【哲成視点】
「もう終電間にあわないから、今日は泊まる」
アパートの前で待ち伏せをして、帰ってきた亨吾に、内心ドキドキしながら言うと、享吾はアッサリと何でもないように「分かった」とうなずいた。
でも、ほんの少し、瞳が動揺したように揺れたのを、オレは見逃さない。
でも、買ってきたチーズケーキとエクレアを包丁で半分こしていたら、アップルティーをいれてくれたのは、いつも通り。こうして享吾は「いつも通り」をオレにくれる。
アパートの前で待ち伏せをして、帰ってきた亨吾に、内心ドキドキしながら言うと、享吾はアッサリと何でもないように「分かった」とうなずいた。
でも、ほんの少し、瞳が動揺したように揺れたのを、オレは見逃さない。
でも、買ってきたチーズケーキとエクレアを包丁で半分こしていたら、アップルティーをいれてくれたのは、いつも通り。こうして享吾は「いつも通り」をオレにくれる。
(やっぱり、居心地がいい……)
やっぱりこのままうやむやにして、ふわふわの優しい時間に包まれていたい……といつものように思ってしまったけれど……
『テツ君、なんで勝手に結論出してんの? それは亨吾君と話し合って決める話じゃないの?!』
説教してきた西本の言葉が頭の中によみがえってきて、プルプルと首を振った。西本の言うことは正しい。オレは亨吾とちゃんと向き合うべきだ。
森元真奈と付き合うことにしてから、過度なスキンシップをなくして、『友達以上恋人未満』から『友達』にシフトした。『友達』でいいから一緒にいられればいい。そういう信念で、自分の気持ちを言わないと決めた。
でも、それでも、亨吾の視線が、ピアノの音色が、オレを包んでくれる度に、気持ちが溢れて叫びだしたくなる。その度に自制してきた。自制してきた、けど……
ケーキを食べ終わったところで、意を決して切り出した。
「オレな、西本ななえに聞かれた」
「何を?」
「うん……」
何から言おうか、迷いながら、話す。
「恋愛とか……分かるようになったのかって。真奈のこと、本当に好きなのかって」
「…………」
亨吾は少し眉を寄せて、「で?」と、アップルティーを飲み干してから言った。
でも、それでも、亨吾の視線が、ピアノの音色が、オレを包んでくれる度に、気持ちが溢れて叫びだしたくなる。その度に自制してきた。自制してきた、けど……
ケーキを食べ終わったところで、意を決して切り出した。
「オレな、西本ななえに聞かれた」
「何を?」
「うん……」
何から言おうか、迷いながら、話す。
「恋愛とか……分かるようになったのかって。真奈のこと、本当に好きなのかって」
「…………」
亨吾は少し眉を寄せて、「で?」と、アップルティーを飲み干してから言った。
「お前は何て?」
「うん」
亨吾の整った顔を真正面から見返す。
「そんなのは分かってるって。もう中学生じゃないんだからって、答えた」
「…………」
「…………」
「…………」
え? と思った。
え? と思った。
亨吾が、スッと視線をそらして、立ち上がってしまったのだ。
「お茶入れ直すけど、何がいい?」
「あー……うん」
オレが返事をするよりも前に、亨吾はさっさと食器を持ってシンクへ行って、皿を洗いはじめてしまった。
(この話、したくないって感じかな……)
決意が揺らぎそうになる。享吾も享吾でこのままうやむやにしたい感じなのかな……。けれど、でも、やっぱり、言わないと……
気持ちを奮い起こして、亨吾に一歩一歩、と近づく。
「…………キョウ」
「…………なんだ」
声をかけても、亨吾は振り向いてくれない。無表情に皿を洗い続けている。
「…………キョウ」
「…………なんだ」
声をかけても、亨吾は振り向いてくれない。無表情に皿を洗い続けている。
(キョウ……、どう思ってる?)
この半年、前みたいにはオレに触れなくなったけど……もう、触れたいとは思ってないのか?
(キョウ…………)
でも、オレは……オレは。
「なあ…………キョウ」
「だから、なんだ」
「あの……」
こちらを向いてくれない亨吾。
話したくないのかもしれない。
でもオレは、今、お前に触れたい。
(キョウ)
衝動のまま、背中からぎゅっと抱きつくと、亨吾がビクッと震えた。久しぶりのここまでのぬくもり。愛しさが溢れてくる……
「哲…?」
「今だけ」
声が、震える。
「今だけ、本当のこと言わせて」
「え」
「で、朝には忘れてくれ」
「何を……」
振り向いた亨吾に、そっとキスをする。
「哲成……?」
「好きだよ」
真っ直ぐに見つめる。
「オレ、キョウのことが、好き」
出しっぱなしの水の音の中に声が混じる。
「ずっと、ずっと言いたかった」
「哲……」
「好きだよ」
愛しい愛しい大好きな享吾。でも……
「でも…………」
手を伸ばして水道を止める。途端に部屋がシーンとなった。静まり返った部屋の中に、自分の声が響き渡る。
「最初で最後。一生一緒にいるために、もう言わない」
この結論は変えられない。
***
長い長い沈黙の後……
亨吾はようやく、言葉を絞り出すように言った。
「何を……言ってる?」
「…………」
「哲成……お前、何を……」
「キョウ」
その頬を囲って、もう一度キスをする。
「好きだよ」
ずっとずっと言いたかった言葉。ずっとずっとしたかったこと。
「哲……」
「好き」
腰に手を回して、ぎゅっと抱きつく。肩に額をグリグリ押し付ける。
「好きだよ」
「…………」
「…………」
「…………」
………。
………。
亨吾があまりにも固まっているので不安になってきた。
まさか嫌とかじゃねえよな……?
「あの……キョウ?」
固まっている亨吾の頬を軽く叩いて問いかける。
「もしかして、嫌、なのか?」
「え?」
「今さら告白されても迷惑、とか……」
「告白……」
戸惑ったように目をみはった亨吾。
「告白って、どういう意味……」
「は?」
今度はこちらが「は?」という番だ。オレのせっかくの告白を………
「お前、オレの話聞いてた?」
「え」
「だから、お前のことが好きだって……」
「え」
「だーかーらー!」
なんか面倒くせえなあ!
「お前何なんだよ!?さっきから!」
「え……、え?」
「もう、『え』っていうの禁止!」
「もう、『え』っていうの禁止!」
「ちょ、哲……っ」
腕をつかんで引っ張ると、よろよろとついてきた。力も抜けてるらしい。だから一気に引っ張って、ベッドに投げ飛ばしてやる。
「キョウ」
「…………」
「…………」
「…………」
馬乗りになって、両手を亨吾の顔の横につける。そして、もう一度、そっと口づける。
「好きだよ。キョウ」
「…………哲成」
亨吾の手がおずおずと背中に回ってきて、引き寄せられた。亨吾の上に乗っかったまま、抱きしめられる。
「哲成」
「ん」
「哲成」
「うん」
「哲成……」
耳元で聞こえる亨吾の声に熱がこもっている。くっついたまま、体勢を横にして、おでことおでこをごっちんとした。享吾の瞳にはまだ戸惑いの色が浮かんでいる。普段は冷静沈着でクールな奴なのに、今は頼りない子供のようだ。愛しくて愛しくて、ついばむようなキスを繰り返してやると、今度は泣きそうな顔になってきた。
「キョウ?」
「……信じられない」
ポツリ、と言った享吾。
「信じられない。お前が……」
「好きだよ」
ちゅーっと音を立ててあごに口づけると、享吾はようやく少し笑って、ぎゅっと抱きしめてきた。
「キョウ?」
「……信じられない」
ポツリ、と言った享吾。
「信じられない。お前が……」
「好きだよ」
ちゅーっと音を立ててあごに口づけると、享吾はようやく少し笑って、ぎゅっと抱きしめてきた。
「信じた?」
「………いつからだ?」
「いつから……」
うーん、と唸ってしまう。
「自覚したのは、去年の夏の終わりくらいかなあ」
「夏?!」
ぎょっとしたように享吾が叫んだ。
「そんな前から……って、あれ? でも森元真奈……」
「ああ、うん」
それは当然の疑問だよな。そこから話さないといけない。
「真奈は真奈で事情があって『彼氏』がほしくて。オレはオレで家のこととかお前のこととかがあって、『彼女』がほしくて。利害一致の上での契約みたいなもんなんだよ」
「契約……」
「とはいえ、真奈のことも別に好きだけどな。かわいいし面白いし、あれで完全理系女だから話も合うし」
「…………」
「…………」
「…………」
あ、余計なこと言った、オレ。告白してる最中なのに、他の女のこと話してどうすんだ。と、反省したけれど、享吾はジッと固まったまま、他のことに食いついてきた。
「オレのこととかがあって彼女がほしいってどういう意味だ?」
「あー……」
「そもそも、なんで自覚したのに言ってくれなかったんだ?」
「あー……」
「最初で最後、ともさっき言ったよな? 一生一緒にいるためにもう言わないって」
「あー……」
「いつから……」
うーん、と唸ってしまう。
「自覚したのは、去年の夏の終わりくらいかなあ」
「夏?!」
ぎょっとしたように享吾が叫んだ。
「そんな前から……って、あれ? でも森元真奈……」
「ああ、うん」
それは当然の疑問だよな。そこから話さないといけない。
「真奈は真奈で事情があって『彼氏』がほしくて。オレはオレで家のこととかお前のこととかがあって、『彼女』がほしくて。利害一致の上での契約みたいなもんなんだよ」
「契約……」
「とはいえ、真奈のことも別に好きだけどな。かわいいし面白いし、あれで完全理系女だから話も合うし」
「…………」
「…………」
「…………」
あ、余計なこと言った、オレ。告白してる最中なのに、他の女のこと話してどうすんだ。と、反省したけれど、享吾はジッと固まったまま、他のことに食いついてきた。
「オレのこととかがあって彼女がほしいってどういう意味だ?」
「あー……」
「そもそも、なんで自覚したのに言ってくれなかったんだ?」
「あー……」
「最初で最後、ともさっき言ったよな? 一生一緒にいるためにもう言わないって」
「あー……」
「どういう意味だ?」
「あー……」
さすが享吾。戸惑ってばかりの様子だったのに、ちゃんと聞いてたのか……
さすが享吾。戸惑ってばかりの様子だったのに、ちゃんと聞いてたのか……
「あのさ……」
身を起こしてベッドに腰かけると、亨吾も横に並んで座ってくれた。何だか、中3の卒業式の日のことを思い出す……
「お前、中3の時、言ってくれたじゃん?」
「…………」
「オレと一緒にいたいって。無理に付き合ったりするより、一緒にいること優先したいって」
「…………まあ、そんなニュアンスのことを言ったな」
「うん」
本当は「お前が欲しい」と言われたこともちゃんと覚えてるけど、恥ずかしいから言わない。
「で、今、オレも同じこと考えてる」
「同じこと?」
訝しげにこちらを見下ろした亨吾の腿をポンポンと叩く。
「世間的に、男同士のオレ達が付き合うってのは無理がある」
「…………」
「無理して破綻して、一緒にいられなくなるのは嫌だ」
「それは……」
何とかなるんじゃないか? と、亨吾は困ったように言った。
「別に誰にも言う必要ないわけだし、オレ達の中で納得できてれば……」
「誰にも言わない? 親にも?」
「え」
キョトン、とした亨吾の腿をもう一度ポンポンとして、教えてやる。
「お前のお母さんは、お前が普通に結婚して孫が生まれることを望んでるぞ?」
「は!? 何言ってんだよ!」
亨吾はビックリしたように叫んだ。
「母親の望みなんか関係ないっ。オレにはオレの……っ」
「関係なくねーよ」
手をかざして、言葉を遮ってやる。
「関係なくない。オレはもう、オレのせいでお前がお母さんと会えなくなったりするのは嫌だ」
「そんなの……っ」
「そんな負い目を感じながら付き合っても、辛くなる」
「!」
ハッとしたように目をみはった亨吾に、はっきりと、言い切る。
「辛くなって、一緒にいられなくなるくらいなら、今のままでいい」
ジッと見上げる。
「今のままがいい」
「…………哲成」
途方にくれた、という表情の亨吾に畳み掛ける。
「西本には、ちゃんと話し合えって説教されたんだけど」
「…………」
「オレの結論は変わらないから」
「…………」
「…………」
耳が痛くなるほどの沈黙の後……
亨吾はふうっと大きく息を吐いた。
「そうか……森元真奈と付き合い始めたのは、オレの親に会った後だったな」
「うん……」
「それで……このままうやむやにして、オレに諦めさせるつもりだったってことか」
「…………」
「…………」
「…………」
そう。うやむやにするつもりだった。そのことも西本に怒られた。そんなうやむやは、亨吾が可哀想だと。それでは亨吾が前にも後ろにも進めない、と。
だから、オレは……オレは。
「だから、今日だけ本当のこと言う」
「…………」
「オレはキョウのことが好き。だけど、一生一緒にいたいから、もう言わない」
「…………」
「…………」
「…………」
亨吾は目を見開いたまま、オレを見返してきた。オレも絶対視線そらさない。そらさないでジっと見返してやる。……と、
「……そうか」
根負けしたように、亨吾は息を吐き、「分かった」とうなずいた。
「うん……」
愛しい気持ちが溢れだす。想いの渦にまきこまれそうだ。
だから……どうしても確認したくて、亨吾の顔をのぞきこんだ。
「なあ…………お前は今、どう思ってるんだ?」
「何を?」
「オレのこと」
「え」
は?という顔をした亨吾の肩を軽く指でつついてやる。
「考えてみたら、中3の時に好きって言ってくれて以来、一度も好きって言われてないんだけど」
「…………」
「オレのこと、どう思ってんの?」
「何を今さら……」
苦笑した亨吾。でもちゃんと聞きたい。これで最後だから。
「なあ、どう思ってんの? 中3の時と変わらない?」
「………………。変わった」
「え!?」
想定外の言葉に叫んでしまった。
変わった!?ってもう好きじゃないってこと!?
「えええっ、うわ、そんな……っ」
「って、そうじゃなくて」
「え」
すっと眼鏡を外された。ぼやけた視界に、亨吾の整った顔が近づいてくる。
「中3の時は我慢できたけど、今は無理」
「え……」
「お前が、欲しい」
「…………」
真剣な瞳。胸が……痛い。
「今日だけ、本当のこと言っていいんだろ?」
「………………うん」
小さくうなずくと、ぎゅっと抱きしめられた。
そして、ため息まじりの亨吾の声が、耳に深く聞こえてきた。
「………愛してるよ、哲成」
そして…………
この物語は私が19歳の時にノートに書いたお話が元になっています。1994年6月のお話です。
現在だったら考え方も少し違ってたのかなあ……
次回最終回予定(←いつも終わる終わる詐欺なので「予定」としておく)
そして最終回後は少々お休みをいただこうと思っています。
でもその前に次回!よろしくお願いいたします。
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