【哲成視点】
享吾は高校まではオレのためだけにピアノを弾いていたけれど、今はアルバイトでレストランのお客さんのためにも弾いている。でも、オレが店に聴きに来た時は、オレのために弾いている、らしい。
「音が全然違うのよ。お客さんでも耳が良い人は気がついてるわ」
以前、歌子さんが教えてくれた。
「哲成君が来てる時の享吾君のピアノは、とても、切なくて、優しい音がする」
「優しい音……」
確かに、オレに聴かせてくれるピアノの音はいつも優しい。優しさで丸く包んでくれる。オレはその優しさにずっと甘え続けてきた。
享吾の店にはいつも夜の10時少し前に行く。それで、10時からの享吾のピアノの演奏が始まるまで、運ばれてきた飲み物を味わいながら、その品名を当てることを楽しみにしている。
初めて店に来たときに「メニュー表の上から順番に注文する」と宣言して以来、毎回、上から順に頼んでいたけれど、夏休みに入ってからは、亨吾が席の予約と一緒に注文もしてくれるようになったため、オレ自身は何を飲んでいるのか分かっていないのだ。
(これ、紅茶だけどお茶みたいな味だな……)
うーん……と唸っていたら、享吾がピアノの前に現れた。いつもながら、カッコイイ……
チラリ、と、オレに目線をやってから弾き出したのは、ドビュッシーの『月の光』。オレの大好きな曲の一つ。亡くなった母がよく弾いていた曲だ。
享吾は高校まではオレのためだけにピアノを弾いていたけれど、今はアルバイトでレストランのお客さんのためにも弾いている。でも、オレが店に聴きに来た時は、オレのために弾いている、らしい。
「音が全然違うのよ。お客さんでも耳が良い人は気がついてるわ」
以前、歌子さんが教えてくれた。
「哲成君が来てる時の享吾君のピアノは、とても、切なくて、優しい音がする」
「優しい音……」
確かに、オレに聴かせてくれるピアノの音はいつも優しい。優しさで丸く包んでくれる。オレはその優しさにずっと甘え続けてきた。
享吾の店にはいつも夜の10時少し前に行く。それで、10時からの享吾のピアノの演奏が始まるまで、運ばれてきた飲み物を味わいながら、その品名を当てることを楽しみにしている。
初めて店に来たときに「メニュー表の上から順番に注文する」と宣言して以来、毎回、上から順に頼んでいたけれど、夏休みに入ってからは、亨吾が席の予約と一緒に注文もしてくれるようになったため、オレ自身は何を飲んでいるのか分かっていないのだ。
(これ、紅茶だけどお茶みたいな味だな……)
うーん……と唸っていたら、享吾がピアノの前に現れた。いつもながら、カッコイイ……
チラリ、と、オレに目線をやってから弾き出したのは、ドビュッシーの『月の光』。オレの大好きな曲の一つ。亡くなった母がよく弾いていた曲だ。
「素敵ねえ……」
「今日は一段と色っぽい」
近くの席のOL風のお姉さんたちが溜息まじりに言っているのを、内心誇らしく思いながら、享吾の音の温もりに包まれる。オレのために弾いてくれているピアノ。享吾はオレのことが『好き』……
***
公営プールでうっかり素肌を触れ合わせてしまったのは、数日前のことだった。
公営プールでうっかり素肌を触れ合わせてしまったのは、数日前のことだった。
享吾はその後も今までと全く変わらなかったけど、オレは内心、妙に意識してしまって、いつものように泊まりにいって、一緒のベッドで寝た際にも、どうにもこうにも寝付けなかった。
(キョウの『好き』が『そういう意味』の好きだとしたら……)
なんで何もしてこないんだろう?と単純に疑問に思う。
(キョウの『好き』が『そういう意味』の好きだとしたら……)
なんで何もしてこないんだろう?と単純に疑問に思う。
今までも、抱きしめられながら眠ったり、手を繋ぎながら眠ったりしたことは何度もあるけれど、それ以上のことは何もなかった。まあ……『何も』の『何』が何なのかはよくわからないけれど……でも、こうして何もせずに同じベッドに寝てるってことは、やっぱり『そういう意味』ではないんだろうか……
(うーん……)
(うーん……)
ちょっと、近づいてみようかな……
なんて、実験的な気持ちで、寝返りをうつフリをしながら、後ろから抱きつくみたいに、腕を享吾の腰に回してみた。……ら、
(え?)
優しく腕を掴まれ、腰から引き離されてしまった。そして、享吾自身は静かにトイレにいってしまい……
(起きてたのかな? 起こしちゃったのかな?)
だったらこっちも起きてるっていえば良かったなあ……
うーん……と思いながら、広くなったベッドの上でゴロゴロしていたけれど、享吾が戻ってくる気配がないので、心配になってきた。
(ずいぶん長いな……腹でも痛いのかな?)
それで、ベッドから下りて、トイレの方に行ってみる……と。
(なんだ。違うか。良かった)
トイレのドアの小さな窓に、人影が写っている。ということは、便座には座ってないということだ。じゃあ、腹が痛くてこもってるわけじゃないんだな。
そう思ってから、ハタと気が付く。
(じゃ、何してんだ?)
トイレに入って、便座には座らず、立ったまま? もう5分近くは経ってると思うんだけど………
………。
………。
って。
(……って!)
わずかに聞こえる衣擦れの音……息遣いはまったく聞こえないけど、でも、でも、これって……これって……
(うわ……っ)
恥ずかしいのと居たたまれないので、あわてて、でも静かに、ベッドに戻る。タオルケットにくるまって、享吾の寝るスペースの方に背を向ける。
(うわ……うわ、もしかしなくても、オレが腕を回したせいで……?)
うわ……やっぱりオレのこと『好き』なんじゃん!
ドキドキドキ……と心臓が口から飛び出しそうになってる。今さら、だ。本当に今さらだけど、実感を持って気が付いた。享吾の『好き』は本当の『好き』……
(……って!)
物音がしたので、思考をやめて寝ているフリに徹する。
とてもじゃないけど、起きてるなんて、享吾のしていたことに気が付いた、なんて、言えるわけがない!
ベッドが人一人分の重さで少し沈んだ。享吾の気配を隣に感じる……。と、
なんて、実験的な気持ちで、寝返りをうつフリをしながら、後ろから抱きつくみたいに、腕を享吾の腰に回してみた。……ら、
(え?)
優しく腕を掴まれ、腰から引き離されてしまった。そして、享吾自身は静かにトイレにいってしまい……
(起きてたのかな? 起こしちゃったのかな?)
だったらこっちも起きてるっていえば良かったなあ……
うーん……と思いながら、広くなったベッドの上でゴロゴロしていたけれど、享吾が戻ってくる気配がないので、心配になってきた。
(ずいぶん長いな……腹でも痛いのかな?)
それで、ベッドから下りて、トイレの方に行ってみる……と。
(なんだ。違うか。良かった)
トイレのドアの小さな窓に、人影が写っている。ということは、便座には座ってないということだ。じゃあ、腹が痛くてこもってるわけじゃないんだな。
そう思ってから、ハタと気が付く。
(じゃ、何してんだ?)
トイレに入って、便座には座らず、立ったまま? もう5分近くは経ってると思うんだけど………
………。
………。
って。
(……って!)
わずかに聞こえる衣擦れの音……息遣いはまったく聞こえないけど、でも、でも、これって……これって……
(うわ……っ)
恥ずかしいのと居たたまれないので、あわてて、でも静かに、ベッドに戻る。タオルケットにくるまって、享吾の寝るスペースの方に背を向ける。
(うわ……うわ、もしかしなくても、オレが腕を回したせいで……?)
うわ……やっぱりオレのこと『好き』なんじゃん!
ドキドキドキ……と心臓が口から飛び出しそうになってる。今さら、だ。本当に今さらだけど、実感を持って気が付いた。享吾の『好き』は本当の『好き』……
(……って!)
物音がしたので、思考をやめて寝ているフリに徹する。
とてもじゃないけど、起きてるなんて、享吾のしていたことに気が付いた、なんて、言えるわけがない!
ベッドが人一人分の重さで少し沈んだ。享吾の気配を隣に感じる……。と、
(!)
ビクッとなりそうになったのをどうにか耐えた。享吾の唇が、オレの後頭部に触れたのだ。それからゆっくり、ゆっくりと、頭を撫でられる……なんて温かい……
(ああ……)
オレは愛されている……
泣きたくなるほど信じられるぬくもり……
その優しさに包まれていたら、いつの間にか眠りについていた。
***
ビクッとなりそうになったのをどうにか耐えた。享吾の唇が、オレの後頭部に触れたのだ。それからゆっくり、ゆっくりと、頭を撫でられる……なんて温かい……
(ああ……)
オレは愛されている……
泣きたくなるほど信じられるぬくもり……
その優しさに包まれていたら、いつの間にか眠りについていた。
***
享吾のピアノを聴いていると、頭を撫でられたり、優しく抱きしめられているような錯覚に陥る。
店の中にも関わらず、うっとりと、昨晩のぬくもりを思い出しながら、夢心地でその音色に包まれていたのだけれども……
(あれ?)
残り5分のところで、歌子さんがピアノの横にやってきた。今日は享吾の当番の日なのに……と思ったら、享吾が左にずれて座り直し、歌子さんがその隣に座った。背もたれのない椅子なので二人並んで座れないこともないけれど、かなりの接近だ……、と思ったら、
「え……」
突然始まった、連弾。『星に願いを』のジャズバージョン。かなり難易度の高そうな音の動き。二人の腕が交差したりしながらの演奏。当然ながら音の重なりが倍なので迫力もある。
「享吾君、かっこいい!」
「わ~歌子ちゃんとの連弾!初めてみた」
常連のお客さんから、感嘆の声が聞こえてくる。
難しそうな曲なのに、享吾は淡々と、歌子さんは飄々と、弾きこなしてて……すごい。すごい……けど……
(…………あ)
グッと心臓のあたりが何かにつきさされたように痛くなった。
(キョウ……笑った)
タイミングを取るためなのか、今、享吾が歌子さんの方を見て……歌子さんも享吾の方をみて……ちょっと笑ったのだ。近くにいたOLさんもそれをみて「きゃあ♥」と小さな悲鳴を上げた。いつも淡々としている享吾の笑顔……
(…………キョウっ)
頭にカアッと血がのぼった。
(なんで……っ)
目の前が真っ赤だ。心臓が痛い。押さえながら、なんとか息をする。
「え……」
突然始まった、連弾。『星に願いを』のジャズバージョン。かなり難易度の高そうな音の動き。二人の腕が交差したりしながらの演奏。当然ながら音の重なりが倍なので迫力もある。
「享吾君、かっこいい!」
「わ~歌子ちゃんとの連弾!初めてみた」
常連のお客さんから、感嘆の声が聞こえてくる。
難しそうな曲なのに、享吾は淡々と、歌子さんは飄々と、弾きこなしてて……すごい。すごい……けど……
(…………あ)
グッと心臓のあたりが何かにつきさされたように痛くなった。
(キョウ……笑った)
タイミングを取るためなのか、今、享吾が歌子さんの方を見て……歌子さんも享吾の方をみて……ちょっと笑ったのだ。近くにいたOLさんもそれをみて「きゃあ♥」と小さな悲鳴を上げた。いつも淡々としている享吾の笑顔……
(…………キョウっ)
頭にカアッと血がのぼった。
(なんで……っ)
目の前が真っ赤だ。心臓が痛い。押さえながら、なんとか息をする。
(お前が笑いかける相手はオレだけだったのに)
何、女に笑いかけてんだよ。お前が『好き』なのはオレなのに。
何、女に笑いかけてんだよ。お前が『好き』なのはオレなのに。
(お前のピアノはオレだけのものだったのに)
こんな風にみんなに聴かせるのはやっぱり嫌だ。
苦しい……苦しい。
美しい音の重なりが体中に突き刺さる。
(もうやめて。やめてくれ……っ)
うずくまりそうになりながらも、理性をかき集めてなんとか身を起こしていたところ、ようやく演奏が終わった。お客さんから盛大な拍手が送られる……
(キョウ……)
並んでおじぎをしている享吾と歌子さんの姿を見ていられなくて、冷め始めている紅茶を無理矢理喉に流し込んだ。……だから、これはお茶なのか?紅茶なのか?
「素敵な演奏ありがとう」
「いえ、とても弾きごたえのある編曲で……」
二人は、歌子さんの知り合いと思われる人達の席で挨拶をしている。たぶん、歌子さんの音大の友人が、今の連弾の編曲をした人で、そのお披露目ということだったのかな……
美しい音の重なりが体中に突き刺さる。
(もうやめて。やめてくれ……っ)
うずくまりそうになりながらも、理性をかき集めてなんとか身を起こしていたところ、ようやく演奏が終わった。お客さんから盛大な拍手が送られる……
(キョウ……)
並んでおじぎをしている享吾と歌子さんの姿を見ていられなくて、冷め始めている紅茶を無理矢理喉に流し込んだ。……だから、これはお茶なのか?紅茶なのか?
「素敵な演奏ありがとう」
「いえ、とても弾きごたえのある編曲で……」
二人は、歌子さんの知り合いと思われる人達の席で挨拶をしている。たぶん、歌子さんの音大の友人が、今の連弾の編曲をした人で、そのお披露目ということだったのかな……
「……哲成?」
「ああ……」
いつの間に、挨拶の終わったらしい享吾がオレのところに来てくれていた。OLさん達がキラキラした目でこちらを見てる……
ぼんやりとしたまま、どうでもいいことを享吾に問いかけた。
「これ、紅茶?」
「ああ。ええと何ていったか……」
「お茶っぽい」
「そうか?」
「うん。飲んでみて」
差し出した飲みかけのカップを躊躇なく飲む享吾。コクリと飲んでから、「ホントだ」と肯いた。
「確かにお茶っぽい」
「これ、ティーカップに入ってるから紅茶かなって思うけど、湯飲みで出てきたら、確実にお茶って思うよな」
「だな」
クククと笑った享吾に、OLさん達が「きゃあ♥」とまた悲鳴をあげた。
(ほら……この笑顔)
胸が痛くなる。この笑顔を向けられるのはオレだけなのに……
「キョウ……」
「なんだ?」
ふわりと優しい笑顔を浮かべた享吾に、今、言いたい言葉は……
『好き』
お前のことが、好きだ。
だけど……口に出して言うことはできなかった。
だけど……口に出して言うことはできなかった。
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お読みくださりありがとうございました!
今回のお話は 「続・2つの円の位置関係」の5(享吾視点)の途中まで、の哲成視点でした。
次回も哲成視点で……
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