分でもズルイって分かってんだよ」
「何が」
「キョーゴと一緒にいたいけど、付き合うとかは分かんないって……ズルイよな」
「別にズルくない」

 村上の部屋の中。人の目がないのをいいことに、ギュッと抱き寄せる。と、村上がグリグリと頭を胸に押しつけてきた。

「でも、キョーゴ……告白してきた女子って、あれだろ? 後夜祭に誘ってきたんだろ?」
「ああ……まあ」

 白浜高校の七不思議のひとつ。後夜祭で手をつないだカップルは幸せになれる、という……

「もしかしたらキョーゴ、幸せになれたかもしれないのに……」
「なれない……ああ、いや、なれないんじゃなくて……」

 白い頬を囲って顔を上げさせ、額にそっとキスをする。

「今、お前とこうして一緒にいられることがオレの幸せだから」
「…………」
「これ以上の幸せなんかいらない」
「…………キョーゴ」

 村上は、こうして抱きしめたり、軽いキスをすることには、ほとんど文句も言わない。これが友達としてはおかしなことだということには、目をつむってくれているのだろう。それに甘え過ぎて、一線を越えたりすることはないように気を付けてはいる。

 いつか、村上がオレのことを「好き」だと思ってくれたら……そうしたら……

 それまでは、これ以上のことは、望まない。今のままで充分だ。


***


「オレ達だけの、特別な呼び方を決めよう!」

 村上が、いきなりそんなことを言いだしたのは、文化祭の数日後、村上の部屋に遊びに行ったときのことだった。

「特別な呼び方って?」
「あのなあのなあのな!」

 興奮したように村上が言う。

「あの渋谷が『慶』って呼ばれるのオッケーした奴がいるんだよ!」
「え」

 それは驚きだ。『慶』と呼んだ奴は歯が折れるまで殴られるという噂もあるのに。

「ほら、渋谷がバスケ教えてやってるバスケ部の……」
「桜井?」
「そう!桜井!あいついつの間に『慶』って呼んでて!んで、渋谷に聞いたら『特別だからいい』んだって!」
「へえ……」

 前から渋谷と桜井は妙に仲が良いとは思っていたけれど、そこまでとは……

「で、渋谷も桜井のこと名前で呼んでてさ。名前……なんだっけ?」
「桜井浩介」
「そうそう、『浩介』!」
「ふーん……」

 桜井は部活内でも『桜井』と呼ばれている。『浩介』と呼ぶのも渋谷だけなんだろう。

「良くね!?」
「ああ……でも」

 中学のバスケ部の奴らは、オレを『亨吾』と呼ぶし、村上だって、みんなから『テツ』って呼ばれてるし……

と、言うと、村上は「それが問題なんだよ!」と言いながら、レポート用紙を机に広げた。

「まず、『きょうご』はみんなが呼んでるからバツ」
「じゃあ、『テツ』もバツ」

 オレも真似して横からレポート用紙に書き込む。

「んじゃさ、あだ名的なものは?」
「あだ名?」
「例えば……」

 村上はニッとしてから、ペンを滑らせた。

「キョンキョン」
「却下」

 速攻で『キョンキョン』の字に大きくバツをつけてやる。

「えー、かわいくね?」
「かわいくてどうする」

 意味が分からない。
 村上は「うーん」と言いながら、再び書き込んだ。

「じゃあ、キョンちゃん」
「嫌だ。キョンから離れろ」
「じゃあ、キョウちゃん」
「それは、親戚のおばさんが呼んでる」
「もしかして、キョウ君もいる?」
「いる」
「あーそっかあ……」

 キョウちゃん、キョウ君、と書いてバツ。

「あ、じゃあさ」

 ポンッと村上が手を打った。

「そんな、余計なものは付けないで………」

 クルクルした瞳がこちらをのぞき込んでくる。

「キョウ」
「……………」

 キョウ……

 なんだろう。すごく……すごく胸に響く音。
 思わず、ほとんど無意識に、村上の唇に唇を落とした。柔らかい、愛おしい感触。村上の唇は、いつもいつも柔らかくて、愛おしい……

「…………って、こら!」

 頬を染めた村上から、ゴッと額にゲンコツを当てられた。

「人が真面目に考えてるのに!」
「ああ、ごめん」

 素直に謝っておく。

「それ、すごくいいなあと思ったら、つい、なんとなく……」
「でた!お前『ついなんとなく』でキスするの、ホントやめろよ!」

 村上はプンプン怒ってから、「あれ?」と首を傾げた。

「すごくいいって、『キョウ』が?」
「そう。それ、誰も呼んでないのに、なんかすごくシックリくる」
「おお! じゃ、決定な!」

 さっきまで怒っていたことは忘れたように、村上が「イエーイ」と手を打ち合わせてくる。

「じゃ、お前は?」
「オレもさ、シンプルに名前呼びつけでいいのかも」
「名前、呼びつけ?」
「そう!」

 村上は少しおかしそうに笑うと、

「オレの名前『哲成』なのに、親も親戚も友達もみんな『テツ』とか『テツ君』とか呼ぶんだよな。実は『哲成』って呼んでる奴が一人もいないってことに、今さら気が付いた」
「ああ、そういえばそうだよな」

 そうか……哲成。哲成……か。

「呼んでみて!呼んでみて!」

 はしゃいだように言う村上の顔を、真顔で見つめ返すと、村上もハッとしたように真顔になった。

 しばらくの沈黙の後、息を吸って……吐いて、その名を呼んだ。

「…………哲成」
「………」
「………」
「………」

 大きく瞬きをした哲成……

 それから、ふわっと笑顔になって、小さく、言った。

「キョウ」
「……………」

 グっと胸が押されたように痛くなる。『好き』が溢れだして、苦しい……

「哲成……」
「…………」

 その痛さから逃れるために、再び唇を重ねる……と、

「このキスはなんだ?」

 クルクルした目がこちらを見上げてくる。

(……これは『好き』のキスだよ)

 なんて、本当の気持ちは、困らせるだけだから言わない。だから………

「つい、なんとなく」

 しれっと答えると、哲成は「だと思った」と、小さく笑った。


 この日以来、オレ達は、

「キョウ」
「哲成」

 と呼び合うことになった。



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お読みくださりありがとうございました!
ラブラブ全開過ぎの二人。
ちなみに。入学直後の実力テスト、英語学年1位を取ったガリ勉君は、桜井浩介君です^^

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