【享吾視点】
高校生活は、想像以上に楽しく、充実したものだった。
生徒の自主性に任された行事の数々は、毎回クラスを上げてのお祭り騒ぎになるし、それでいて勉強も、少しでもサボると順位が下がるので油断できない。
部活も、バスケ部は上級生の人数が少ないこともあって、入部早々にレギュラー入りし、かなりハードなことを要求されたため、それに応えるのに必死になった。
村上哲成は、当初の予定通り数学部に入部した。こちらも大会に出場して好成績をおさめるなど、充実した活動を行っていた。部活の話をする哲成は、いつも楽しそうで、鼻を膨らませながら話すのが可愛くて、見ているだけで幸せな気持ちになる。
クラスは、1年生の時は2組と8組で、棟も階も違ってしまったけれど、2年では1組と2組で隣同士だったので、体育が一緒だったり、修学旅行も部屋が隣だったので、少しは救われた。
そして3年では、念願叶って同じクラスになれた。同じ国公立志望クラスだ。
進学校らしく、3年生は学校行事に熱心には参加しない。行事の楽しさを共有できないことを哲成は残念がってくれたけれど、オレ的には哲成と一緒に過ごせる時間が増えたことが、単純に嬉しかった。
哲成とは軽いキス以上のことはしない、好きとか付き合おうとかは絶対に言わない、あいかわらずの『友達以上恋人未満』な関係を続けていた。それで充分だった。それが楽しかった。
このまま、そんな充実した日々が続くと思っていた、5月の連休明け……
その日々に大きな変化が訪れた。村上哲成の父親が再婚したのだ。
***
高校3年生の5月。哲成の父親が再婚した。ほぼ同時に、妹も生まれて、哲成は妹にメロメロになった。ずっと妹が欲しかったそうだ。
一見、その新しい家族はうまくいっているように見えたけれど……オレは、再婚相手に違和感を感じていた。
オレ達より20歳年上の彼女は、物静かな雰囲気の哲成の父親とは真逆の、派手で強引な感じの女性だった。
哲成の家は、柔らかい色合いのカーテンや木の家具に囲まれた優しい感じのインテリアで統一されていたのに、再婚した途端、ほぼすべての家具が白と黒と赤に替えられた。
それはまあ、個人の趣味だからいいとしても………ピアノまで哲成に許可なく売るというのはおかしい。哲成の父親だって、哲成の母親が亡くなった後も毎年調律を頼んでいたくらいなのだから、ピアノに対する想いはあっただろうに、手放すことを何も思わなかったのだろうか……。
そして、哲成の母親の写真も、あの大量にあった楽譜たちも、全部屋根裏部屋にしまわれてしまったそうだ(捨てられなかっただけマシといえばマシか)。
妹に「兄とは母親が違う」と説明するのが難しいから、というのが再婚相手の言い訳らしいけれど、だからといって、哲成からまで母親の写真を取り上げるのは、どう考えてもやりすぎだと思う。
哲成も思うことはあるはずなのに、
「オレの心の中に母ちゃんはいる。写真なんかなくても大丈夫」
と、気丈に言った。それが痛々しくて、ぎゅーぎゅー抱きしめた。
「オレもお前の母親の顔、ちゃんと覚えてるからな」
「うん。あ、それにお前、母ちゃんの音、弾けるしな」
「……そうだな」
以前、オレの弾くピアノの音が、哲成の母親の音に似ている、と言われたことがある。
だから、哲成が好きだった曲の楽譜を購入して、時々、音楽室のピアノを借りて弾いて聴かせることにした。うちにはピアノがないので、楽器屋のピアノを拝借してこっそり練習したりもした。哲成が喜んでくれるなら、完璧に弾きたかった。
オレはお前が笑顔になるためなら、何でもする。
***
悪い予感通り、秋頃から、新しい家族は崩れはじめた。哲成が義母に避けられるようになってしまったのだ。
「なんかなー、梨華と遊ぼうとすると止められるんだよー」
妹と遊べない、と、明るく愚痴ってはいたけれど、本心はかなり複雑のようだった。
「テツ君は受験生なんだから」
というのを理由に、哲成を自室に行くよう強制したり、哲成だけを置いて外出したりする回数も増えているらしい。
「家いるのつまんないし、勉強がんばっちゃおうかな~」
そういって、一緒に通っている予備校の自習室に行く回数も増えた。
オレも一緒に行ける時は行っていたけれど、母が実家に帰っている関係で、父と兄と家事を当番制にしていたため、全部に付き合うことは難しかった。
そんな中………
(…………また、いる)
日曜日の自習室で、哲成の横に座っている女の姿を見つけて足を止めてしまった。
夏休みからこの予備校に通い始めた、都内の私立高校に通っている同学年の女子だ。
入校早々から、哲成に近づこうとしている雰囲気を感じたので、さりげなくブロックしていたのに、最近、哲成が一人で自習室に来ることが増えたため、ガードしきれず、2人は親しくなってしまった。
グツグツと腸が煮えるのを、何とか隠して声をかける。
「………哲成」
「おお」
ふいっと顔をあげた哲成の顔に、疲れが見えて胸が痛くなる。ああ、抱きしめたい……
「今日、うち誰もいないから、うちに来ないか? 昼も何か作るぞ?」
「おお。いいな。行く行く。……あ、でも」
哲成は立ち上がりかけたのに、ふいっと隣を見た。
「森元、ごめん。昼一緒に食べられなくなった」
「……え? 何?」
ニコッとした笑顔で哲成を見上げた、その女……
(お前、今、絶対話聞いてたよな?)
思わずそう言いそうになったけれど、何とか飲み込む。
(計算高い女……)
大嫌いだ。森元真奈。
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お読みくださりありがとうございました!
あっという間に2年が経ち、今回のラストシーンは高校3年生の冬。
暗雲たちこめてきた……
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