【享吾視点】
白浜高校に入学して、自分は井の中の蛙だったのだと、思い知らされた。入学早々の実力テストで、わりと本気をだしたのに、30番台を取ってしまったのだ。
「32番ならいいじゃねーかよ! オレなんか109番だよ!」
村上哲成がプンプン怒りながら言っているのが面白くて可愛くて、我慢できずグリグリ頭を撫でまわしていると、偶然、同じ中学だった渋谷慶が通りかかった。渋谷にも話を振ってみると、渋谷は綺麗な顔を真っ青にして、ボソッといった。
「おれ、392番……」
「え、マジで?」
「とにかく英語が悪すぎた。エゲツナイあの長文」
「なー。さすが白高!レベル高いよなー」
「だなー」
小柄な二人が絡んでいる様子を見るのは、中学の頃から好きだった。何だか癒される。思わず、少し笑ってみていると、「何笑ってんだよー!」と村上に横から抱きつかれた。
「いいよなーキョーゴは!英語得意だもんな!」
「だよなー最後の学年末テストも学年一位だったもんなー?」
二人に口々に言われたけれど、「そんなことはない」と手を振ってやる。
「オレ、今回、英語9位だったぞ」
「え! マジかよ」
「キョーゴが9位って……1位の奴、どんなガリ勉君なんだろうな?」
「なー?」
すげーな。白高。さすがだよな。
3人でうんうん肯き合う。肯き合いながらも、楽しくて楽しくてしょうがない。このレベルの高い環境で、自分の実力を試せる。それがどんなに嬉しいことか。
そして、オレの横には、オレの本気を引き出してくれる村上がいる。
「じゃ、帰ろうぜー? 渋谷はバスだっけ?」
「うん。だからこっちの門。じゃーなー」
「じゃーまたー」
「またな」
渋谷に手を振り、オレと村上は駐輪場に向かう。
「なーキョーゴー。英語復習したいー」
「そうだな。あ、オレも数学でお前に聞きたいところがある」
「おー。じゃ、うち寄って」
「おお」
二人で話しながら自転車にまたがり、坂道をおりていく。風が心地よい。
こんなに、おれは……自由だ。
***
村上哲成とは言うならば『友達以上恋人未満』の関係を続けていた。
オレの気持ちは、自分でも清々しいと思えるほど、真っ直ぐに、村上だけに向いている。かといって、村上にそれを強要するつもりがないことは、中学の頃から変わっていない。
11月の文化祭前に、数人の女子から告白されたときも、キッパリと断った。なんの躊躇もなかった。
「キョーゴ、ホントにいいのか?」
告白されたことを知った村上に、心配げに言われた。
「オレのせいで断ってるんじゃ……」
「お前が気にする話じゃない」
グリグリと頭を撫でてやると、村上はあからさまにホッとした顔をして、ポツンと言葉を継いだ。
「オレな、自分でもズルイって分かってんだよ」
「何が」
「キョーゴと一緒にいたいけど、付き合うとかは分かんないって……ズルイよな」
「別にズルくない」
村上の部屋の中。人の目がないのをいいことに、ギュッと抱き寄せる。と、村上がグリグリと頭を胸に押しつけてきた。
「でも、キョーゴ……告白してきた女子って、あれだろ? 後夜祭に誘ってきたんだろ?」
「ああ……まあ」
白浜高校の七不思議のひとつ。後夜祭で手をつないだカップルは幸せになれる、という……
「もしかしたらキョーゴ、幸せになれたかもしれないのに……」
「なれない……ああ、いや、なれないんじゃなくて……」
白い頬を囲って顔を上げさせ、額にそっとキスをする。
「今、お前とこうして一緒にいられることがオレの幸せだから」
「…………」
「これ以上の幸せなんかいらない」
「…………キョーゴ」
村上は、こうして抱きしめたり、軽いキスをすることには、ほとんど文句も言わない。これが友達としてはおかしなことだということには、目をつむってくれているのだろう。それに甘え過ぎて、一線を越えたりすることはないように気を付けてはいる。
いつか、村上がオレのことを「好き」だと思ってくれたら……そうしたら……
それまでは、これ以上のことは、望まない。今のままで充分だ。
***
「オレ達だけの、特別な呼び方を決めよう!」
村上が、いきなりそんなことを言いだしたのは、文化祭の数日後、村上の部屋に遊びに行ったときのことだった。
「特別な呼び方って?」
「あのなあのなあのな!」
興奮したように村上が言う。
「あの渋谷が『慶』って呼ばれるのオッケーした奴がいるんだよ!」
「え」
それは驚きだ。『慶』と呼んだ奴は歯が折れるまで殴られるという噂もあるのに。
「ほら、渋谷がバスケ教えてやってるバスケ部の……」
「桜井?」
「そう!桜井!あいついつの間に『慶』って呼んでて!んで、渋谷に聞いたら『特別だからいい』んだって!」
「へえ……」
前から渋谷と桜井は妙に仲が良いとは思っていたけれど、そこまでとは……
「で、渋谷も桜井のこと名前で呼んでてさ。名前……なんだっけ?」
「桜井浩介」
「そうそう、『浩介』!」
「ふーん……」
桜井は部活内でも『桜井』と呼ばれている。『浩介』と呼ぶのも渋谷だけなんだろう。
「良くね!?」
「ああ……でも」
中学のバスケ部の奴らは、オレを『亨吾』と呼ぶし、村上だって、みんなから『テツ』って呼ばれてるし……
と、言うと、村上は「それが問題なんだよ!」と言いながら、レポート用紙を机に広げた。
「まず、『きょうご』はみんなが呼んでるからバツ」
「じゃあ、『テツ』もバツ」
オレも真似して横からレポート用紙に書き込む。
「んじゃさ、あだ名的なものは?」
「あだ名?」
「例えば……」
村上はニッとしてから、ペンを滑らせた。
「キョンキョン」
「却下」
速攻で『キョンキョン』の字に大きくバツをつけてやる。
「えー、かわいくね?」
「かわいくてどうする」
意味が分からない。
村上は「うーん」と言いながら、再び書き込んだ。
「じゃあ、キョンちゃん」
「嫌だ。キョンから離れろ」
「じゃあ、キョウちゃん」
「それは、親戚のおばさんが呼んでる」
「もしかして、キョウ君もいる?」
「いる」
「あーそっかあ……」
キョウちゃん、キョウ君、と書いてバツ。
「あ、じゃあさ」
ポンッと村上が手を打った。
「そんな、余計なものは付けないで………」
クルクルした瞳がこちらをのぞき込んでくる。
「キョウ」
「……………」
キョウ……
なんだろう。すごく……すごく胸に響く音。
思わず、ほとんど無意識に、村上の唇に唇を落とした。柔らかい、愛おしい感触。村上の唇は、いつもいつも柔らかくて、愛おしい……
「…………って、こら!」
頬を染めた村上から、ゴッと額にゲンコツを当てられた。
「人が真面目に考えてるのに!」
「ああ、ごめん」
素直に謝っておく。
「それ、すごくいいなあと思ったら、つい、なんとなく……」
「でた!お前『ついなんとなく』でキスするの、ホントやめろよ!」
村上はプンプン怒ってから、「あれ?」と首を傾げた。
「すごくいいって、『キョウ』が?」
「そう。それ、誰も呼んでないのに、なんかすごくシックリくる」
「おお! じゃ、決定な!」
さっきまで怒っていたことは忘れたように、村上が「イエーイ」と手を打ち合わせてくる。
「じゃ、お前は?」
「オレもさ、シンプルに名前呼びつけでいいのかも」
「名前、呼びつけ?」
「そう!」
村上は少しおかしそうに笑うと、
「オレの名前『哲成』なのに、親も親戚も友達もみんな『テツ』とか『テツ君』とか呼ぶんだよな。実は『哲成』って呼んでる奴が一人もいないってことに、今さら気が付いた」
「ああ、そういえばそうだよな」
そうか……哲成。哲成……か。
「呼んでみて!呼んでみて!」
はしゃいだように言う村上の顔を、真顔で見つめ返すと、村上もハッとしたように真顔になった。
しばらくの沈黙の後、息を吸って……吐いて、その名を呼んだ。
「…………哲成」
「………」
「………」
「………」
大きく瞬きをした哲成……
それから、ふわっと笑顔になって、小さく、言った。
「キョウ」
「……………」
グっと胸が押されたように痛くなる。『好き』が溢れだして、苦しい……
「哲成……」
「…………」
その痛さから逃れるために、再び唇を重ねる……と、
「このキスはなんだ?」
クルクルした目がこちらを見上げてくる。
(……これは『好き』のキスだよ)
なんて、本当の気持ちは、困らせるだけだから言わない。だから………
「つい、なんとなく」
しれっと答えると、哲成は「だと思った」と、小さく笑った。
この日以来、オレ達は、
「キョウ」
「哲成」
と呼び合うことになった。
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お読みくださりありがとうございました!
ラブラブ全開過ぎの二人。
ちなみに。入学直後の実力テスト、英語学年1位を取ったガリ勉君は、桜井浩介君です^^
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